種類株式(優先株式)による資金調達とは?シリーズAの契約書と手続の全体像
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
シリーズAの資金調達を控えたスタートアップの経営陣から、投資家側の弁護士から届いたドラフト一式を前に、「どこから手を付ければよいのか分からない」という相談を受けることがあります。タームシートに合意した段階では見えていなかった分量の書面が、契約書として一気に手元へ届く場面です。
投資家側からは、投資契約書、株主間契約書、分配合意書、そして定款別紙としての種類株式の内容という4つの文書が提示される例が多く見られます。受け取った側は、これらを横断して確認することになります。それぞれの書面が何を定め、なぜ優先株式を選択して調達するのかという前提から質問を受けることも少なくありません。シード期にJ-KISSで調達した経験はあっても、優先株式の設計に初めて向き合う創業者にとって、戸惑うのは自然なことです。なお、シリーズAに至るまでの法務全体の時系列はスタートアップ法務とは?シードからシリーズAまでに必要な法務の全体像で整理しています。
シリーズAでは、それ以前に発行した株式や新株予約権の扱いも検討することがあります。既存のJ-KISSの転換や、ストックオプションの発行、過去のラウンドで出資した株主の扱いといった論点が並行して進むため、書面の確認だけでなく決議事項の整理も複雑になりがちです。ここでは、優先株式を用いた資金調達の全体像と、実務で交わされる契約書類の仕組みを見ていきます。
優先株式による資金調達の趣旨と効力
シードステージではJ-KISSなどの新株予約権を用いた資金調達が活用される例も多く見られますが、ここではシリーズAで優先株式を発行し、投資家を株主として迎える場合を扱います。シリーズAという呼び方だけで調達方法が決まるものではありません。
優先株式が選ばれる理由の中心にあるのは、残余財産の優先分配権です。会社が解散や清算に至った際、優先株主は会社の債務等を弁済した後に残った財産から、普通株主に先立ってあらかじめ定めた額の分配を受けられます。この仕組みによって投資家は、企業評価額が高めの局面でも下振れのリスクを一定程度抑えられます。その結果、投資家側も相対的に高いバリュエーションを受け入れやすくなります。ただし、残余財産が残っていなければ分配は行われないため、投資元本そのものを払い戻す保証とは異なる点には理解が必要です。
創業者側から見ても、この構造は合理的な着地点になり得ます。仮に普通株式のまま高い評価額での調達を目指すと、投資家はリスクを抑えるために評価額そのものを引き下げようとする傾向が生じます。評価額は事業計画に見合った水準を維持しつつ、残余財産の分配順位や転換条件といった権利設計によって投資家のリスクを調整する方が、双方の合意を形成しやすい場面が多いと考えられます。
種類株式の内容は、会社法108条に基づいて定款で定める必要があり、登記事項として公示されます。したがって、優先株式の権利設計は当事者間の私的な合意にとどまらず、その種類の株式を将来取得する株主にも適用される内容となります。この対外的な効力の有無は、契約実務を進めるうえで常に意識しておきたい前提です。
契約書類の構成と会社法上の手続の流れ
シリーズAの手続は、タームシートの合意から最終的な登記までが一連の流れとして進みます。まずタームシートで評価額や優先株式の主要条件について発行会社と投資家が大筋で合意し、その合意内容が個別の契約書ドラフトへと反映されていきます。
先ほどの4点セットは、契約書類を分けて用意する場合の代表的な構成です。ただし、これは実務上の代表的な構成例であり、法律上必ず4本の書面に分ける義務があるわけではありません。案件によっては条項が一つの契約書にまとめられる例もあります。個別の書面を読み進める前に、手元に届いたドラフト一式全体について目を通しておきたい確認項目として、主に以下の点が挙げられます。
- タームシートと投資契約書・株主間契約書・分配合意書・定款別紙の整合
- 種類株式の内容を定款に組み込む条文位置と別紙の構成
- 既存のJ-KISSやストックオプションプールと決議事項の接続
- 経営株主の定義における資産管理会社などの法人の包含関係
- 多数投資者の定義における分母・割合および合算の定め
複数の書面に分かれている場合、特定の条件が投資契約書には記載されているのに株主間契約書には反映されていないといった食い違いが生じやすいため、各書面を照合しながら読み進めることになります。あわせて、会社法上の手続を着実に進める視点も欠かせません。募集事項の決定や定款変更のための株主総会決議、必要に応じた種類株主総会決議を行い、定款変更の効力を発生させたうえで払込みを受け、登記を申請するという法定の手順を踏みます。投資契約書に定められた前提条件(クロージング条件)がすべて満たされているかどうかも、払込みの直前に確認します。
各契約の役割分担と契約当事者の定義
提示される各書面は、規律する時間軸と対象となる当事者の範囲がそれぞれ異なります。この境界を把握しておくと、どの論点をどの書面で協議すべきかを判断しやすくなります。
投資契約書は、主として払込みの実行(クロージング)までの過程を規律する書面です。表明保証や前提条件、クロージング手続が中心であり、払込みが完了した時点で果たす役割の多くは終了します。ただし、表明保証違反に基づく補償請求など、クロージング後も一定期間効力が残る条項が含まれているため、条項ごとの存続期間を確認しておく必要があります。
株主間契約書は、株式発行後の継続的なガバナンス関係を規律する書面です。取締役の選任や重要事項に関する事前承諾、投資家への情報提供、株式の譲渡制限や先買権など、株主であり続ける期間を通じて適用される条項が並びます。投資契約書がクロージングという一時点に向けた書面であるのに対し、株主間契約書は発行後の会社運営に関わり続ける契約です。なお、株主間契約書で定めた事前承諾を得ずに行われた行為であっても、契約違反としての損害賠償責任などは生じ得ますが、会社法上の会社行為自体が当然に無効になるわけではありません。
分配合意書は、M&Aなどによって会社の株式や事業が譲渡された場合に、売却代金を各株主へどのように配分するかを定める書面です。定款に置かれた残余財産の分配規定は会社の清算を前提としているため、定款の定めだけでM&Aの売却代金の分配へ当然に適用される仕組みにはなっていません。特に株式譲渡によるM&Aでは会社自体が存続したまま、買主から売主である株主へ株式の対価が支払われるため、分配合意書において対象となる取引、合意に加わる当事者、買収対価の配分方法を明確に定めておくことになります。事業譲渡の対価は会社に入るため、株主へ分配するには別途、配当や清算等の手続と法令上の制限、税務を確認します。
そして定款別紙である種類株式の内容は、定款の一部として定められ、発行する株式の内容などが登記されます。その種類の株式を取得する者は、定められた権利内容を前提に株主となります。投資契約書や株主間契約書が合意した当事者間の契約にとどまるのに対し、定款は将来新たに株主となる者も拘束します。たとえば拒否権について、契約当事者間でのみ有効な株主間契約の事前承諾事項とするか、定款で、特定の事項について当該種類株主総会の決議も必要とする株式を設けるかといった選択は、この効力の違いを踏まえて判断します。
当事者の定義も確認が必要です。投資家側では主導的な立場を取るリード投資家と、その条件に沿って参加するフォロー投資家に分かれることがあります。さらに複数の投資家が存在するラウンドでは「多数投資者」という定義が置かれます。これは契約で定めた株式数や議決権などの分母に対して所定の割合(3分の2以上など)を満たす投資者を指し、単独または複数の合算で判定されます。必ずしも1社の過半数株主を意味するとは限らないため、自社の資本構成でどの投資家が集まれば要件を満たすのかをあらかじめ確認しておきます。一方、発行会社側では「経営株主」として創業者個人だけでなく資産管理会社などの法人が含まれる場合があり、保有株式の譲渡制限や表明保証の対象範囲に関わってきます。
既存の資本政策との整合
シリーズAの段階では、それまでに積み上げてきた資本政策との接続が大きな論点になります。過去に発行したJ-KISSの転換、ストックオプションの発行、普通株式による既存株主の処遇を整理せずに進めると、決議事項の漏れにつながります。
まずJ-KISSの転換です。シリーズAの資金調達を機に、それまで発行されていたJ-KISSが優先株式へ転換される設計が一般的です。転換価額の計算や発行する株式のクラス設計は案件ごとに異なります。Coral CapitalのJ-KISS 2.01版に基づく設計では、次回適格調達の転換価額とシリーズAの発行価額が異なる場合、A1種などの別クラス(転換専用の種類株式)を設ける例があります。この場合、転換価額に合わせた残余財産の優先分配額や、普通株式と引換えに取得する際の取得価額を設定するため、定款変更議案の内容を精緻に確認します。J-KISSの転換手続そのものについては、J-KISSの転換(行使)手続|シリーズAで慌てないための実務ガイドで扱っています。J-KISSの基本的な仕組みについては、J-KISSとは?仕組み・資本政策・創業者の確認ポイントで整理しています。
次にストックオプションプールです。投資家から将来の採用に備えたプールの設定や拡充を求められることが多く、この希薄化を投資前の評価額(プレマネー)に含めるか投資後の評価額(ポストマネー)とするかによって創業者持分の希薄化度合いが変わります。株主総会ではJ-KISSの転換、ストックオプションの発行、役員選任などを同日に決議する場面も多く、議案を早めに確定させておくことが大切です。
また、過去に普通株式で出資した既存投資家がいる場合、契約上の経済的な扱いを優先株式に合わせたり、別の種類の株式に変更したりすることがあります。「みなし優先株式」という言葉を契約書で使っても、会社法上の株式の種類が自動的に変わることはありません。契約上の経済的待遇の付与にとどめるのか、必要な定款変更や株主の同意などを経て実際に株式の種類を変更するのかを区別して合意を形成します。
シリーズ記事の全体像と相談窓口
ここでは、シリーズAにおける優先株式による資金調達の全体像を、契約書の構成と手続の流れの観点から振り返りました。
このシリーズでは、種類株式の内容における残余財産優先分配や転換条件、ダウンラウンド時の調整を扱う優先株式の内容設計|残余財産優先分配・転換・ダウンラウンド調整のレビューポイント、投資契約書を発行会社・経営株主側の視点から扱う投資契約書のレビューポイント|発行会社・経営株主側の実務、事前承諾事項や経営株主の義務を中心に株主間契約書を扱う株主間契約書のレビューポイント|事前承諾事項・情報提供・経営株主の義務、M&A時の分配とみなし清算条項を扱う分配合意書とは?M&A時の分配とみなし清算条項の実務、そして定款変更から登記・クロージングまでの手続を扱う優先株式発行の手続|定款変更・種類株主総会から登記・クロージングまでへと続きます。
また、優先株式の投資契約において、創業者が経営判断として特に注視すべき条項については、優先株式の投資契約で、創業者が経営判断として見るべき条項でも取り上げています。それぞれの書面はタームシートを起点につながり合っているため、シリーズ全体を通じて手続を見通していただければと思います。
LegalAgentでは、シリーズAをはじめとする優先株式を用いた資金調達について、契約書類の確認から株主総会決議の設計、登記手続に至るまで一貫して支援しています。既存のJ-KISSやストックオプションプールを含めた資本政策全体の整理についても、気軽にご相談ください。
よくある質問
なぜシリーズAでは優先株式で調達するのですか?
投資家は残余財産の優先分配などの優先権を得ることで、普通株式より高い価格でもリスクを取りやすくなります。創業者側にも、普通株式の価値を抑えることでストックオプションの行使価額を低く保ちやすくなるなど、双方に合理性のある設計だからです。
シリーズAで締結する契約書にはどのようなものがありますか?
投資契約書、株主間契約書、分配合意書、定款別紙としての種類株式の内容の4点が中心で、それぞれ役割が異なります。あわせて株主総会決議や変更登記などの手続も必要になります。
J-KISSで調達済みの場合、シリーズAで何が起きますか?
多くの場合、J-KISSはシリーズAのクロージングと同時に株式へ転換されます。行使通知、同意書、登記などの手続が契約交渉と並行して発生するため、早めの段取りが必要です。