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資金調達・投資契約スタートアップ法務

J-KISSとは?仕組み・バリュエーションキャップ・メリットとデメリット

こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。

シード期のスタートアップでは、投資家からJ-KISSによる資金調達を提案される場面があります。提示された契約書面が数ページと短いため、詳細な検討を行わないまま署名を急いでしまうケースが見られます。事業の立ち上げ期には開発資金や運転資金の確保が急務となり、早期の着金を優先して契約条項の確認を簡略化したい心理が働く傾向も見られます。

本文でひな形の具体的な条件を述べる箇所は、Coral Capitalの公開するJ-KISS 2.01を基準とします。旧版や個別に修正された契約は、その文書に沿って確認します。シード期からプレシリーズAにかけて、J-KISSを用いた資金調達の相談を継続的に受けています。

J-KISSは、普通株式や優先株式をその場で発行せず、将来の資金調達ラウンドなどを契機として株式に転換される新株予約権を有償発行する資金調達手法です。法的には新株予約権を発行する取引であり、新株予約権発行要項に定められた行使条件や取得条項、交付される株式の種類と数に沿って株式の交付が行われます。

J-KISSは、Coral Capitalが公開しているシード投資向けの契約書ひな形です。コンバーティブルエクイティを用いて、迅速に資金調達を進める仕組みとして広く知られています。経済産業省のコンバーティブル投資手段活用ガイドラインでも代表的な手法として位置付けられています。J-KISSの発行だけでなく、会社設立や創業者間契約からシリーズAまでを一貫して相談したい場面もあります。その際は、スタートアップ法務・資金調達支援で顧問弁護士の対応範囲を確認できます。

簡易な契約書という受け止めだけで手続を進めることには慎重であるべきです。今回の調達が次のシリーズAや将来のM&Aの可能性にどう接続するのかを、発行前に見通せる形にしておく作業が実務上の基本となります。

J-KISSの法的性質と株式調達との違い

J-KISSは、法的には新株予約権を発行する取引です。実務上は便宜的に「転換」という表現が用いられますが、新株予約権発行要項に定められた行使条件や取得条項に基づき株式が新たに発行または交付される手続です。転換と呼ばれる処理の実態を把握するためには、契約書面にとどまらず新株予約権発行要項の文言を突き合わせて確認する必要があります。

株式による調達であれば、発行時点で払込金額や株数および持株比率が確定します。一方のJ-KISSでは、発行時点で将来どの種類の株式が何株交付されるかは確定していません。その代わりとして、将来の計算に用いるルールをあらかじめ合意しておきます。代表例がバリュエーションキャップやディスカウント、適格資金調達基準や転換期限、支配権移転取引等の取扱いや各種の投資家権利です。創業者はこれらを将来の株主構成を予約する条件として捉えておく必要があります。

J-KISSの説明において、「現時点の企業価値を決めずに調達できる」という表現が使われることがあります。創業初期の企業では売上やユーザー規模の変動が大きく、株式の発行価額を正面から合意することが難しいケースも見られます。将来のシリーズAなどで企業価値が明確になった段階で取得株数を算出するという発想には実務上の利点があります。

しかし、この理解だけで手続きを進めることには慎重であるべきです。J-KISSでは多くの場合にバリュエーションキャップを設定します。これは将来の転換時に対象企業を評価する上限額をあらかじめ確定させる取り決めです。最終的な発行価額は確定していなくても、将来の計算式で用いる評価額の上限は調達時点で決定しています。シリーズAで高い評価額がついた場合でも、J-KISS投資家はキャップ基準の割安な株価で株式を取得できる可能性があります。

創業者としては、企業価値の決定を先送りできるというより、将来の株式交付に用いる計算式を先に確定させる取引であると捉える方が実態に即しています。この認識は交渉姿勢を大きく左右します。J-KISSだから優先株式より容易であると思い込むことには注意が必要です。キャップやディスカウント、Exit条件を十分に検証せずに署名すると、シリーズAで想定外の持分減少に直面しかねません。J-KISSでは、評価額交渉の一部を計算ルールへの合意に置き換えます。そのルールを交渉することには、引き続き大きな意義があります。

J-KISSは新株予約権の有償発行であるため、未転換時に満期や返済の義務がありません。貸付型との相違は、コンバーティブルノートとJ-KISSの違いで解説しています。

転換の仕組みとバリュエーションキャップの計算

バリュエーションキャップは、将来株式へ転換する際の会社評価額の上限として機能します。キャップが低いほど投資家は将来より多くの株式を取得でき、高いほど転換時の交付株式数は相対的に少なくなります。J-KISS 2.0では、ポストマネー・バリュエーションキャップが採用されています。複数回の調達を重ねた場合でも、持分計算の見通しを立てやすい工夫が施されています。ポストマネー型の利点は、投資額をキャップで割るだけで、次回株式調達の新株発行前における持分下限の目安が即座に算出できる点にあります。たとえばポストマネーキャップ3億円で3,000万円を調達する場合、その投資家に10パーセント前後の持分相当を渡す条件として読み取れます。

ただし、投資額をキャップで割る計算は、転換計算上の持分下限の目安を示すものにとどまります。次回シリーズAでの新株発行や、調達に伴うオプションプールの拡張による希薄化は別に生じます。複数のJ-KISSを発行している場合も、同種新株予約権に含まれる範囲と各回の計算条件を個別に確かめておく必要があります。キャップの数値を見るだけでなく、シリーズA前後の持株比率表を試算して初めて影響の全体像が分かります。

ディスカウントは、将来のラウンドで新規投資家が引き受ける株価から一定割合を割り引いて交付を受けられる条件です。経済産業省のコンバーティブル投資手段に関するガイドラインでは、J-KISSにおける既定値として20パーセント(0.8の係数)が例示されています。これは法令上の定額義務とは異なり、実際の割合は交渉次第です。

留意すべき点は、キャップとディスカウントを切り離して見ないことです。同じ前提のもとで、シリーズAの一株当たり発行価額にディスカウントを適用した価額を計算します。さらにポストマネーキャップを所定の完全希釈化後株式数で割った価額も算出し、低い方を採用します。キャップは会社評価額の上限とすることで投資家により低い株価を与える仕組みであり、株価の下限を保証するものではありません。両者の適用関係は評価額の仮定によって入れ替わるため、複数のシナリオで試算して比較します。

事業が急成長してシリーズAで高い会社評価を得た場合、低いキャップが強力に作用します。J-KISS投資家の転換価額はキャップによって低く抑えられます。これは初期リスクを引き受けた投資家への正当な対価と言えます。もっとも創業者側から見れば、キャップを設けずに株価連動とした場合に比べて成功時に手放す持分割合が大きくなります。ただし、ポストマネーキャップにより計算基礎を固定した場合は、評価額の上昇それ自体によって投資家の取得比率が際限なく拡大し続けるわけではありません。これに対しディスカウント単独の設計であれば次回評価額に連動して転換価額が決まるため、キャップのような上限固定作用はありません。

転換の契機となる適格資金調達は、一定規模以上の株式調達が行われた際にシリーズA優先株式等へ転換される設計が一般的です。Coral Capitalの公開資料では1億円以上の株式調達という目安が示されています。もっとも、2.01の発行要項では、転換により発行される株式の発行総額を除いた調達額で判定します。公表資料の要約だけでなく、契約書と要項の定義文言を確かめる姿勢が大切です。次回ラウンドが普通株式による少額調達やブリッジ資金調達である場合もあります。その際は適格資金調達に該当するのか、転換しない場合の権利がどう維持されるかを見落とさないようにします。

ストックオプションプールの拡張時期も創業者持分に大きく影響します。シリーズA投資家との協議では、プールを新規調達前に組成するのか調達後に組成するのかが論点となり、この選択によって希薄化負担の所在が変わります。2.01における完全希釈化後株式数の計算では、所定の未発行プールを含める一方、次回株式資金調達に関連して増加するプール分は含めません。自己株式や自己新株予約権も除外されます。また、ディスカウントで転換するJ-KISSが存在する場合は、その転換後株数を織り込んで分母を再計算する要項の規定に従います。これらを把握せずにJ-KISSの転換とプール拡張が重なると、創業者持分の目減りは予想以上に膨らみます。

シリーズAの前に追加のJ-KISS調達やブリッジ資金調達を行うケースも視野に入れておく必要があります。2回目のキャップを初回と同額にするのか、調達額分を上乗せするのかといった判断が生じます。近接した時期で企業価値に差をつけにくい場合は同額とする例もあります。ただし複数のキャップが並存すると転換価額も複数生じるため、各条件を反映した転換計算が必要になります。時期を違えて複数の投資家からJ-KISSで調達する場合、投資家ごとに条件差が生じることもあります。それ自体が直ちに不当とは言えませんが、シリーズAの前に後続の投資家へ理由を説明できる状態を整えておかないと、条件差に関する質問に苦慮することになります。投資時期や引き受けたリスク、支援内容の違いとして説明が成立するかをその都度確かめておく必要があります。

主要条項の内容と投資家権利の取扱い

J-KISSの利点は、公開ひな形をそのまま使うことによる迅速性と透明性にあります。手元の契約書がひな形のままなのか、どこかに手が入っているのかを最初に確かめないと、この前提が崩れます。実際の案件でも、当事者がひな形に修正を加えている事例は珍しくありません。変更を見分ける手がかりとして、J-KISSのひな形には、冒頭に「本契約は、空白又は括弧書きの箇所を除き、公開されているひな形から変更されていない」という趣旨の一文が置かれています。実際の取引では、ひな形に修正を入れる際にこの一文自体が削除されることがあります。個別修正との食い違いを避けるための対応ですが、この一文の削除は個別修正の存在を確かめる有力な手がかりになります。もっとも、一文が残っていても他の条項が修正されている可能性はあるため、どちらの場合も該当する版の公開ひな形と比較して差分を確認します。

過去の案件で手が入っていた典型例として、まず転換価額の構造そのものが挙げられます。ひな形の基本形は、ディスカウント適用後の価格とキャップ基準の価格のいずれか低い方を選択する設計です。しかし実際の案件では、適格資金調達時の転換はディスカウントのみとし、キャップは転換期限到来時やM&A時の参照価格としてのみ残す組み替えも見られます。反対に、エンジェル投資家向けにディスカウントを0%(係数1.0)とし、キャップを実質的に機能しない高い水準に設定した変則形もあります。この場合でもキャップ条項を完全に削除してしまうと、シリーズAが成立しない限りM&Aや期限到来時の転換株価を算出できなくなります。条件を緩和する場合であっても、残すべき骨組みを見極める必要があります。

主要投資家の金額基準もよく変更されます。ひな形では、関係当事者分を合算した払込金額が500万円(既定値)以上となる投資家が主要投資家に該当します。会社は財務情報の提供義務や優先引受権に加え、後続の投資関連書面で主要な投資家に与えられる権利を付与する義務を負います。この金額基準を動かすと、どの投資家にどの権利を付与するかが変わります。少額の個人投資家が複数参加するラウンドでは、この設計が後の投資家管理の負担を直接左右します。主要投資家に付与される優先引受権は、持分比率に応じた権利ではありません。本件払込金額の2倍を累計上限とし、過去に参加した金額を控除した残枠の範囲で同条件の募集に参加できる権利です。ストックオプションの発行は対象外とされています。投資額が少額であっても、契約上の権利が限定的とは限らない点に留意します。

多数投資家条項も、投資家管理において確認しておくべき規定です。発行価額総額の過半数を有する投資家と会社が書面で合意すれば、同シリーズのJ-KISSの条件を変更または放棄できる枠組みが用意されています。ただし、権利譲渡、費用負担や補償、協力義務、変更条項自体、5.2条の権利(本投資家のみが主要投資家である場合に限る)などは例外とされています。これらの5.13条に定められた例外事項の変更には、当該投資家の個別書面同意が必要です。会社法上の手続も別途行います。過半数の合意で条件変更を進められる道がある反面、重要条項には個別の保護が及んでいるため、誰が過半数を構成しているかを発行時点で把握しておくことが大切です。

最恵待遇条項の運用実務もあらかじめ想定しておく必要があります。ひな形では、払込完了後から転換前までの間に対象となる後続の新株予約権等を発行した場合の通知義務が定められています。会社は実行日から5日以内に書面で通知し、契約書の写しを添付する義務を負います。ストックオプションは対象外であり、すべての普通株式発行が通知対象となるわけでもありません。しかし、投資家の数が増えるほど通知手続きの負担は重くなります。

J-KISSの段階でサイドレターを締結する際にも慎重な見極めが大切です。経済産業省のガイドラインでも、情報請求権や最恵待遇条項がサイドレターで設定される際の問題点が指摘されています。短い合意書であっても、株主間契約に近い実質的な拘束力を生じさせることがあります。

J-KISSは、シリーズAで締結される投資契約や株主間契約とは別の契約ですが、実務上は深く連動します。ひな形通りの運用であれば、適格資金調達に際して行使や会社の取得条項の手続を経て、投資家は要項に従った株式を取得します。次回ラウンドで発行される優先株式の一株当たり発行価額とJ-KISSの転換価額が異なる場合もあります。その際は残余財産の優先分配額や普通株式への転換計算で用いる取得価額等を調整した別シリーズの優先株式を交付する設計になっています。5.9条は、次回調達で所定の投資関連契約が締結される場合、行使・転換に際してJ-KISS投資家もその契約を締結すると定めています。契約上の権利が自動的に同じになるという意味ではないため、参加する書面と適用条項を確認します。

J-KISS投資家がどの範囲でシリーズAの契約当事者に加わるかは、実務で論点になりやすい部分です。シリーズA投資家と同一種類の株式を保有する場合でも、情報請求権や優先引受権をどこまで共通化するかは契約設計に影響を与えます。創業者は、シリーズAで各投資家に適用する条件をあらかじめ確認しておきます。J-KISS投資家が複数存在する案件では、シリーズAの交渉時に各投資家の参加範囲が改めて問われます。その際、リード投資家の求める規律と既存の取り決めが衝突することもあります。シリーズAで優先株式を発行する場面については、優先株式の投資契約で、創業者が経営判断として見るべき条項で確認できます。

未転換時と支配権移転取引等の取扱い

支配権移転取引等を行うときは、会社が定める取得日の前日までに行使されなかった新株予約権を、会社が発行価額の2倍の金銭と引き換えに取得する設計です。投資家は、要項の条件に従って取得日前に行使し、キャップを基準とした価額で株式を取得して取引に参加するかを検討します。会社は取得日(定めなかった場合は取引実行日)の2週間前までに取引条件を書面で通知します。

支配権移転取引等には、議決権の移動など所定の条件を満たすM&Aのほか、資産の全部又は実質的に全部の処分、解散・清算、IPOも含まれます。ただし、従前の議決権比率を実質的に維持する完全親会社の設立や、純粋な資金調達を目的とする株式発行等は、定義上の例外を確認します。創業者の株式譲渡について投資家の事前承諾を求める条項が、個別契約に加えられている場合もあります。公開ひな形にある条件と追加条件を区別します。

転換期限の到来時について、経済産業省のガイドラインでは18か月以上経過時に投資家側の要請で普通株式に転換できる枠組みが紹介されています。ひな形の設計では、割当日から18か月を経過しても適格資金調達が起きない場合の規定があります。この場合、定義された同種新株予約権の発行価額総額の過半数の承認を得て行使できる仕組みになっています。当然に株式へ自動転換されたり金銭償還されたりするわけではありません。期限までに調達を行えない場合は、期間延長を合意するかなど、投資家と協議します。期限は自動処理の期日というより、その時点の進捗を踏まえて投資家と協議を開始する節目として機能します。

転換期限が短すぎると、事業計画に反して拙速な調達を迫られるおそれがあります。反対に期限設定が曖昧では投資家の見通しが立ちません。開発進捗や採用計画、次回調達までの所要期間を踏まえ、期限到来時に誰とどのような条件を協議するのかを想定して条項を定めておく必要があります。過半数を握る投資家が誰であるかを把握しておくことが大切です。

発行手続の流れと既存株主との関係

J-KISSは、会社法上の募集新株予約権として発行されます。非公開会社では株主総会の特別決議によって募集事項を決定するのが原則ですが、総会決議により取締役会等へ決定を委任する手法も可能です。公開会社では有利発行に該当しない限り取締役会決議で決定できます。種類株式発行会社であれば種類株主総会の要否も確認します。

実務上は法定の手続きにとどまらず、既存株主との契約関係への目配りが欠かせません。過去の投資契約や株主間契約に、事前の承諾事項や優先引受権、新株予約権の発行制限が含まれていることが多いためです。

既存株主への通知や協議を怠ると、関係悪化にとどまらず新規投資家に対する表明保証違反へ直結するリスクがあります。J-KISSひな形3.1条には、表明保証条項が置かれています。会社の知る限り(KNOWLEDGE)、本契約の締結・履行や発行が既存の契約に重要な点において(MATERIAL)違反しない旨を保証します。5.5条は、契約違反や表明保証の不正確さに起因・関連する損害等について補償を定めています。合理的な弁護士費用も含まれますが、投資家の故意・重過失による損害等は除外されています。既存の投資契約に2週間前までの事前通知義務などが定められている場合、通知の省略は既存契約違反となり得ます。そのうえで、会社の認識と違反の重要性に照らし、新規のJ-KISS投資家に対する表明保証違反にも当たるかを確認します。着金を急ぐ局面であっても既存契約の確認は最優先事項です。

既存株主の立場からJ-KISSの発行を検討する依頼もあります。会社に対する既存の貸付金債権を新株予約権の払込金に充当する設計を検討する事例です。会社法246条2項に基づき会社の承諾を要し、契約上の支払方法や税務上の取扱いを確認します。新株予約権の払込みに代わる給付は、株式を直接取得する通常のDESとは段階が異なります。この場合、転換先が優先株式となる設計であれば既存の普通株主は残余財産分配で劣後するため、常に普通株式へ転換する条項への修正を求める動きが生じ得ます。

個人投資家が加わる場合にはエンジェル税制の要件確認も伴います。2024年4月1日以降に取得した有償新株予約権には税制上の特例があります。行使日において要件を満たす場合、取得費用が対象株式の取得価額に含まれ得る制度設計となっています。もっとも、投資時点で税制優遇が自動的に確定するとは限らないため、事前確認申請や確定申告資料の準備について、税務専門家と確認できる状態を整えておくことが安全です。

将来の転換時における手続負担もあらかじめ見越しておく必要があります。シリーズAの実行に合わせて、行使や会社による取得の手続を進めます。投資家ごとの行使通知や会社側の取得手続、必要となる内容変更への同意取得や変更登記を行います。さらに新株予約権原簿や株主名簿の書換といった作業が、シリーズAの払込手続と並行して一斉に発生します。既に優先株式を発行している会社では、種類株主総会の決議を要することもあります。シリーズAで実際に転換するときの手続は、J-KISSの転換(行使)手続|シリーズAで慌てないための実務ガイドで詳しく解説しています。

J-KISSのメリットとデメリットの比較

J-KISSの採用を判断するにあたっては、発行会社と創業者の視点から、利点と注意点を対比して総合的に評価する必要があります。標準化された契約書を用いることで迅速な調達が可能となる一方、将来の資本政策や手続に影響を及ぼす点に配慮が求められます。

メリット 注意点(デメリット)
迅速性と透明性 持株比率が発行時に見えない
評価額の合意を次回ラウンドまで待てる 成功時にキャップで手放す持分が大きくなる
未転換時に満期や返済の義務がない 複数回発行で条件が重層化する
契約書面が短く締結時の事務が軽い 転換時に行使・取得・登記などの手続が一斉に生じる

このように、J-KISSは契約締結時の機動性に優れる反面、将来の株式交付や手続の負担を先送りする側面を持ちます。目先の着金速度だけでなく、次回以降の資金調達や組織運営に生じる影響まで見据えたうえで、採用の適否を判断してください。

発行前の資本政策の試算と準備資料

J-KISSによる資金調達に臨む創業者は、契約書への署名を行う前に、手元の資料で確認できる事項を点検し、必要な資料を一元的に準備しておく必要があります。投資家との詰めの協議に入る前に確認すべき項目は次の通りです。

  • 投資額をポストマネーキャップで割った数字による次回新株発行前の持分下限の把握
  • 複数回J-KISSを発行する場合における各回のキャップ設計方針の策定
  • 転換期限到来時にシリーズA未達である場合の協議相手および交渉条件の想定
  • 既存株主との契約上の事前通知義務および事前承諾義務の有無の確認
  • シリーズA転換時に発生する行使・取得手続や同意書取得および変更登記の想定

発行前に手元に整えておきたい準備資料は次の通りです。

  • 複数シナリオによる転換シミュレーション
  • 公開ひな形からの記入項目と修正項目を区分した変更箇所の一覧
  • シリーズAでの優先株式内容やプール拡張時期を定めた次回ラウンドへの接続方針
  • 過去の投資契約や株主間契約の制限条項をまとめた既存契約の確認資料
  • 主要投資家の該当性や情報提供範囲および優先引受権を整理した投資家権利の整理メモ
  • 株主総会議事録や新株予約権発行要項および登記書類等の会社法上の手続書類

転換シミュレーションの作成にあたっては、シリーズAの想定評価額を複数設定し、キャップ適用時とディスカウント適用時の双方で株主構成を試算します。計算では、2.01における完全希釈化後株式数の定義に従い、自己株式や自己新株予約権を除外します。そのうえで、発行済ストックオプションおよび所定の未発行プールを含め、次回調達に伴うプール増加分を除外する前提を正確に反映させます。ディスカウント転換を行うJ-KISSが存在する場合は、その転換後株数を織り込んで分母を再計算する要項の規定に沿って数値を合わせます。複数回号のJ-KISSも当然に同種新株予約権として扱われるとは限らないため、各回の要項を確認します。

変更箇所の一覧では、公開ひな形を基礎とする場合でも、記入項目と修正項目を区別して整理します。投資家ごとに異なるキャップやディスカウントを一覧化しておけば、シリーズAの調査手続きでもそのまま活用できます。次回ラウンドへの接続方針として、シリーズAで交付する優先株式の内容や投資契約への参加形態を明確にしておきます。既存株主の同意取得の要否やプール拡張の時期なども簡潔に書き出しておきます。数行の方針書であっても、次回調達に向けた初期対応の円滑さを支える基点になります。

既存契約の確認資料では、過去の投資契約や事前承諾事項などの制限条項を洗い出し、通知期限や承諾要件を確認します。投資家権利の整理メモでは、主要投資家の該当性や情報提供の範囲、優先引受権の有無、多数投資家条項における過半数の構成などを把握しておきます。会社法上の手続書類として、株主総会議事録や登記書類を整備します。J-KISSの発行後も日常契約や次回ラウンドまで同じ窓口へ相談する場合は、スタートアップの顧問弁護士の選び方で、資金調達経験、納品形式、回答時間及び費用条件の確認方法を紹介しています。提示された条件を急いで受け入れる場面では、調達額や着金期日に意識が向きがちです。しかし将来の株主構成を左右する契約である以上、資本政策表と一体で検討しなければ判断を誤るリスクが生じます。

よくある質問

J-KISSとはどのような資金調達手法ですか?

普通株式や優先株式をその場で発行せず、将来の資金調達ラウンドなどを契機として株式に転換される新株予約権を有償発行する調達手法です。発行時点では株価や交付株式数を確定させず、将来の計算ルールをあらかじめ合意して迅速に調達を進める特徴を持ちます。

J-KISSのバリュエーションキャップとは何ですか?

将来株式へ転換する際の会社評価額の上限として機能する条件です。投資額をポストマネーキャップで割ることで、次回株式資金調達の新株発行前における持分下限の目安を把握できます。シリーズAで高い評価がついた場合でも、投資家は割安な株価で株式を取得できる可能性があります。

J-KISSの転換期限が到来した場合はどうなりますか?

割当日から18か月を経過しても適格資金調達が発生しない場合、同種新株予約権の発行価額総額の過半数の承認を得て新株予約権を行使できる仕組みです。当然に株式へ自動転換されたり金銭が払い戻されたりする仕組みではないため、期限到来時は期間延長などを投資家と協議します。

J-KISSの主なデメリットは何ですか?

発行時点で持株比率が見えず、希薄化の実感が湧きにくい点や、事業急成長時にキャップによって手放す持分割合が大きくなる点が挙げられます。複数回発行による条件の重層化や、次回調達時に行使・取得手続や登記等の実務負担が一斉に集中する点にも留意が必要です。

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