J-KISSとは?仕組み・資本政策・創業者の確認ポイント
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
本文でひな形の具体的な条件を述べる箇所は、Coral Capitalの公開するJ-KISS 2.01を基準とします。旧版や個別に修正された契約は、その文書に沿って確認します。
シード期からプレシリーズAにかけて、J-KISSを使った資金調達の相談を継続的に受けています。発行会社側でひな形に修正を入れることもあれば、投資家側で条件を確認することもあります。既存株主の立場で他の投資家に発行されるJ-KISSを検討する依頼もあります。立場が変わると同じ契約書が違って見える点が、J-KISSの特徴です。
J-KISSは、Coral Capitalが公開しているシード投資向けの契約書ひな形です。コンバーティブルエクイティを用いて迅速に資金調達を進める仕組みとして広く知られています。しかし、簡易な契約書という受け止めだけで進めることには危うさもあります。発行時点では普通株式も優先株式も交付しないため、持株比率の変化が見えません。シリーズAやExit、転換期限の到来といった節目を迎えると、発行時に決めた条件が現実の数字となって一気に表面化します。
今回の調達が次のシリーズAや将来のM&Aの可能性にどう接続するのかを、発行前に見通せる形にしておく作業が実務上の基本になります。
J-KISSで実際に調達する直前のチェック項目を一覧で確認したい場合は、J-KISSで調達する前のチェックリスト|創業者が確認すべき資本政策もあわせて確認いただけます。
契約書受領時の確認事項
J-KISSの契約書を受け取った際、レビューの冒頭で確認している項目は次の五点です。
- 契約書冒頭の「公開ひな形から変更されていない」という一文が残っているか、削除されているか
- バリュエーションキャップとディスカウントが「低い方」で効く基本形か、構造が組み替えられているか
- 投資額をポストマネーキャップで割った数字(次回株式調達の新株発行前における持分下限の目安)を把握しているか
- 複数投資家がいる場合、誰が「主要投資家」「多数投資家」に該当するか
- シリーズA・M&A・転換期限到来のそれぞれで、このJ-KISSがどう処理されるか説明できるか
J-KISSの利点は、公開ひな形をそのまま使うことによる迅速性と透明性にあります。手元の契約書がひな形のままなのか、どこかに手が入っているのかを最初に確かめないと、この前提が崩れます。実際の案件でも、当事者がひな形に修正を加えている事例は珍しくありません。
変更を見分ける手がかりとして、実務的な着眼点があります。J-KISSのひな形には、冒頭に「本契約は、空白又は括弧書きの箇所を除き、公開されているひな形から変更されていない」という趣旨の一文が置かれています。実際の取引では、ひな形に修正を入れる際にこの一文自体が削除されることがあります。個別修正との食い違いを避けるための対応ですが、この一文の削除は個別修正の存在を確かめる有力な手がかりになります。もっとも、一文が残っていても他の条項が修正されている可能性はあるため、どちらの場合も該当する版の公開ひな形と比較して差分を確認します。
過去の案件で手が入っていた典型例として、まず転換価額の構造そのものが挙げられます。ひな形の基本形は、ディスカウント適用後の価格とキャップ基準の価格のいずれか低い方を選択する設計です。しかし実際の案件では、適格資金調達時の転換はディスカウントのみとし、キャップは転換期限到来時やM&A時の参照価格としてのみ残す組み替えも見られます。反対に、エンジェル投資家向けにディスカウントを0%とし、キャップを機能しにくい高水準に置いた変則形もあります。同じJ-KISSという名称であっても、経済条件の効き方は大きく異なります。
主要投資家の金額基準もよく変更されます。ひな形では一定額以上の払込みをした投資家のみに情報請求権や優先引受権を認めています。この金額基準を動かすと、どの投資家にどの権利を付与するかが変わります。少額の個人投資家が複数参加するラウンドでは、この設計が後の投資家管理の負担を直接左右します。
変更が見つかった場合は、どの条項が誰に有利にどの程度変わっているかを、資本政策への影響が把握できる形でまとめておきます。この整理を行っておけば、シリーズAのデューデリジェンスで過去の調達条件について説明を求められた際にも円滑に応答できます。
J-KISSの法的性質と転換の仕組み
J-KISSは、普通株式や優先株式をその場で発行せず、将来の資金調達ラウンドを契機として株式に転換される新株予約権を有償発行する調達手法です。法的には新株予約権を発行する取引です。便宜上「転換」という表現を用いますが、実際の処理は新株予約権発行要項に定められた行使条件や取得条項、交付される株式の種類と数に沿って決定されます。転換と呼ばれる処理の法的実態は、契約書と発行要項を突き合わせて確認します。
株式による調達であれば発行時点で払込金額や株数および持株比率が確定します。一方のJ-KISSでは将来どの種類の株式が何株交付されるかは確定していません。その代わりとして将来の計算に用いるルールをあらかじめ合意しておきます。代表例がキャップやディスカウント、適格資金調達基準や転換期限、Exit時の取扱いや各種投資家権利です。創業者はこれらを将来の株主構成を予約する条件として捉えておくことが大切です。
創業者が最初に見るべき経済条件は、キャップとディスカウント、そして転換イベントです。
バリュエーションキャップは、将来株式へ転換する際の会社評価額の上限として機能します。J-KISS 2.0ではポストマネー・バリュエーションキャップが採用されているため、投資額とキャップの比率から、将来取得し得る持分のおおよその目安を把握できます。たとえばポストマネーキャップ3億円で3,000万円を調達する場合、その投資家に10パーセント前後の持分相当を渡す条件として読み取れます。
ただし、投資額をキャップで割る計算は、転換計算上の持分下限の目安を示すものにとどまります。シリーズAでの新株発行や、それに伴うオプションプール拡張による希薄化は別に生じます。複数のJ-KISSを発行している場合も、同種新株予約権に含まれる範囲と各回の計算条件を個別に確かめておきます。キャップの数値を見るだけでなく、シリーズA前後の持株比率表を試算して初めて影響の全体像が分かります。
ディスカウントは、将来のラウンドで新規投資家が引き受ける株価から一定割合を割り引いて交付を受けられる条件です。経済産業省のコンバーティブル投資手段に関するガイドラインでは、J-KISSにおける既定値として20パーセント(0.8の係数)が例示されていますが、これは法令上の定額義務とは異なり、実際の割合は交渉次第です。
留意すべき点は、キャップとディスカウントを切り離して見ないことです。同じ前提のもとで、シリーズAの一株当たり発行価額にディスカウントを適用した価額と、ポストマネーキャップを所定の完全希釈化後株式数で割った価額を算出し、低い方を採用します。キャップは会社評価額の上限とすることで投資家により低い株価を与える仕組みであり、株価の下限を保証するものではありません。両者の適用関係は評価額の仮定によって入れ替わるため、複数のシナリオで試算して比較します。
転換の契機となる適格資金調達は、一定規模以上の株式調達が行われた際にシリーズA優先株式等へ転換される設計が一般的です。Coral Capitalの公開資料では1億円以上の株式調達という目安が示されています。もっとも、2.01の発行要項では、転換により発行される株式の発行総額を除いた調達額で判定します。公表資料の要約だけでなく、契約書と要項の定義文言を確かめる姿勢が大切です。
投資契約との接続と主要条項
J-KISSは、シリーズAで締結される投資契約や株主間契約とは別の契約ですが、実務上は深く連動します。ひな形通りの運用であれば、適格資金調達に際して行使や会社の取得条項の手続を経て、投資家は要項に従った株式を取得します。次回ラウンドで発行される優先株式の一株当たり発行価額とJ-KISSの転換価額が異なる場合は、残余財産の優先分配額や普通株式への転換計算で用いる取得価額等を調整した別シリーズの優先株式を交付する設計になっています。5.9条は、次回調達で所定の投資関連契約が締結される場合、行使・転換に際してJ-KISS投資家もその契約を締結すると定めています。契約上の権利が自動的に同じになるという意味ではないため、参加する書面と適用条項を確認します。
J-KISS投資家がどの範囲でシリーズAの契約当事者に加わるかは、実務で論点になりやすい部分です。シリーズA投資家と同一種類の株式を保有する場合でも、情報請求権や優先引受権をどこまで共通化するかは契約設計に影響を与えます。
ひな形にあらかじめ組み込まれている条項のうち、特に意識しておきたい仕組みが二つあります。
一つ目は主要投資家の基準です。ひな形では、関係当事者分を合算した払込金額が500万円(既定値)以上となる投資家が主要投資家に該当します。会社は財務情報の提供義務や優先引受権に加え、後続の投資関連書面で主要な投資家に与えられる権利を付与する義務を負います。この優先引受権は持分比率に応じた権利ではなく、本件払込金額の2倍を累計上限とし、過去に参加した金額を控除した残枠の範囲で同条件の募集に参加できる権利です。ストックオプションの発行は対象外とされています。投資額が少額であっても、契約上の権利が限定的とは限らない点に留意します。
二つ目は多数投資家条項です。発行価額総額の過半数を有する投資家と会社が書面で合意すれば、同シリーズのJ-KISSの条件を変更または放棄できる枠組みが用意されています。ただし、権利譲渡、費用負担や補償、協力義務、変更条項自体、5.2条の権利(本投資家のみが主要投資家である場合に限る)など、5.13条に定められた例外事項の変更には当該投資家の個別書面同意が必要です。会社法上の手続も別途行います。過半数の合意で条件変更を進められる道がある反面、重要条項には個別の保護が及んでいるため、誰が過半数を構成しているかを発行時点で把握しておくことが大切です。
最恵待遇条項の運用実務もあらかじめ想定しておく必要があります。ひな形では、払込完了後から転換前までの間に対象となる後続の新株予約権等を発行した場合、実行日から5日以内に書面で通知し、契約書の写しを添付する義務が定められています。ストックオプションは対象外であり、すべての普通株式発行が通知対象となるわけでもありません。しかし、投資家の数が増えるほど通知手続きの負担は重くなります。
創業者は、シリーズAで各投資家に適用する条件をあらかじめ確認しておきます。J-KISS投資家が複数存在する案件では、シリーズAの交渉時に各投資家の参加範囲が改めて問われ、リード投資家の求める規律と既存の取り決めが衝突することもあります。
J-KISSの段階でサイドレターを締結する際にも慎重な見極めが大切です。経済産業省のガイドラインでも、情報請求権や最恵待遇条項がサイドレターで設定される際の問題点が指摘されています。短い合意書であっても、株主間契約に近い実質的な拘束力を生じさせることがあります。
J-KISSの利点は細かな交渉を後回しにできる点にあります。しかし、先送りにできる論点と発行時点で合意しておくべき論点は明確に区別しなければなりません。特に次回ラウンドへの参加権やM&A時の取扱いは、後から想定と違ったという事態になりやすい部分です。
未転換時とExit時の取扱い
J-KISSでは、シリーズAを迎える前にM&Aが発生した場合や、一定期間内に適格資金調達に至らなかった場合の処理が発行時に定められています。ここは将来の話に見えて、実際の相談が多く寄せられる場面です。
支配権移転取引等を行うときは、会社が定める取得日の前日までに行使されなかった新株予約権を、会社が発行価額の2倍の金銭と引き換えに取得する設計です。投資家は、要項の条件に従って取得日前に行使し、キャップを基準とした価額で株式を取得して取引に参加するかを検討します。会社は取得日(定めなかった場合は取引実行日)の2週間前までに取引条件を書面で通知します。支配権移転取引等には、議決権の移動など所定の条件を満たすM&Aのほか、資産の全部又は実質的に全部の処分、解散・清算、IPOも含まれます。ただし、従前の議決権比率を実質的に維持する完全親会社の設立や、純粋な資金調達を目的とする株式発行等は、定義上の例外を確認します。
転換期限の到来時について、経済産業省のガイドラインでは18か月以上経過時に投資家側の要請で普通株式に転換できる枠組みが紹介されています。ひな形の設計では、割当日から18か月を経過しても適格資金調達が起きない場合、定義された同種新株予約権の発行価額総額の過半数の承認を得て行使できる仕組みになっています。当然に株式へ自動転換されたり金銭償還されたりするわけではありません。期限までに調達を行えない場合は、期間延長を合意するかなど、投資家と協議します。期限は自動処理の期日というより、その時点の進捗を踏まえて投資家と協議を開始する節目として機能します。
転換期限が短すぎると、事業計画に反して拙速な調達を迫られるおそれがあります。反対に期限設定が曖昧では投資家の見通しが立ちません。開発進捗や採用計画、次回調達までの所要期間を踏まえ、期限到来時に誰とどのような条件を協議するのかを想定して条項を定めておくことがよいと考えます。
資本政策表と発行前の確認資料
J-KISSによる調達を実施するにあたっては、現状の資本政策表だけでなく、発行直後、シリーズA直前、転換完了後の各段階を想定した試算表を用意します。
特に注意を要するのが複数回のJ-KISS発行です。シードからプレシリーズA、ブリッジと調達を重ねると、各回のキャップやディスカウントが重層化し、シリーズAで大きな希薄化となって跳ね返ります。回号が増えるほど転換計算は複雑化します。
ストックオプションプールとの兼ね合いも重要です。シリーズA投資家が投資前と投資後のどちらの枠組みでプール確保を要求するかにより、創業者持分の希薄化度合いは大きく変動します。J-KISSの転換とプールの新設・拡張が重なると、手元に残る持分が想定を下回る事態を招きかねません。
優先株式との接続も同様です。転換先の種類株式について、残余財産分配など定款で定める権利を確認します。優先引受権などの契約上の権利は別途確認し、同一種類の株式を持つことのみから当然に同じ契約上の権利が付与されるとは判断しません。J-KISSは最終的に種類株式の設計に接続される契約です。
発行前に手元に整えておきたい資料として、次の三点が挙げられます。
第一に、転換シミュレーションです。シリーズAの想定評価額を複数設定し、キャップ適用時とディスカウント適用時の双方で株主構成を試算します。計算にあたっては、完全希釈化後株式数の定義に従い、自己株式や自己新株予約権を除外し、発行済ストックオプションおよび既存の未発行プールを含め、次回調達に伴うプール増加分を除外する前提を正確に反映させます。ディスカウント転換を行うJ-KISSが存在する場合は、その転換株式数を分母に織り込んで再計算を行う要項の規定に沿って数値を合わせます。複数回号のJ-KISSも当然に同種新株予約権として扱われるとは限らないため、各回の要項を確認します。
第二に、変更箇所の一覧です。公開ひな形を基礎とする場合でも、記入項目と修正項目を区別して整理します。投資家ごとに異なるキャップやディスカウントを一覧化しておけば、シリーズAの調査手続きでもそのまま活用できます。
第三に、次回ラウンドへの接続方針です。シリーズAで交付する優先株式の内容、投資契約への参加形態、既存株主の同意取得の要否、プール拡張の時期などを簡潔に書き出しておきます。数行の方針書であっても、次回調達に向けた初期対応の円滑さを支える基点になります。
この三点がないまま契約書面だけを確認しても、J-KISSがもたらす実質的な影響は見えてきません。提示された条件を急いで受け入れる場面では調達額や着金期日に意識が向きがちですが、将来の株主構成を左右する契約である以上、資本政策表と一体で検討しなければ判断を誤るリスクが生じます。
LegalAgentでは、J-KISSのレビューを形式的な契約書の文面確認にとどめず、資本政策や次回ラウンドの設計まで見据えたスタートアップ法務の一環として取り扱っています。
J-KISSの条件設計そのものについては、J-KISSで調達する前のチェックリスト|創業者が確認すべき資本政策でも詳しく整理しています。シリーズAで実際に転換するときの手続はJ-KISSの転換(行使)手続|シリーズAで慌てないための実務ガイドで、シリーズAで優先株式を発行する場面については優先株式の投資契約で、創業者が経営判断として見るべき条項で、それぞれ確認いただけます。
よくある質問
J-KISSとは何ですか?
将来の資金調達ラウンドなどをきっかけに株式へ転換されることを想定した新株予約権(コンバーティブルエクイティ)を用いる、シード期向けの資金調達手法です。日本ではCoral Capitalが公開しているひな形が広く参照されています。
J-KISSのメリットは何ですか?
発行時点で企業価値の評価を正面から確定させずに、比較的短い契約書で迅速に調達できる点です。他方で、バリュエーションキャップやディスカウントにより将来の希薄化の計算式は発行時点で決まるため、資本政策の試算は必要です。
J-KISSはいつ株式に転換されますか?
多くの場合、一定規模以上の株式による資金調達(いわゆるシリーズA)が行われた時点で、キャップまたはディスカウントを基準とした転換価額で株式に転換されます。転換期限までに適格資金調達に至らない場合の取扱いは、発行要項の定めと投資家との協議によります。