投資契約書のレビューポイント|発行会社・経営株主側の実務
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
シリーズAのラウンドが動き出すと、リード投資家の候補が固まったあたりで、投資家側の弁護士から投資契約書のドラフト一式が届きます。株主間契約書や分配合意書、種類株式の内容(定款別紙)と一緒に送られてくることが多く、初めてこの分量のドラフトを受け取る経営者の方は、まずその厚みに驚かれる印象があります。
投資契約書を読み進めると、当事者欄に発行会社だけでなく創業者個人の名前が記載されていることに気づくことがあります。創業者を当事者に加える例は実務上見られますが、法律上の必須要件とは異なります。会社が資金調達の当事者になるのは自然だとしても、なぜ自分個人が契約当事者として署名し、重い義務を負わなければならないのか、疑問に感じる経営者の方は少なくありません。この「経営株主」という当事者の位置づけが、投資契約書を読み解くうえでの最初の関門になると考えています。
投資契約書の交渉は、実務上、表明保証と株式買取請求権という二つの条項を軸に進みます。とりわけ経営株主個人としての負担がどこまで及ぶのかは、創業者にとって資金調達後の生活や人生設計にも関わる論点であり、発行会社側・経営株主側としては慎重な検討を重ねたい部分です。
以下では、投資契約書を発行会社と経営株主の双方の視点から確認し、払込手続、表明保証、株式買取請求権、損害賠償などの交渉ポイントを順に見ていきます。投資契約、株主間契約、分配合意書、種類株式の内容を横断してレビューする場合は、発行会社側のスタートアップ法務・資金調達支援の対象業務と料金をご確認ください。
投資契約書の役割と払込手続
投資契約書は、投資家が発行会社の新株を引き受け、払込みを実行するまでの手続と条件を取り決める契約です。引受株式数、払込金額、払込期日といった発行条件を定めるとともに、払込みを実行するための前提条件、発行会社及び経営株主の表明保証、そして契約違反があった場合の救済手段を規定する構成が一般的です。
ここで押さえておきたいのは、投資契約書が主に対象とするのは払込みの完了までの局面だという点です。表明保証違反に基づく補償などは、払込後も契約所定の期間存続します。一方、払込みが完了した後に投資家が株主としてどのような権利を持ち、会社の経営にどう関与するかについては、別途締結される株主間契約書で定める役割分担になっています。株主間契約書の内容については、株主間契約書のレビューポイント|事前承諾事項・情報提供・経営株主の義務で取り上げています。
投資契約書を読む際は、株主間契約書や定款別紙などと合わせて、どの書面が何を定めているかを確かめます。役割が分かれば、同じ論点が別の書面でも扱われていることに気づきやすくなります。全体像は種類株式(優先株式)による資金調達とは?シリーズAの契約書と手続の全体像で整理していますので、初めてシリーズAに取り組まれる方は先にご覧いただくことをお勧めします。
契約書の冒頭では、発行会社が投資家に優先株式を発行し、投資家がこれを引き受けて払い込む旨が定められます。実務上は「総数引受契約を兼ねる」という文言が置かれることがありますが、その一文の有無だけで判断せず、契約の実態として募集株式の総数の引受けが合意されているかを確認します。会社法205条に基づく総数引受契約の方式を採る場合、会社法203条・204条に定める個別の申込み及び割当ての手続を省略できます。ただし、募集事項の決定自体は省略できませんし、譲渡制限株式であれば原則として株主総会又は取締役会による契約の承認(会社法205条2項)が必要です。総数引受の方式を用いない場合は、申込みと割当ての法定手続が予定どおり進むかを確認します。払込期日や払込期間についても、株主総会等の発行決議の内容と整合しているか確かめておきます。
発行会社側として慎重に設計したいのが、払込みの前提条件(CP)です。前提条件とは、投資家が払込みを実行する義務を負う条件であり、表明保証の真実性や契約義務の履行、必要書類の交付などが盛り込まれます。ここで意識しておきたいのは、当事者の合意で放棄(ウェイブ)できる条件と、法令上省略できない必須手続(所定の機関決議など)、そして契約解除の事由を明確に区別しておくことです。前提条件が広範であったり、判定基準が曖昧であったりすると、投資家側から条件未充足を主張されて着金時期が読めなくなるおそれがあります。発行会社としては、客観的な事実や書類の存否によって充足を判定できる内容へ絞り込む交渉を進めます。
表明保証の限定と別紙開示
投資契約書の中核をなす条項の一つが、表明保証です。表明保証は、投資判断の基礎となった事実関係を契約上で確認し、事前のデューデリジェンスを補完する役割を果たします。M&Aを含む企業取引全般で広く用いられる仕組みであり、投資契約に限らず活用されています。対象事項は、会社の設立及び有効な存続、計算書類の正確性、知的財産権の帰属、法令遵守など多岐にわたります。
発行会社側の視点で大切なのは、提示された表明保証を無条件に受け入れず、範囲を限定することです。特にスタートアップは社内の管理体制が途上であることも多いため、「知る限り」(合理的な調査の範囲を含むかどうかも含めて検討)という認識の限定や、「重要な点において」という限定文言を適切に挿入する交渉を行います。また、いつの時点の事実を保証しているのかという基準時点(契約締結時、払込期日など)についても契約文言を確認します。
もう一つの実務上の手法が、別紙による例外事項の開示です。表明保証の本文には一般的な原則を記載し、それに当てはまらない事実があるときは、別紙に具体的に記載して開示することで、表明保証全体の正確性を確保します。たとえば、訴訟に関する条項で「重要な係争が存在しない」と定めつつ、現在対応中の紛争がある場合は、その内容を別紙に明記し、契約本文でその別紙事項を当該表明保証の例外とすることを合意します。
別紙のどの記載が、どの表明保証条項の例外になるかを契約で明確にします。デューデリジェンスで開示した資料との整合も確認します。単にデューデリジェンスの段階でデータルーム等に資料を提出したとしても、それだけで当然に契約上の責任が免除される関係には立ちません。開示資料と別紙の記載が食い違っていると、後から十分な開示がなされていなかったのではないかという疑義を招きかねないため、丁寧に照合します。シリーズAのデューデリジェンスで投資家に提出する資料については、シリーズAの法務DD準備で解説しています。
一方、経営株主個人による表明保証については、発行会社とは明確に分けて考える視点が欠かせません。投資家側のドラフトでは、発行会社に関する業務や財務の事項まで、創業者個人が無限定に保証する構成になっていることがあります。しかし、個人が会社の計算書類の適法性まで無限に保証するのは過重な負担となりがちです。
経済産業省が策定した公的指針(2025年9月増補版「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」)でも、法人と個人の分離や適切なガバナンスの観点から、個人を表明保証の主体から外す方向性が示されています。この指針は民間の契約の効力を自動的に否定する強行法規とは異なりますが、不当に重い個人負担を抑える交渉の有力なよりどころになります。個人の表明保証を外すことが難しい場合でも、創業者個人の適格性や利害関係など個人固有の事項に限るか、会社の事項については「知る限り」の限定を付す方向で調整します。なお、反社会的勢力排除などの個人固有の事項については、必要に応じてサイドレター等で個別に手当てする方法もあります。
あわせて、「経営株主」の定義自体も確認します。創業者個人だけでなく資産管理会社などの法人まで含まれている場合、その法人が保有する株式の取扱いまで各種の制約が及ぶ可能性があるため、定義の射程を見落とさないようにします。
株式買取請求権と責任の所在
株式買取請求権は、投資契約書の中で経営者にとって最も慎重に検討したい救済条項です。契約上の合意に基づく権利であり、会社法に定められた反対株主の株式買取請求権とは性質が異なります。契約違反や表明保証違反、払込前提条件の不充足などを理由として、投資家が発行会社や経営株主に対して株式の買取りを請求できる仕組みです。
発行会社及び経営株主の側からは、まず買取請求権の設定自体を抑制できないか検討することが基本となります。前述の経済産業省の留意事項でも、会社のガバナンスに応じた対応や個人の責任追及を抑制する方向が打ち出されています。設定が避けられない場合でも、次のような手当てを交渉の軸に据えます。
第一に、請求のトリガーとなる違反を「重大な違反」に限定することです。違反の対象を具体的に特定し、軽微な形式違反や数字の些細な相違で買取請求権が行使される事態を防ぎます。また、違反が生じた場合に是正を試みるための治癒期間(キュア期間)や通知の猶予を設け、故意又は重過失による違反に限るといった限定文言を交渉します。
第二に、株式上場に至らなかったこと自体を買取トリガーとする規定は削除を求めます。上場は事業環境にも左右される不確定な目標であり、上場できなかったこと自体を契約違反のように扱って買取りを義務付けるのは、経営株主に過大な負担を課すものといえます。
第三に、買取価格の算定方法をあらかじめ客観的に定めておく視点です。当初の取得価額を基準にするのか、純資産額に基づくのか、あるいは第三者による鑑定評価を用いるのかを合意します。第三者鑑定による場合は、鑑定人の選定手順や費用負担まで契約書に定めておかないと、価格をめぐる紛争が長期化する懸念があります。
第四に、買取義務の主体から経営株主個人を外すことです。株式の買取りには多額の資金を要するため、創業者個人に買取義務を課すと個人の破綻につながりかねません。経済産業省の留意事項でも個人を買取義務の対象外とすることが基本とされており、詐欺や横領といった重大な背信行為がある極めて例外的な場合に限って個人の責任を検討する、という切り分けが望ましい姿勢です。差額補填義務や無償譲渡義務のような加重条項も、個人への過大な負担となるため削除を求めます。
第五に、買取主体を発行会社とする場合でも、会社法上の財源規制と手続を理解しておく必要があります。会社が自己株式として買い取る場合は、会社法155条、156条、160条等に基づく取得決議や特定株主からの取得手続を行わなければならず、さらに会社法461条の分配可能額の範囲内でしか買取りを実行できません。主体を会社に移すだけで無条件に買い取れる状態になるわけではありません。また、税務上も、取得対価のうち資本金等の額の当該株式に対応する部分を超える金額について「みなし配当」として課税が生じる可能性があります。全額が一律に配当課税となる扱いや、あらゆる事案で常に課税が生じる関係とは限らないものの、自己株式取得の実務は税理士にも事前に相談し、影響を確かめながら条項を詰めます。
損害賠償と救済条項の調整
契約違反があった場合の損害賠償条項についても、経営株主個人の負担をいかに適正な範囲に抑えるかが中心的な検討事項です。
投資家側のドラフトでは、発行会社と経営株主が連帯して賠償義務を負う規定がよく見られます。しかし、会社全体の事業活動から生じた賠償責任を個人が連帯して負うと、個人の資産規模をはるかに超える責任を背負い込むことになります。連帯責任の規定自体を削除するか、損害賠償の対象となる事由を限定し、賠償額に上限(キャップ)を設けたり請求期間を区切ったりする調整を試みます。
損害賠償におけるもう一つの論点が、サンドバッギング条項の扱いです。サンドバッギングとは、投資家が表明保証違反などの事実を契約締結時や払込前にあらかじめ認識していながら、あえて指摘せずに払込みを実行し、その後に違反を理由として賠償請求や株式買取りを求める行動を指します。既知の事実に関する責任をどちらが引き受けるかは契約上のリスク配分として調整される事柄であり、法律上当然に禁止されている行為とは異なります。そのため発行会社側としては、投資家が払込時点で認識していた事実については責任を負わない旨の規定(抗弁条項)を設けるよう求めることが公平な取引につながります。
さらに、経営株主が会社との連帯債務を支払って共同の免責を得た場合、内部の負担割合に応じて会社へ求償できるかが論点となります。経営株主が自分自身の単独の義務を履行したにとどまる場合には、当然に会社への求償権が発生するわけではありません。ドラフトによっては、経営株主から会社への求償権の行使を、投資家に対する一切の義務の履行が完了するまで劣後させる規定が置かれることがあります。劣後条項が置かれている場合は、どの範囲の債務が対象になり、いつまで行使が制限されるのかを確認しておくことが有益です。
その他の実務条項と留意点
投資契約書には、表明保証や救済条項のほかにも、資金調達後の経営実務に影響を及ぼす条項が盛り込まれます。
資金使途は、調達した資金の使い道を特定する条項です。自社の事業計画や資金需要と照らし合わせ、柔軟な事業運営を阻害しない範囲で記載を調整します。
エグジット努力義務は、将来の株式上場やM&Aに向けて誠実に努力する旨を取り決める条項です。経済産業省の留意事項(2025年9月増補版 p.37〜38)でも触れられているように、この条項は上場の結果そのものを法的に保証する義務ではなく、M&Aやセカンダリー取引を含め、ファンドの運用期限を踏まえた相互協力を確認する意味合いを持ちます。努力義務だからといってすべての効力が失われるとは言えませんが、努力義務の枠組みを超えて特定の売却手続を強制するような条項になっていないか、あるいは前述の株式買取請求権のトリガーと直接結び付けられていないかを見極める姿勢が大切です。
上場時の失効規定も確認します。株式上場に伴い投資契約の全部又は一部が失効する旨が置かれるのが通例ですが、秘密保持などどの条項が上場後も存続するのかを把握しておきます。
最恵待遇条項(MFN条項)は、後続のラウンドで他の投資家により有利な条件を付与した場合に、本件の投資家にも同等の待遇を与えることを求める条項です。何をもって有利とみなすかの定義や比較条件、適用除外の範囲を曖昧にしておくと、その後の資金調達で投資家ごとに異なる条件を調整することが困難になります。
また、投資契約書に複数の投資家が参加する場合、「多数投資者(Majority Investors)」という定義が置かれることが通例です。これは契約内容の変更や権利放棄を行う際に同意を必要とする集団を指します。多数投資者の基準は契約所定の株式数や議決権の割合によって定義され、特定の筆頭投資家単独で足りる場合もあれば、複数投資家の合算を要する場合もあります。常に議決権過半数を持つ1社の投資家を指すとは限らないため、自社の資本政策に照らして、誰の同意が必要になるのかを契約締結前に把握しておきます。
投資契約に定められる個別の条件が、経営判断としてどのような意味を持つかについては、優先株式の投資契約で、創業者が経営判断として見るべき条項でも詳しく取り上げています。
よくある質問
なぜ創業者個人が投資契約書の当事者になるのですか?
投資家が、会社だけでなく経営株主個人にも表明保証や株式買取請求への対応などの義務を求めることが多いためです。個人が負う義務の範囲をどこまで限定できるかが、発行会社側の重要な交渉ポイントになります。
表明保証はどこまで限定できますか?
「知る限り」「知り得る限り」といった主観的限定、重要性による限定、開示資料による除外などの手法があります。特に経営株主個人の表明保証は、対象を絞る方向で交渉する合理性があると考えられます。
株式買取請求権とは何ですか?
表明保証違反や重大な契約違反などがあった場合に、投資家が経営株主等に対して株式の買取りを求めることができるとする条項です。発動事由の範囲と買取価額の算定方法を慎重に確認する必要があります。