SPA(株式譲渡契約)とは?M&Aの補償・価格調整・クロージングを解説
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
SPAはShare Purchase Agreementの略称で、日本語では株式譲渡契約と呼ばれます。M&AのSPAでは表明保証や譲渡価格に目が行きやすいものの、実際の交渉では補償、価格調整、クロージング条項も大きな比重を占めます。DDで見つかったリスクを誰が負担するのか、譲渡価格をどの時点の財務状態で調整するのか、クロージングまでに何を完了しなければならないのかが、取引の実行可能性を左右するからです。
SPAは、基本合意書やDDで整理した論点を、法的に執行できる形へ落とし込む最終契約です。ここで補償条項が弱いと、買主はDDで見つけきれなかった問題を引き受けることになります。反対に補償が広すぎると、売主はいつまでも過大な責任を負うことになり、価格調整が曖昧だとクロージング後に支払額をめぐる紛争が起きやすくなります。
三つの条項がどう連動するか
SPAでは、補償・価格調整・クロージングの三つの条項が定義から連動して機能します。補償条項は、表明保証違反や誓約違反、特定の潜在債務、税務リスク、労務リスクなどが発生した場合に、誰がどの範囲で損害を負担するかを定めます。買主から見れば、買収後に発覚した過去の問題を売主に請求するための手段であり、売主から見れば、取引完了後も残る責任の範囲を画する条項です。
価格調整条項は、譲渡価格をクロージング時点の財務状態に応じて調整する条項です。現金や借入金、運転資本を基準に調整することが多く、企業価値から株式価値へ落とし込む過程で、どの時点の数値を使うのか、誰が計算するのかを決めます。クロージング条項は、株式譲渡と代金支払を実行する日や実行方法、クロージング前提条件、提出書類などを定めるもので、SPAに署名しても、この条件が満たされなければ取引は実行されません。
DDで見つかった問題を、クロージング前に是正するのか、価格で調整するのか、表明保証違反として補償対象にするのかによって、SPA全体の設計が変わります。SPAレビューでは、この連動関係を見ることが核心になります。
補償条項は発見前と発見後で書き方が変わる
補償条項が置かれるのは、DDには限界があるからです。買主は限られた期間で資料を確認しますが、すべての問題を発見できるわけではありません。未払残業代や過去の税務処理、知的財産権の帰属不備は、クロージング後に発覚することもあります。SPAに補償条項がなければ、買主は対象会社を取得した後にそのリスクを自ら負担することになるため、どの表明保証違反について、どの期間、どの上限、どの手続で請求できるかを契約上明確にしておく方がよいでしょう。
補償の対象事由を確認するときは、表明保証違反、誓約違反、特定の税務債務が対象になっているかを見ます。「本契約に関連して生じた一切の損害」といった広い表現は、補償する側にとって過大になりやすい書き方です。補償の範囲についても、直接損害だけなのか、逸失利益や弁護士費用のような間接的な費用まで含むのかを見ます。
補償期間は、売主に対して請求できる時間的な範囲を決めます。一般的な表明保証については一定期間、税務や基本的事項については長期間とするなど、項目ごとに分けることがあります。補償上限やバスケット、DDで開示された事項の扱いも確認します。買主側の関心は重要リスクが上限で十分にカバーされるかにあり、売主側の関心は既に開示した事項まで請求されることを避ける設計にあります。
価格調整はクロージング前に決めておく計算ルールである
DDで未払残業代や主要契約の承諾未取得が見つかった場合、それを価格調整、クロージング前提条件、特別補償、誓約事項のどこで処理するかを、クロージングの前に決めておく必要があります。この判断は、金額や発生可能性、売主の信用力、交渉力によって変わります。
価格調整では、基準貸借対照表やクロージング貸借対照表、ネットデット、正常運転資本を確認します。何を現金に含め、何を借入に含めるかは実務上よく争点になり、役員貸付金や未払賞与、リース債務の扱いを明確にしておく方が安全です。手続面では、誰がクロージング計算書を作成するか、相手方が異議を述べる期間、合意できない場合の第三者専門家の関与まで、計算方法だけでなく紛争処理の手続まで入れておきます。
クロージング条項を丁寧に作り込む理由
クロージング条項を丁寧に作り込むべき理由は、M&Aは署名しただけでは終わらない点にあります。主要契約相手方の承諾、金融機関の同意、株主総会や取締役会の承認、キーパーソンの雇用契約といった、クロージングまでに完了すべき事項が数多くあります。これらを前提条件にするのか、クロージング後の誓約にするのかで、買主と売主のリスク配分が変わります。
クロージング前提条件では、表明保証が真実か、誓約が履行されているか、必要な承認が取得されているかを見ます。クロージング時提出書類も欠かせません。株式譲渡承認や株主名簿書換、印鑑証明、役員辞任届といった書類の不足は、クロージング当日の混乱につながりやすいものです。
買主側・売主側で見るべきリスク
買主側のリスクは、買収後に発覚した問題を十分に回収できないことです。表明保証が抽象的すぎる、補償期間が短すぎる、DDで開示された事項がすべて免責される場合、買主は実質的にリスクを引き受けることになります。特定リスクを一般条項に埋もれさせないよう、DDで見つかった問題を価格調整、前提条件、特別補償のどこで処理するかを明確にしておく方がよいでしょう。
売主側のリスクは、取引後も長期間、広範な責任を負い続けることです。補償範囲が「一切の損害」と広く、上限も期間も実質的にない場合、売主は譲渡代金を受け取った後も不安定な状態になります。価格調整の設計にも注意が要り、負債や運転資本の定義が広すぎると、想定外に譲渡価格が減額されることがあります。
双方に共通するリスクは、クロージング前提条件が実務で満たせない内容になっていることです。主要契約すべての承諾を前提条件にするとクロージングが不安定になり、重要な承諾をクロージング後対応に回すと買主のリスクが高くなります。SPAは、リスクをどちらかに一方的に押し付ける文書ではなく、DDで明らかになった不確実性を、価格や条件、責任、手続に分解する文書です。