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アーンアウト条項とは|M&Aの価格差を埋める仕組みと紛争リスク

こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。

黒字化前でも急成長しているスタートアップの買収交渉で、譲渡価格の話がまとまらなくなることがあります。売主は将来の伸びを織り込んだ評価額を主張し、買主は現時点で確認できる実績でしか対価を算定できないと主張する。この溝を埋める手段として名前が挙がるのが、アーンアウト条項です。

アーンアウト条項は、クロージング時に支払う対価に加えて、クロージング後の一定期間における対象会社の業績等の指標が目標を達成した場合に、買主から売主へ追加の対価を支払う仕組みです。対象会社に十分な事業運営実績がない場合や、将来利益を生む新規の商品・技術が存在する場合など、企業価値の評価に幅が生じやすい取引で、売主と買主の理解の溝を埋め、取引を成立させやすくする機能を持ちます(戸嶋浩二・内田修平・塩田尚也『M&A契約 モデル条項と解説』36頁)。中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」も、将来にわたる利益の見通しが立ちにくいものの大幅な成長を実現する可能性のあるベンチャー企業のM&Aで活用されることが多いと説明しています(54頁、2024年8月時点)。

もっとも、アーンアウトは価格差を消す万能薬ではありません。指標の選び方、計算式と会計方針、買収後の経営権限、判定と異議の手続、退任や再売却が起きたときの扱いのいずれかが曖昧なままだと、追加対価をめぐる新しい紛争の種になります。

アーンアウトが解決する価格差と、後払い・分割払いとの境界

譲渡対価の支払方法には、アーンアウト以外にも、対価総額を確定させたうえで支払時期だけを分割する方法があります。中小M&Aガイドラインは、これを「譲渡対価のクロージング後分割払い」として、買主の資金が譲渡対価に対して不足する場合に活用されることがあるが、クロージング後の事業の状況や買主の状況によっては不履行となるリスクがあり、支払期間が長期間にわたる場合はリスクが高いと注意喚起しています(53頁)。

アーンアウトが分割払いと決定的に違うのは、対価の総額そのものが将来の指標次第で変わる点です。分割払いは「いくら払うか」が確定していて「いつ払うか」だけを繰り延べますが、アーンアウトは「いくら払うか」自体が確定していません。自社の交渉がどちらの局面にあるのかを見分けるには、対立の原因が買主の資金繰りにあるのか、対象会社の将来性についての評価そのものにあるのかを切り分ける必要があります。

M&A基本合意書(LOI)レビューの基本で扱ったとおり、価格に関する記載をどこまで確定的に書くかは基本合意書の段階から問題になります。アーンアウトを使う可能性がある場合には、最終契約の交渉に入る前に、基本合意書の段階でその方向性を示しておくと、後の交渉がぶれにくくなります。また、アーンアウトのような対価の後払い型の定めは、会社分割のような組織再編の手続にはなじみにくいという制約があります。この点はM&Aスキームの選び方で確認したとおりです。

指標選びがそのまま紛争の芽になる

アーンアウトの指標には、財務指標と非財務指標があります。財務指標としては、純利益、売上高、営業利益、EBITDA(金利・税金・償却前利益)、営業キャッシュ・フロー、フリー・キャッシュ・フローなどが実務上使われることが多いとされています(藤原総一郎ほか『M&Aの契約実務』113頁)。非財務指標としては、製品開発のマイルストンの達成、新規事業についての許認可の取得、新規契約の締結数、製品の販売数、薬事認可の取得、ウェブサイトのアクセス数などが挙げられます(『M&A契約 モデル条項と解説』38頁)。中小M&Aガイドラインも、売上個数や入居率といった非財務目標が使われる例を紹介しています(54頁)。

指標の選択では、操作可能性と外部要因の両方を見る必要があります。EBITDAや純利益のように費用が考慮される指標は、クロージング後に対象会社を支配する買主が調整や操作を行いやすいため、売主としては明確性の高い売上高を指標にしたいと考えることがあります。他方で買主の立場からは、費用面も勘案されるEBITDAや純利益のほうが対象会社の事業実態を反映しやすく、売主が経営陣として残る場合には適切なコスト管理を期待できるという理由から、これらを指標にしたいと考えることもあります(同書37頁)。売上高であれば操作されず安全、利益であれば必ず不適切というような単純な図式は成り立ちません。

売上高を指標にした場合も、操作リスクが残ります。対象会社を支配する買主が、設備投資のタイミングや仕入債務のサイトを変更したり棚卸資産の処分を行ったりすることで、アーンアウトの財務指標を自社に有利な方向へ誘導する可能性は否定できないとされています(同書113〜114頁)。反対に、売主がクロージング後も対象会社の経営陣として残る場合には、売主の側にアーンアウト対象期間の事業運営を自分に有利な方向へ操作するインセンティブが生じる可能性も指摘されています(同書114頁脚注10)。さらに、評価対象期間中に買主または対象会社が同種の事業を営む他社を買収したり合併したりした場合には、その統合によって指標そのものが変動することがあり、このような行為を禁止する義務や目標値の調整規定を置くかどうかも検討課題になります(『M&A契約 モデル条項と解説』38頁)。指標は、誰が対象会社を支配し、その当事者にどの方向へ動かすインセンティブが生じるかを個別に確認したうえで選ぶ必要があります。

計算式・会計方針・異議手続をどこまで契約に落とし込むか

アーンアウトの評価対象期間について、『M&A契約 モデル条項と解説』は刊行時点の実務として「実務上は1〜3年間とされる場合が多い」と紹介し(38頁)、中小M&Aガイドラインも「クロージング後の一定期間(3年以内が多い。)」と記載しています(54頁、2024年8月時点)。いずれも当該時点における実務の傾向を示すものであり、対象事業の性質や指標が確定するまでに要する時間によって、適切な期間は案件ごとに異なります。

財務指標を使う場合には、指標の金額を算出するための会計基準・会計処理方法と、その確定手続をあらかじめ合意しておく必要があります(『M&A契約 モデル条項と解説』37〜38頁)。対象会社が従前から採用してきた会計方針によるのか、一般に公正妥当と認められた会計原則によるのか、特定の項目だけ別途合意するのかを詰めておかないと、算定結果そのものが争いの対象になります。東京地方裁判所平成20年12月17日判決(判例タイムズ1287号168頁)は、純資産額による価格調整が合意されていた株式譲渡契約で、価格調整の前提となる貸借対照表を「基準日貸借対照表と同一の会計処理の原則及び手続」で作成すべき義務があったにもかかわらず、買主が自社グループの会計基準に準拠して作成したとして、買主の債務不履行責任を認めました(『M&Aの契約実務』106〜107頁)。この事案は、純資産による価格調整条項をめぐるものです。もっとも、合意した会計方針からの逸脱が金銭の算定をめぐる紛争に直結する点は、アーンアウトの計算式を設計する場面にも共通します。

判定手続についても、誰がいつまでに計算書類を作成し、相手方がいつまでに異議を述べ、協議で解決しない場合にどの専門家に最終判断を委ねるかを具体的に定めておく必要があります。ある株式譲渡契約の条項例では、買主がクロージング日後60日以内に指標の計算書案を提示し、売主が30日以内に承認または不同意の通知を行い、不同意の場合は誠実に協議したうえで、合意に至らなければあらかじめ合意した会計事務所が最終的な決定を行うという設計が紹介されています(同書108〜110頁)。この設計は、対象会社が非上場の株式譲渡契約を前提とした一例であり、費用負担の割合や決定の最終性の範囲を含め、当事者の交渉力や取引規模に応じて調整すべきものであって、そのままひな形として使えるものではありません。売主が検証作業を行うために、対象会社の取締役、監査役、従業員や帳簿類、記録、契約書等へ合理的な範囲でアクセスできるようにしておくことも、判定手続の実効性を左右します(同書108〜109頁)。

買収後の経営権限をめぐる売主と買主の綱引き

対象会社の経営支配権はクロージング時点で買主に移転するため、アーンアウトとして支払いを受けられる金額は、買主による対象会社の経営いかんによって左右されます(『M&A契約 モデル条項と解説』39頁)。ある条項例では、買主はクロージング以降、売主の書面による事前の承諾がある場合を除き、アーンアウトの支払いを免れたり金額を減らしたりする合理的なおそれのある行為を行ってはならないとする一方で、契約に別段の定めがない限り、対象会社に目標値を達成させる義務やアーンアウト価額を最大化する義務までは負わないとされています(同書35〜36頁)。この設計は、買主が経営の自由度を確保しつつ売主に一定の保護を与えるという特定の立場を前提とした一例であり、売主側で交渉する場合には、事業の一部売却、多額の設備投資、製品の販売中止など、目標達成に悪影響を与える行為を個別に禁止する規定を加えることが検討されます(同書39頁)。

米国では、株式譲渡契約上クロージング後の経営管理に関する買主の義務が明記されていない場合でも、契約解釈上、買主に一定の黙示的な義務を認めた裁判例があります(Sonoran Scanners, Inc. v. PerkinElmer, Inc., 585 F.3d 535(1st Cir. 2009)、O'Tool v. Genmar Holdings, Inc., 387 F.3d 1188(10th Cir. 2004))。これらは米国の裁判例であり、日本法上当然に適用されるものではありません。もっとも、日本の株式譲渡契約でも、明示的な規定がなくても買主に一定の義務が認められる可能性は否定できないとされており(『M&A契約 モデル条項と解説』39〜40頁)、買主がそのような義務を負わないことを望むのであれば、契約書上で明確にしておく必要があります。

売主側の防御手段としては、買主に義務違反があった場合にアーンアウトを終了させ、あらかじめ合意した金額の支払いを求めることができるアクセラレーション・ライツが挙げられます。買主について法的倒産手続が開始されたことも、この権利の行使事由として定められることがあります。反対に買主側の手段としては、アーンアウト価額の全額を支払うことでアーンアウトを早期に終了させられるバイアウト・ライツがあります(同書39頁)。買主が対象会社を売却しようとする場面でアーンアウト条項が支障になることもあり、バイアウト・ライツはそうした場面への備えとしても機能します。

退任・再売却・事業停止が起きたときの扱い

売主がクロージング後も対象会社の経営陣として残る設計では、アーンアウト対象期間の途中で売主が退任した場合の扱いを詰めておく必要があります。自発的な退任なのか解任なのか、正当な理由の有無によって、アーンアウトを継続させるのか、その時点で打ち切るのか、前述のアクセラレーション・ライツに準じた扱いにするのかは、案件ごとに設計が分かれます。創業者が売主となる場合の表明保証と補償責任の設計はSPAの表明保証で創業者が見落としやすいリスクで扱っており、退任時の扱いもこの補償責任の設計と切り離せません。

買主が対象会社や対象事業をアーンアウト期間中に再売却する場合、あるいは事業の一部を停止する場合も同様です。買主の義務が承継されるのか、再売却や事業停止自体がアーンアウトの支払いを免れるための行為として制限の対象になるのかは、前述の負の誓約や早期終了の規定の設計次第で結論が変わります。契約に明記がなければ、これらの場面でどちらの当事者がリスクを負うのかが不明確なまま残り、交渉力の弱い当事者にしわ寄せが向かいやすくなります。アーンアウトの支払債務は、株式譲渡契約に基づく価格調整の債務や補償債務と相殺できることを当事者間で確認しておく設計もあります(『M&A契約 モデル条項と解説』36頁)。この相殺の設計は、SPA全体の補償・価格調整・クロージング条項の構造と合わせて検討する必要があり、SPA(株式譲渡契約)の補償・価格調整・クロージングで扱った内容と接続します。

条項化前に行う数値シミュレーション

アーンアウト条項を書き始める前に、指標の見込み値をもとに簡単なシミュレーションを作ると、条項の穴が見つかりやすくなります。確認したいのは少なくとも次の五つの場面です。

  • 目標をわずかに上回った場合と、大きく上回った場合(アーンアウト上限価額を設ける場合、上限超過分を売主がどう受け止めるか)
  • 目標を下回った場合(追加対価がゼロになるのか、固定額・超過部分の一定割合・算式による段階的な支払いのいずれかを組み込むのか)
  • クロージング後に対象会社が買主グループの会計方針に合わせて計算処理を変更した場合(指標の算定にどう影響するか、合意した会計方針の定義でその変更を吸収できるか)
  • PMI(買収後の統合作業)に伴うシステム移行費用や人員統合費用が発生した場合(これらを指標の計算から除外する例外費用として扱うかどうか)
  • 売主が経営陣として残る設計で、対象期間の途中に本人の事情で退任した場合(アーンアウトを継続、打ち切り、前倒し支払いのいずれにするか)

このシミュレーションで確認したいのは、条項の欠落です。契約書に架空の数値をそのまま書き込む目的では行いません。翌営業日に準備しておきたいのは、財務アドバイザーや会計士に依頼する指標ごとの見込み値シミュレーション、評価対象期間の会計方針と例外費用の定義案、退任・再売却・事業停止を含む早期終了事由のリスト、そしてこれらの前提となる対象会社の財務・事業データがDDでどこまで確認できているかの一覧です。この四点が揃った段階で、アーンアウト条項の具体的な文言交渉に進めます。

よくある質問

アーンアウト条項とは何ですか?

クロージング時に支払う対価に加えて、クロージング後の一定期間における対象会社の売上・利益等の指標が目標を達成した場合に、買主から売主へ追加の対価を支払う仕組みです。対象会社に十分な事業運営実績がない場合など、売主と買主の企業価値評価に差があり合意に至りにくい取引で、価格差を埋める機能を持ちます。

アーンアウトの指標は売上高にすれば安全ですか?

そうとは限りません。EBITDAや純利益は買主が費用計上を通じて操作しやすい一方、売上高であっても、対象会社を支配する買主が設備投資や仕入債務のタイミングを変える、あるいは売主が経営陣として残る場合に売主自身が指標を動かすインセンティブを持つといった操作リスクが指摘されています。指標ごとに誰がどの方向へ動かす動機を持つかを確認する必要があります。

アーンアウト条項でとくに紛争になりやすいのはどこですか?

指標を算定する際の会計方針、判定手続における異議申立てと専門家決定の仕組み、買収後の経営権限に対する制約、そして売主の退任や買主による再売却・事業停止が生じた場合の扱いです。これらが契約上曖昧なまま残ると、追加対価の有無や金額をめぐって当事者間の解釈が食い違いやすくなります。

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