アーンアウト条項とは|M&Aの価格差を埋める仕組みと紛争リスク
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
黒字化前であっても急成長を遂げているスタートアップの買収交渉では、譲渡価格の合意に至らないことがあります。売主は将来の成長性を織り込んだ高い企業価値を評価額として求め、買主は現時点で客観的に確認できる実績をもとに対価を算定したいと考えます。こうした評価の隔たりを埋めるための実務的な選択肢として検討されるのが、アーンアウト条項です。
アーンアウト条項は、クロージング時に支払う対価に加えて、クロージング後の一定期間に対象会社の業績や指標が事前の目標を達成した場合、買主から売主へ追加の対価を支払う仕組みです。事業運営の実績がまだ乏しい企業や、将来利益を生む新規の製品や技術を抱える企業など、評価の幅が広がりやすいM&Aにおいて、売主と買主の認識の溝を埋めて取引を成立させやすくする機能を持ちます。中小企業庁の中小M&Aガイドライン第3版でも、将来にわたる利益の見通しが立ちにくいものの大きな成長が見込めるベンチャー企業のM&Aで活用されることが多いと説明されています(54頁、2024年8月時点)。
もっとも、アーンアウトは価格差を解消する万能薬とは言えません。指標の選定や計算式、買収後の経営権限、判定手続などに曖昧な点が残ると、クロージング後に追加対価の支払いを巡って新たな紛争の種になります。
アーンアウトが解決する価格差と分割払いとの境界
譲渡対価の支払方法には、アーンアウトのほかにも、対価の総額をあらかじめ確定させたうえで支払期日を分けて支払う方法があります。中小M&Aガイドラインでは、これを「譲渡対価のクロージング後分割払い」として、買主の資金が不足している場合に活用されることがあるとしつつ、クロージング後の事業環境や買主の状況によっては支払いが滞る危険があり、期間が長期に及ぶほどそのリスクが高まると注意を促しています(53頁)。
アーンアウトと固定の分割払いとの決定的な違いは、支払う対価の総額自体が将来の指標の達成度によって変動するかどうかにあります。分割払いは対価の総額が決まっていて支払期日を先延ばしにしているだけですが、アーンアウトは対価の総額そのものが確定していません。交渉においてどちらの手法を採るべきかを見極めるには、意見の対立が買主の資金不足によるものなのか、対象会社の将来性に対する評価そのものにあるのかを見極めて判断します。
M&A基本合意書(LOI)レビューの基本で扱ったとおり、価格に関する記載をどこまで確定的に書くかは基本合意書の段階から問題になります。アーンアウトを使う可能性がある場合には、最終契約の交渉に入る前に、基本合意書の段階でその方向性を示しておくと、後の交渉がぶれにくくなります。会社分割等でアーンアウトを設ける場合は、分割契約等の法定記載事項や対価の交付方法との整合を確認します。後払いの可否は、取引の組み合わせや別途の契約でどのように定められるかを踏まえて検討します。この点はM&Aスキームの選び方で確認したとおりです。
指標選びに伴う紛争要因
アーンアウトに設定する指標には、財務指標と非財務指標があります。財務指標としては、純利益、売上高、EBITDA(金利・税金・減価償却等控除前利益)などが実務で用いられます。どの費用を控除・加算するかは当事者間の合意で計算式を定めておく必要があります。一方、非財務指標としては、製品開発の進捗段階(マイルストン)の達成、新規契約の獲得件数、サービスの利用者数などが挙げられます。中小M&Aガイドラインでも、商品の販売数量や施設の入居率といった非財務目標が用いられる例が紹介されています(54頁)。
指標を検討する際には、当事者による操作のしやすさと外部環境による影響の双方を見極めます。純利益やEBITDAのように費用を差し引く指標は、買収後に対象会社を経営する買主側の裁量で費用の計上時期などを調整しやすい面があります。そのため売主側は、明確性の高い売上高を指標にしたいと考えがちです。一方で買主の立場からは、費用も反映される利益指標のほうが事業の実態に即しており、売主が経営陣として残る場合に適切なコスト管理を期待できるという理由で、利益ベースの数値を希望することもあります。売上高であれば安全、利益であれば不適切といった一律の評価は成り立ちません。
売上高を指標に据えた場合でも、操作のリスクは残ります。例えば、売上の計上時期の変更、大幅な値引き販売、買主グループ内における顧客契約の付け替えなどは、売上高の数値を動かす要因になり得ます。一方で、設備投資は資金支出や後の減価償却費などに影響し、支払サイトの変更は主としてキャッシュフローに影響します。これらが直ちに売上高や利益を同じように変えるわけではないため、指標ごとに及ぶ影響を区別して検討します。逆に、売主がクロージング後も経営陣にとどまる設計では、売主側に対象期間中の業績を自己に有利な方向へ誘導する誘因が働く懸念も生じます。さらに、対象期間中に買主や対象会社が同種の事業を営む他社を買収したり合併を行ったりすると、組織統合によって数値が大きく変動するため、そうした行為を制限する約束や目標値の調整条項を置くかも検討課題になります。誰が経営の主導権を握り、どちらに数値を動かす動機が生じるかを個別に見極めて指標を選ぶことが大切です。
計算式・会計方針・判定手続の条項設計
アーンアウトの評価対象期間について、中小M&Aガイドライン第3版は「クロージング後の一定期間(3年以内が多い。)」と記載しています(54頁、2024年8月時点)。これは当時の実務における傾向を紹介した記述であり、法律上の上限を意味するものではありません。対象事業の特性や、成果が数値に表れるまでに必要な期間を踏まえて、案件ごとに合意して設定します。
財務指標を採用する場合、指標を算出するための会計基準や処理方法、その確定手続を契約書であらかじめ合意しておく必要があります。対象会社が従来採用してきた会計方針に従うのか、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準によるのか、あるいは特定の項目について個別の処理基準を定めるのかを明確にしておかないと、算定結果そのものが争われます。合意した基準があるにもかかわらず、買主が自社グループの社内基準に変更して計算した場合などは、計算金額だけでなく契約違反の有無そのものが争点になり得ます。株式譲渡における純資産価格調整と同様に、合意した会計処理からの逸脱が対価をめぐる紛争に直結する点は、アーンアウトでも共通の注意点です。
判定手続についても、誰がどの期日までに計算書類を作成し、相手方がいつまでに異議を申し立て、協議で解決しない場合にどの専門家へ最終判断を委ねるかを具体的に定めます。条項の設計例として、買主が評価期間の終了後60日以内に指標の計算書案を提示し、売主が受領後30日以内に同意または異議の通知を行い、合意できない場合は事前に指定した会計事務所が最終決定を行うといった設計が考えられます。ただし、この60日や30日といった期間は、契約上の取り決めによる一例です。また、クロージング直後に行う価格調整とは異なり、アーンアウトでは複数年にわたる各対象期間の終了時点に合わせて手続の期日を設定します。専門家による最終判断についても、会計上の数値算定を委ねる範囲と法律解釈の争いを扱う手続を明記します。専門家に最終判断を委ねると記載しただけで、仲裁法に基づく仲裁判断と同じ効力が生じるわけではありません。加えて、売主が計算の妥当性を検証できるよう、対象会社の役員や従業員、関連書類への合理的なアクセス権を確保しておくことも、手続の実効性を保つうえで考慮すべき点です。
買収後の経営権限をめぐる当事者の利害調整
買主が過半数の株式を取得して経営支配権を握る取引では、クロージング後の経営方針によって指標の達成度、ひいてはアーンアウトの支払額が左右されます。少数持分を取得する取引では支配権の所在が異なりますし、役員が会社に対して負う善管注意義務等の会社法上の義務と、売買契約上の買主の義務とは区別して考える必要があります。例えば、買主は売主の事前承諾なしに対価の支払いを免れたり減額させたりするおそれのある行為をしてはならないとする一方で、別段の定めがない限り、目標達成のために格別の努力を尽くす義務や対価を最大化する義務までは負わないと定める設計が考えられます。もっとも、最大化義務を明示的に否定したとしても、信義則に反する意図的な支払回避や不正行為まで免責されるとは限りません。売主側としては、主要事業の売却、多額の設備投資、主力製品の販売終了など、目標達成を阻害する行為を個別に制限する規定を交渉することが現実的な防衛策になります。
米国のSonoran Scanners事件の判決(第1巡回区控訴裁判所、2009年10月29日)では、事業の資産売買契約において、マサチューセッツ州法および契約の文脈に基づき、技術開発や販売促進に合理的な努力を尽くす買主の黙示の義務が肯定されました。ただし、義務違反の有無は差戻審の判断に委ねられました。この判断は日本法下の株式譲渡にそのまま適用されるものではありませんが、日本法の契約解釈においても、明文の定めがなくても信義則等から買主に一定の義務が導かれる可能性は否定できません。買主として過度な経営上の義務を負わないことを明確にしたいのであれば、努力義務や最大化義務を負わない旨を契約書上にはっきりと記載しておくべきです。
当事者双方が取り得る契約上の手当として、アクセラレーション条項やバイアウト条項の設計があります。売主側の防御策としては、買主に重大な義務違反が生じた場合などにアーンアウトを途中で終了させ、事前の合意式に基づく金額の支払いを請求できる権利(アクセラレーション・ライツ)が定められることがあります。買主の法的倒産手続の開始を行使事由とする例もありますが、倒産法上の制約や他の債権者に対する優先権が得られるわけではない点に留意します。一方、買主側の権利としては、あらかじめ定めた金額や算定式による全額を支払うことでアーンアウトを早期に終了させられる権利(バイアウト・ライツ)があります。買収後に対象会社をさらに第三者へ売却しようとする際、アーンアウト条項の存在が交渉の妨げになる場合があるため、そうした局面への備えとして機能します。いずれの権利も当事者間で事前に合意しておく任意の手当であり、金額や算定式を明確に取り決めておくことが前提となります。
退任・再売却・事業停止が起きたときの扱い
売主がクロージング後も対象会社の経営陣として残る場合、評価期間の途中で退任した際の取扱いを契約で定めておきます。自己都合の辞任か会社都合の解任か、解任に正当な理由があるかによって、アーンアウトを継続するのか、その時点で失効させるのか、あるいは早期確定させるのかを切り分けます。なお、経営者への対価が株式の譲渡対価なのか労務の対価(給与・賞与等)なのかという税務上の区分は、支払条件や本人の役割など個別の事情に応じて検討します。創業者が売主となる場合の表明保証や補償の責任範囲については、SPAの表明保証で創業者が見落としやすいリスクでも解説しているとおり、退任時の取扱いと連動させて検討を進めます。
買主がアーンアウト期間中に対象会社やその事業を第三者に再売却する場合や、事業の一部を休廃止する場合の定めも重要です。買主が再売却した場合でも、買主のアーンアウト支払義務が当然に新買主へ移転するとは限らず、当事者間の合意や新買主による債務引受などがなければ、元の買主の支払義務が自動的に消滅することはありません。再売却や事業停止を支払回避行為として制限するのか、早期終了して金銭精算するのかを明記しておかないと、どちらが不利益を負うかが曖昧になり、紛争へ発展しやすくなります。
また、アーンアウトの支払債務と、株式譲渡契約に基づく価格調整や補償請求に伴う債権とを相殺できる旨を取り決めておく設計もあります。ただし、相殺を行うには当事者が同一であることや法的な要件を満たす必要があり、倒産手続下では相殺禁止等の制約も受けます。この相殺規定は、SPA(株式譲渡契約)の補償・価格調整・クロージングで解説した全体の補償枠組みや価格調整の構造と整合させて設計します。
条項化前の数値シミュレーション
契約書の条文化に着手する前に、指標の見込み値を用いて簡単なシミュレーションを作成しておくと、規定の抜け漏れを発見しやすくなります。事前に検証しておきたいのは、主に次の五つの場面です。
- 目標をわずかに上回った場合と大きく上回った場合(上限額を設ける場合、それを超えた成果をどう扱うか)
- 目標を下回った場合(追加対価をゼロにするか、一定の固定額や未達度に応じた段階的支払いを設けるか)
- クロージング後に対象会社が買主グループの会計処理に変更した場合(指標の算定にどう影響し、合意する定義で対応できるか)
- PMI(買収後の統合作業)に伴うシステム移行費や人員統合費が発生した場合(これらを指標計算から除外する例外費用とするか)
- 売主が経営陣に残る設計で、対象期間中に本人の都合で退任した場合(アーンアウトを継続するか、打ち切るか、前倒しで支払うか)
シミュレーションの目的は、契約条項の欠落を洗い出すことにあります。交渉に向けて準備を整えるには、財務アドバイザーや会計士とともに作成する指標ごとの試算、評価対象期間における会計方針と除外すべき例外費用の定義案、退任・再売却・事業停止を含む早期終了事由のリスト、そして前提となる財務・事業データがDDでどこまで確認できているかの一覧が必要です。これらを用意しておくと、計算結果を確認しながらアーンアウト条項の文言を交渉できます。
LegalAgentでは、アーンアウト条項の設計において、指標や計算式の選定、買収後の経営権限、判定手続や不測事態の取扱いを、デューデリジェンスの結果や交渉方針と整合させて検討しています。評価の隔たりが埋まらず交渉が難航している段階からご相談いただけます。アーンアウトを含む譲渡価額条項の契約上の配置関係は、SPA(株式譲渡契約)の主要条項にてご覧いただけます。
よくある質問
アーンアウト条項とは何ですか?
クロージング時に支払う対価に加えて、クロージング後の一定期間における対象会社の売上・利益等の指標が目標を達成した場合に、買主から売主へ追加の対価を支払う仕組みです。対象会社に十分な事業運営実績がない場合など、売主と買主の企業価値評価に差があり合意に至りにくい取引で、価格差を埋める機能を持ちます。
アーンアウトの指標は売上高にすれば安全ですか?
そうとは限りません。EBITDAや純利益は買主が費用計上を通じて操作しやすい一方、売上高であっても、対象会社を支配する買主が設備投資や仕入債務のタイミングを変える、あるいは売主が経営陣として残る場合に売主自身が指標を動かすインセンティブを持つといった操作リスクが指摘されています。指標ごとに誰がどの方向へ動かす動機を持つかを確認する必要があります。
アーンアウト条項でとくに紛争になりやすいのはどこですか?
指標を算定する際の会計方針、判定手続における異議申立てと専門家決定の仕組み、買収後の経営権限に対する制約、そして売主の退任や買主による再売却・事業停止が生じた場合の扱いです。これらが契約上曖昧なまま残ると、追加対価の有無や金額をめぐって当事者間の解釈が食い違いやすくなります。