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税制適格ストックオプションの応用論点|行使価額・税制改正・海外居住者・M&A

こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。

税制適格ストックオプションの形式的な要件は、基礎編で触れたとおり一覧にまとめられます。ただ、実際の現場で時間を要するのは具体的な当てはめです。行使価額をどこまで下げられるのか、自社の設立年数でどの特例を使えるのか、税制改正があった際に既発行分をどう扱うか、海外居住のメンバーが加わると何が起きるのか、M&Aの打診を受けたときにこの権利をどう処理すべきかといった疑問は、実務で頻繁に寄せられます。

この記事では、実際の案件で確認や助言を行ってきた論点を、守秘義務に配慮して抽象化したうえで応用編として解説します。発行の具体的な手続そのものは、ストックオプション発行手続の実務|株主総会決議から登記・調書までで別途書いています。

なお、税制に関する記述は2026年9月12日時点の租税特別措置法および2024年11月改訂の国税庁「ストックオプションに対する課税(Q&A)」等を確認した内容に基づきます。実際の発行や行使にあたっては、その時点の制度を税理士等と確認することが前提になります。

行使価額の時価算定ルールと通達改正の実務

税制適格の要件の中で、経済的な条件に直結するのが行使価額です。1株当たりの権利行使価額は、付与に関する契約の締結時における1株当たりの価額、つまり時価以上でなければなりません(租税特別措置法29条の2第1項3号)。行使価額が低いほど付与されたメンバーの利益は大きくなりますが、契約時の時価を下回れば税制適格を満たさなくなります。そのため実務上の焦点は、未上場株式の時価をどう算定するかに集まります。

2023年7月以前も所得税基本通達(23〜35共-9)等による時価算定基準は存在していましたが、税制適格ストックオプションにおいて特例的な評価手法をどう当てはめるかについて、実務上の懸念が拭えませんでした。特に優先株式で資金調達を行った会社では、優先配当や残余財産の優先分配といった権利が付いている優先株式に比べて普通株式を低く評価できる余地があっても、特例の評価方法を使うことに慎重になる場面がありました。結果として実務は保守的な判断に傾き、直前ラウンドの調達価格を意識した高めの水準に行使価額が設定されがちでした。資金調達に成功して評価額が高まるほど魅力的な行使価額を提示しにくくなるという、悩ましい状況があったわけです。

この状況を大きく変えたのが、2023年7月の国税庁による租税特別措置法関係通達(29の2-1)の改正と、Q&Aで示された説明です。取引相場のない株式について、一定の要件のもとで財産評価基本通達の例(代表的には純資産価額方式など)による算定価額を「契約時の1株当たり価額」として取り扱えることが明確になりました(いわゆるセーフハーバー)。複数の評価方法の中に、適用条件を確認して使える選択肢が示された形です。あわせて種類株式を発行している会社では、優先分配などの権利内容を勘案して普通株式の価額を算定する方法も示されました。参加型か非参加型かによって優先分配額を控除した残額を割り付ける株式数も異なるため、すべての優先株式について同一の控除や分母を用いられるとは限りません。

この通達改正の実務的な意味合いは明確です。創業から間もない赤字のスタートアップでは純資産が事業価値より小さいことが多く、優先株式の優先分配額を控除することで普通株式の1株当たり純資産価額をさらに抑えられる道筋が整いました。もっとも、純資産の状況や直前の増資時期、種類株式の内容によって算定結果は変わるため、常に低廉な価額になるとは限りません。税制適格のこの要件は、適用する方法で算定した時価以上かどうかで判断します。行使価額を決める会社法上の手続も別に必要です。

実際の案件では税理士が通達に沿った算定を行い、その算定書を前提に行使価額を決定する流れが定着しています。法務側の役割は、発行要項と割当契約に記載する行使価額が一致していること、適用する評価方法で算定した契約時の時価以上であること、そして算定基準日と割当契約締結日の関係にずれがないかを確認することです。あわせて、将来のM&Aや投資のデューデリジェンスで「なぜその行使価額にしたのか」という根拠が問われるため、税理士の算定書や当時の社内検討資料を適切に保管しておくことが後々の助けになります。

設立年数に応じた行使期間と年間限度額の判定

行使期間の原則ルールは「付与決議の日後2年を経過した日から10年を経過する日まで」です。特例として、付与決議の日において設立5年未満の非上場会社であれば最長15年まで延ばせます(2023年度税制改正)。設立年数の判定基準日は付与決議の日であり、この具体日については租税特別措置法通達上の取扱いが定められています。割当日や株主総会日と機械的に固定せず、登記簿上の設立年月日から正確に数えることが出発点となります。実際の案件でも、設立年数を確認した結果として15年特例を避け、10年で条項を再設計した例があります。

年間の権利行使価額の限度額も、同じく設立年数によって区分が分かれます。法令上の原則枠は年1,200万円です。2024年の改正により、付与決議日において設立5年未満の会社は権利行使価額を2で除して判定(実質2,400万円枠)、設立5年以上20年未満で非上場または上場後5年未満の会社は3で除して判定(実質3,600万円枠)という構造になりました。付与時期が異なるストックオプションが混在している場合は、それぞれの区分に応じて換算した金額を合算して判定します。

この限度額は、権利行使の際に払い込む「権利行使価額の合計額」で判定します。行使時の株価によって枠が変わる仕組みではありません。また、この枠は上場前であっても行使時には適用されます。押さえておきたいのは、上限を超えることとなったその回の行使による株式取得全体が税制適格の対象から外れ、限度を超えた金額部分のみの課税にとどまらない点です。行使価額と付与個数を決める段階で、対象者が将来まとめて行使した際に年間の枠を超えないかを試算しておくと、後々の混乱を防げます。

この限度額のルールは割当契約書に明記しておく必要があります。実際の割当契約書では、「年間合計額の算定に当たっては権利行使価額を2で除す」といった係数の計算方法や、年1,200万円を超える行使はできない旨の条項を置きます(法律がその一句のみを固定的に義務付けているとは解されていません)。対象者から上限の趣旨について質問を受けることがありますが、税制適格の要件として記載が法令上定められているためと説明することで、無用な懸念を和らげることができます。

付与対象者の範囲と税制改正後の管理要件

付与対象者は、原則として付与会社および法令所定の関係法人の取締役、執行役、使用人です。しかし実際の付与候補者リストを確認すると、適格性に迷うケースが出てきます。

創業者は、持株比率次第で対象から外れることがあります。非上場会社において発行済株式の3分の1超を保有する大口株主やその特別関係者は、税制適格の対象から除外されているためです。創業者全員が直ちに対象から外れるとは限らないものの、大口株主に該当する場合は、有償ストックオプションなど別の手法を検討することになります。

監査役や会計参与という地位だけでは、この付与対象に含まれません。取締役や使用人とは法令上の扱いが異なるため、「役員向けに一括付与する」という設計を進めた後で対象外だと判明しないよう、肩書ベースでの確認を徹底します。

業務委託等の社外協力者は原則として対象外ですが、産業競争力強化法に基づく計画認定を受けた一定の社外高度人材については、所定の要件を満たすことで税制適格の対象に含める道があります。もっとも、これには国内での継続居住要件など複数の前提があり、海外居住者一般をそのまま含められるわけではありません。外部顧問だからといって社内向けと同じ条件で安易に発行することは避ける配慮が大切です。

既発行分の管理と税制改正への対応も実務上の課題です。2024年の税制改正では、行使により取得した株式の管理方法として、証券会社等への保管委託に代えて、譲渡制限株式を対象に発行会社自身が権利者別帳簿の作成や法令所定の分別管理を行う取決めも選択できるようになりました。

この改正に際しては、改正前発行分について2024年12月31日までに契約変更を行う経過措置が設けられ、各社で変更合意書の締結対応が生じました。この経過措置の期限はすでに終了しており、現在において非適格のものを自由に適格へ変更できる状態にはありません。ストックオプションは発行後も、将来の税制改正に応じて既発行分の点検が必要になり得ます。権利者名簿や契約書の版管理を日頃から整えておくことが、制度変更への落ち着いた対処につながります。

海外居住メンバーへの対応と退職時の権利設計

付与対象者に海外居住者が含まれる場合、海外居住者であることのみをもって直ちに日本の税制適格から外れるとは限りません。しかし、日本国内での勤務期間、税法上の居住形態、租税条約の適用関係、そして現地における税制や証券規制を個別に確認する作業が伴います。国内居住者向けの設計書面をそのまま流用すると、現地の法令に抵触する恐れがあります。

実際の案件でも、国内居住者用と海外居住者用で発行要項を分けて作成した例があります。特に米国居住者が対象となる場合は、米国内国歳入法第409A条に基づく税務評価(409A評価)への適合を検討する場面が生じることがあり、日本の評価方法をそのまま流用できるとは限りません。対象者の居住地を初期段階で把握しておくことが、設計の分岐を早期に見極める助けになります。

退職時の取扱いやベスティングは、会社が契約で設計する条件です。税制適格の要件と区別して決めます。標準的な1年クリフ付き4年ベスティングのほか、実際の案件では「退職時に一律失効させるのではなく、退職時点で確定していた個数を基準として、退職後24か月をかけて行使可能数が月次で逓減していく」という逆ベスティングを取り入れた事例もあります。在籍中の貢献に報いつつ、社外に権利が無期限に残る事態を防ぐための中間的な選択肢です(これは著者の案件における一設計例であり、法令上定められた義務とは異なります)。

また、割当契約書と発行要項の整合性にも目配りが欠かせません。契約書上は「退職後も行使可能」と読める記載をしつつ、発行要項では在籍を行使条件としたうえで例外的に会社の承認があれば行使を認める、といった構成をとる場合があります。両書面の優先関係や条件が曖昧だと退職後の行使可否をめぐって争いになりかねないため、例外承認の要件や承認機関(定款や機関設計に応じた取締役会または株主総会など)を双方の文書で齟齬なくそろえておきます。付与後の不利益変更には、契約上の根拠や権利者の同意、必要な決議、税務上の影響を確認することになるため、事前の設計段階で退職時のシナリオを具体的に想定しておく姿勢が大切です。税制適格要件を踏まえた発行要項と割当契約の設計はスタートアップ法務・資金調達支援で扱っています。

M&Aにおける権利処理と事前の準備

税制適格ストックオプションは、株式譲渡によるExitとの調整に配慮を要します。

新株予約権そのものを買主に買い取ってもらう処理は税制適格の権利行使の枠外となるため、税制適格の権利行使による課税の繰延べは適用されません。譲渡に伴う課税は、取引実態に応じた所得区分で確認します。税制適格の枠組みを活かすには権利行使して株式を取得したうえで譲渡する段取りが基本となりますが、ここにも制約があります。税制適格は付与決議の日後2年を経過しなければ行使できないため、発行から間もない時期にM&Aが具体化すると、行使可能期間に達していない事態が起こり得ます。非上場企業の発行要項では、上場前は行使不可としつつ、買収承認から効力発生直前までの期間に限って行使を認める条項を置く設計もありますが、その行使が税制適格となるかは2年経過要件や年間限度額、株式管理方法等の全要件を満たすかどうかに左右されます。上場前制限を解除しただけで自動的に税制適格の要件を満たすことにはなりません。

なお、M&Aが進行している段階であっても条件変更の余地が完全に排除されているとは解されていません。国税庁の質疑応答事例(Q&A問10等)では、買収等に伴い上場前行使制限を解除するような契約変更を行っても適格性に影響しない例が示されています。変更にあたっては権利者の同意や社内決議の手続を確認し、適格性を維持できるかを慎重に判断します。

M&Aや投資のデューデリジェンスでは、過去の退職者等から取得した権利放棄書の有無も確認されます。放棄書が手元にあれば権利関係を客観的に裏付ける資料となりますが、未回収のままだと「潜在株主としての権利が残っていないか」という疑義を買主から持たれる要因になります。放棄書があればすべての瑕疵が自動的に消滅する効果を持つとは限らないものの、権利処理を証明する重要な証拠書類の一つです。発行の段階から、ExitがIPOだけでなくM&Aもあり得るかを視野に入れて設計しておくことが、後々の備えになります。Exit時の新株予約権の処理を含む売却側の支援内容はM&A支援に記載しています。

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