税制適格ストックオプションの応用論点|行使価額・税制改正・海外居住者・M&A
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
税制適格ストックオプションの要件そのものは、基礎編で書いたとおり一覧にできます。ただ、実際の案件で時間がかかるのは要件の暗記ではなく、当てはめです。行使価額をいくらにできるのか。設立何年目ならどの特例が使えるのか。税制改正があったとき、すでに発行した分はどうするのか。海外居住のメンバーには何が起きるのか。M&Aの話が来たらこのストックオプションはどうなるのか。
この記事では、私が実際の案件で確認やコメントを入れてきた論点を、匿名化したうえで応用編としてまとめます。発行の具体的な手続はストックオプション発行手続の実務|株主総会決議から登記・調書までで別途書いています。
なお、税制の記述は2023年の国税庁Q&Aと2024年の租税特別措置法改正までを踏まえたものです。実際の発行・行使にあたっては、その時点の制度を税理士等と確認することが前提になります。
この記事で分かること
2023年通達改正の前後で行使価額の算定実務がどう変わったか、設立年数で変わる行使期間・年間限度額、2024年改正が既発行分に残した宿題、付与対象者の応用(創業者・監査役・社外高度人材)、海外居住メンバーの取扱い、退職時の設計パターン、M&Aとの相性を、実際の案件で起きたことベースで説明します。
最初に確認するポイント
- 行使価額が、契約締結時の時価(財産評価基本通達に沿った算定書に基づく価額)以上になっているか
- 「設立から何年目か」を、行使期間の特例と年間限度額の区分の両方で確認したか
- 2024年改正後の要件(限度額・株式管理)を、新規発行と既発行分の両方で確認したか
- 海外居住のメンバーに、国内メンバーと同じ設計のまま付与しようとしていないか
- M&Aが起きた場合にこのストックオプションがどう処理されるか、説明できるか
行使価額——「時価以上」のルールと、2023年通達改正で変わった算定実務
税制適格の要件の中で、経済条件に最も直結するのが行使価額です。ルール自体はシンプルで、1株当たりの権利行使価額は、付与に関する契約の締結時における1株当たりの価額、つまり時価以上でなければなりません(租税特別措置法29条の2第1項3号)。行使価額が低いほど付与されるメンバーの利益は大きくなりますが、契約時の時価を下回れば税制適格は崩れます。したがって実務の焦点は、「未上場株式の時価をどう算定するか」の一点に集まります。
2023年7月より前の実務では、ここに明確な物差しがありませんでした。未上場株式の時価算定について、税制適格ストックオプションに即した基準が示されておらず、特に優先株式で資金調達をした会社では、直前ラウンドの発行価額が事実上の参照点になってしまうのではないか、という懸念が拭えませんでした。優先株式には残余財産の優先分配などの権利が付いており、本来は普通株式より価値が高いはずですが、それを理由に普通株式をどこまで低く評価してよいかの基準がない。結果として実務は保守的に流れ、優先株ラウンド後の行使価額は、直前ラウンドの価格を意識した高めの水準に設定されがちでした。行使価額が高いほどストックオプションの経済的な魅力は薄れるので、「資金調達に成功した会社ほど魅力的なストックオプションを出しにくい」という、どこか倒錯した状況があったわけです。
この状況を変えたのが、2023年7月の国税庁による所得税基本通達の改正と「ストックオプションに対する課税(Q&A)」の公表です。取引相場のない株式については、財産評価基本通達の例により算定した価額、代表的には純資産価額方式による価額をもって「契約時の1株当たり価額」とすることができることが明確化されました。いわゆるセーフハーバーです。あわせて、種類株式を発行している会社では、優先株式の残余財産の優先分配額を純資産から控除したうえで普通株式の価額を算定できる、という整理も示されました。
実務的な帰結ははっきりしています。創業から間もない赤字のスタートアップでは、純資産はバリュエーションよりはるかに小さいのが通常です。優先株式の優先分配額を控除すれば、普通株式の1株当たり純資産価額はさらに小さくなります。つまり、直前ラウンドで高い評価額が付いた後でも、それより大幅に低い行使価額を、通達に沿った算定として適法に設定できる道筋が明確になりました。通達改正後の実務では、税理士が財産評価基本通達ベースの算定を行い、その算定書を前提に行使価額を決める、という流れが定着しています。
もっとも、セーフハーバーに乗るには、算定が通達の方法に沿っていることが前提です。直前に増資があった場合の純資産への反映、算定基準日と契約締結日の関係、種類株式の内容の確認など、当てはめには税務の細部が伴うため、ここは必ず税理士と組んで進めます。法務側の役割は、算定書の価額と発行要項・割当契約に記載する行使価額が一致していること、そして算定時点と契約締結のタイミングの関係が崩れていないことの確認です。
そのうえで、法務として付け加えたいのは、算定の経緯を残しておくことの重要性です。実際、M&Aや投資のデューデリジェンスで、行使価額の数字だけでなく、その算定に関する税理士の確認資料や発行当時のやり取りまで開示を求められた案件があります。「いくらにしたか」だけでなく「なぜその金額にしたか」が、数年後に問われます。
行使期間と年間限度額——設立年数で答えが変わる
行使期間の原則は「付与決議の日後2年を経過した日から10年を経過する日まで」で、付与決議の日において設立5年未満の非上場会社であれば15年まで延ばせます。この15年は2023年度の改正で入った特例ですが、「スタートアップなら15年」ではありません。実際の案件でも、設立からの年数を確認した結果、15年ではなく10年で設計し直したことがあります。登記簿の設立日を見るだけの単純な確認が、行使期間の設計を分けます。
年間の権利行使価額の限度額も、同じく設立年数で答えが変わります。原則は年1,200万円ですが、2024年の改正で、付与決議の日において設立5年未満の会社は権利行使価額を2で除して判定(実質2,400万円)、設立5年以上20年未満で非上場又は上場後5年未満の会社は3で除して判定(実質3,600万円)という構造になりました。
ここで実務上のポイントは、この限度額の仕組みが契約書に書かれている必要があることです。実際の割当契約書では、「権利行使価額の年間合計額の算定に当たっては、権利行使価額を2で除す」といった係数の定めと、1,200万円を超える行使はできない旨の条項が入ります。この条項を見た経営者から、「この上限は何のためか。従業員から質問が出そうだ」と聞かれたことがあります。もっともな疑問で、答えは「会社が従業員を縛りたいのではなく、税制適格の要件として契約書への記載が求められているから」です。付与対象者への説明資料に、この一言を入れておくと無用な不信を防げます。
限度額が実際に効いてくるのは上場後です。株価が付いた後にまとめて行使しようとすると枠を超え、超えた行使分は税制適格の取扱いを受けられなくなります。行使価額と付与個数を決める段階で、「この人が全部行使するには何年かかるのか」を一度計算しておくと、上場後に慌てずに済みます。
税制改正は、既発行分に宿題を残す
2024年の改正では、限度額の拡大に加えて、行使で取得した株式の管理方法として、証券会社等への保管委託に代えて発行会社自身が株式を管理する取決めも選べるようになりました。
このとき実務的に重要だったのが経過措置です。改正前に発行済みの税制適格ストックオプションも、期限内に契約を変更すれば新しい要件に乗せられる扱いとされたため、既発行分について権利者との間で変更合意書を締結する、という後追いの対応が各社で発生しました。私たちもこの対応を行いましたが、ここから得られる教訓は一般化できます。ストックオプションは発行して終わりではなく、税制改正のたびに「既発行分をどうするか」という宿題が発生し得る、ということです。権利者が増えるほど変更合意書の回収コストは上がるので、発行時から権利者名簿と契約書の版管理を整えておくことが、将来の改正対応の保険になります。
付与対象者の応用——創業者・監査役・社外高度人材
付与対象者は、基本的には会社とその子会社の取締役・使用人ですが、実際の付与候補者リストを見ると、境界線上の人が必ず出てきます。
創業者には出せないことがほとんどです。大口株主(非上場会社では発行済株式の3分の1超を保有する株主)とその特別関係者は対象外だからです。創業者へのインセンティブは、そもそもストックオプション以外の手段から考え直すことになります。
監査役も対象外です。取締役・使用人と違い、監査役や会計参与は税制適格の対象に含まれません。「役員向けにまとめて付与」という設計を作ってから気づくケースがあるので、対象者リストは肩書ベースで確認します。
業務委託の外部協力者は原則対象外ですが、一定の社外高度人材については、計画認定の枠組みを使って税制適格の対象にできる途があります。2024年の改正で対象範囲が広がったものの、手続を踏む必要があるので、「顧問にも同じ条件で出しておいて」という軽いノリでは進められません。
海外居住メンバー——国内用の設計をそのまま使えない
日本の税制適格は日本の所得税の話なので、海外居住者にそのまま当てはめても意味がありません。実際の案件でも、国内居住者用と海外居住者用で発行要領を分けて設計した例があります。海外居住者用では、日本の税制適格要件に縛られない代わりに、現地の税制と証券規制への配慮が必要になります。米国居住者が入る場合には、米国側の税務評価(いわゆる409A評価)の話が出てくることもあり、国内の感覚だけでは設計できません。
海外メンバーがいる会社は、付与対象者の居住地を最初に確認する。これだけで設計の分岐がかなり早い段階で見えます。
退職時の設計——「失効一択」ではない
ベスティングや退職時の取扱いは税制適格の要件ではなく、会社の設計です。基礎編では標準形(1年クリフ付き4年ベスティング+上場前行使制限)を紹介しましたが、応用編として、実際の案件で使われた設計をいくつか挙げます。
一つは、退職後の逆ベスティングです。退職により全部失効させるのではなく、退職時点でベスティング済みの個数を基準に、そこから24か月かけて行使可能数が月次で減っていく、という設計を入れた例があります。在籍中の貢献に報いつつ、退職後いつまでも権利が残り続けることも防ぐ、中間的な解です。
もう一つは、契約書と発行要項の役割分担です。ある案件では、割当契約書上は「行使時に在籍していることを要しない」と書きつつ、発行要項側では在籍を行使条件とし、ただし書で会社が特に認めた場合の行使を許容する、という建付けを採りました。これを見た経営者から「契約書と要項で矛盾していないか」という質問を受けましたが、退職者の行使は取締役会(取締役会非設置会社では株主総会)の承認を経て例外的に認める、という運用を要項側で担保するための設計です。公開ひな形(KIQSなど)をベースにする場合も、この種の建付けの意味を発行前に経営陣が理解しているかどうかで、退職者が実際に出たときの対応スピードが変わります。
どの設計にも共通するのは、付与後の不利益変更は基本的にできない、ということです。「4年後に辞めた人」「1年で辞めた人」「買収された場合」を発行前に具体的に想像しておくことに尽きます。
M&Aと税制適格の相性
最後に、M&Aです。税制適格ストックオプションは、株式譲渡によるExitとの相性が良くありません。
ストックオプションを新株予約権のまま買い取ってもらう処理は、税制適格の枠外となり、給与課税につながり得ます。そのため実務では、行使して株式にしてから譲渡する段取りを組むのが基本ですが、ここにも制約があります。行使できるのは付与決議の日後2年を経過してからなので、発行から間もない時期にM&Aが来ると、税制適格の行使期間が始まっていない、という事態が起こり得ます。未上場スタートアップの発行要項では、上場前は行使不可としつつ、買収の承認決議から効力発生直前までの期間に限って行使を認める設計が標準的ですが、その行使が税制適格の枠に乗るかは、時期と要件次第です。
また、M&Aや投資のデューデリジェンスでは、ストックオプションの後始末も見られます。退職者や行使しない人から取り付けた新株予約権の放棄書が開示資料に並んだ案件もあります。放棄書が取れていれば一枚の書面で済む話が、取れていないと「この退職者の権利はまだ生きているのか」という論点として買主や投資家の前に出てきます。
M&Aの可能性が現実味を帯びてから設計を直すことはできません。発行時点で、「この会社のExitはIPOだけか、M&Aもあり得るか」を一度立ち止まって考えておくことが、結局いちばんの備えになります。