税制適格ストックオプションとは?課税の仕組みと要件の基本
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
スタートアップのストックオプションの相談は、シリーズAの前後と、幹部採用のオファーを出す直前に集中します。そして相談の大半は、「税制適格にしたい」という一言から始まります。税制適格ストックオプションは日本のスタートアップでは事実上の標準ですが、「税制適格」という言葉だけが先行して、何がどう有利なのか、どの要件を落とすと崩れるのかが曖昧なまま設計が進んでいることも少なくありません。
この記事では、税制適格ストックオプションの基本、つまり課税の仕組みと要件を、根拠と数字を明示しながら整理します。
なお、税制は改正が続いている領域です。この記事は2023年7月の国税庁Q&Aと2024年(令和6年度)の租税特別措置法改正までを踏まえていますが、実際に発行する際には、その時点の制度を税理士等と確認することが前提になります。
この記事で分かること
ストックオプションの課税が「いつ・何に」かかるのか、税制適格と非適格で税負担がどう変わるのか、租税特別措置法29条の2が定める要件は具体的に何か、そしてその要件がどこで担保されるのかという基本を、相談の現場で説明している順番で整理します。
最初に確認するポイント
- 付与するストックオプションが、行使時に課税されるのか、売却時に課税されるのかを説明できるか
- 税制適格の要件を、発行要項と割当契約のどの条項で満たしているか把握しているか
- 付与対象者・行使期間・年間の行使価額限度・行使価額の各要件を、自社の設立年数と株主構成を前提に確認したか
- ベスティングや退職時の失効を、税制の要件と混同していないか
ストックオプションの課税は「いつ・何に」かかるかで決まる
ストックオプションは、権利を行使して株式を取得し、その株式を売却して初めて現金になります。課税を考えるときは、「付与時」「行使時」「売却時」の三つの時点に分けるのが出発点です。付与時に課税されないことは適格・非適格で共通なので、違いは行使時と売却時に出ます。
**税制適格でない場合(非適格ストックオプション)**は、権利行使時に、その時点の株価と行使価額との差額が、原則として給与所得として課税されます。給与所得は総合課税なので、所得税と住民税を合わせた税率は最高で約55パーセントに達します。しかも、この時点で株式はまだ売っていないため、納税資金を別に用意しなければなりません。未上場のまま行使すれば、売るに売れない株式を抱えて納税だけが先に来る、ということが現実に起こり得ます。その後の売却時には、売却価額と行使時の株価との差額が譲渡所得として課税されます。
税制適格ストックオプション、すなわち租税特別措置法29条の2の要件をすべて満たすもの(法令上は「特定新株予約権」と呼ばれます)であれば、権利行使時には課税されません。課税は株式を売却した時点まで繰り延べられ、売却価額と行使価額との差額全体が、株式の譲渡所得として申告分離課税の対象になります。税率は、所得税15パーセント、復興特別所得税0.315パーセント、住民税5パーセントの合計20.315パーセントです。
つまり違いは二つです。課税のタイミングが「現金化していない行使時」から「現金化した売却時」に変わること。そして税率が「最高約55パーセントの総合課税」から「一律20.315パーセントの分離課税」に変わることです。付与されるメンバーから見れば、同じ個数のストックオプションでも手取りがまるで違います。
なお、数年前に広く使われた信託型ストックオプションについて、2023年に国税庁が行使時の給与課税という考え方を示し、各社が対応に追われた経緯があります。あの一件が示しているのは、ストックオプションの税務は「皆がやっているから大丈夫」では済まない、ということだと受け止めています。
税制適格の要件——租税特別措置法29条の2
税制適格の要件は、租税特別措置法29条の2に定められています。会社法の決議(会社法238条2項等)に基づき、金銭の払込みを要しないで(無償で)発行された新株予約権であることが前提で、そのうえで、付与に関する契約に次の内容が定められている必要があります。
1. 付与対象者——誰に出せるか
対象は、発行会社と、発行会社が発行済株式の50パーセント超を保有する子会社の、取締役・執行役・使用人(およびその相続人)です。監査役と会計参与は含まれません。
さらに、大口株主とその特別関係者(配偶者など)は除外されます。大口株主とは、未上場会社では発行済株式の3分の1超、上場会社では10分の1超を保有する株主をいいます。未上場スタートアップの創業者は3分の1超を持っていることが多いため、創業者には税制適格ストックオプションを出せないのが通常です。
雇用でも役員でもない外部協力者は原則として対象外ですが、中小企業等経営強化法に基づく計画認定を前提に、一定の社外高度人材への付与を税制適格の対象にできる制度があります(2024年の改正で対象範囲が拡大されています)。
2. 権利行使期間——いつ行使できるか
権利行使は、付与決議の日後2年を経過した日から10年を経過する日までの間に行う必要があります。付与してすぐには行使できず、また無期限に持ち続けることもできません。
例外として、付与決議の日において設立5年未満かつ非上場の会社が付与するものは、期間の終わりが15年まで延長されます(2023年度改正)。「スタートアップなら15年」ではなく、設立5年未満・非上場という二つの条件を付与決議日時点で満たす場合に限られる点に注意が必要です。
3. 年間の権利行使価額の限度——1年にいくらまで行使できるか
同一人の権利行使価額の年間(暦年)合計額には上限があり、原則1,200万円です。これを超えることとなる行使をすると、その超えることとなる行使分全体が税制適格の取扱いを受けられません。
2024年の改正で、この判定に用いる権利行使価額を、付与決議の日において設立5年未満の会社は2で除して(実質2,400万円まで)、設立5年以上20年未満で、非上場又は上場後5年未満の会社は3で除して(実質3,600万円まで)計算する仕組みが入りました。適用には、この計算方法が契約に定められている必要があります。
4. 権利行使価額——いくら以上に設定するか
1株当たりの権利行使価額は、付与に関する契約の締結時における1株当たりの価額(時価)以上でなければなりません。安い行使価額を約束するほどメンバーの利益は大きくなりますが、契約時の時価を下回る設定をした時点で税制適格は崩れます。
未上場会社でこの「1株当たりの価額」をどう算定するかについては、2023年7月の国税庁の通達改正とQ&Aで、財産評価基本通達に沿った方法(純資産価額方式等)によることができ、種類株式を発行している会社では優先株式の残余財産の優先分配額を考慮して普通株式を評価できることが明確化されました。優先株式で資金調達をした後の会社にとって、実務上とても重要な整理です。
5. 譲渡禁止
新株予約権自体について、譲渡をしてはならないことが契約に定められている必要があります。付与されたメンバーがストックオプションのまま他人に売ることは、設計上できません。
6. 株式の交付と株式の管理
権利行使による株式の交付が、会社法238条1項に定める事項に反しないで行われること。そして、行使により取得した株式について、証券会社等への保管委託か、発行会社による株式(譲渡制限株式に限る)の管理に関する取決めのいずれかが必要です。発行会社自身による管理は2024年の改正で認められた選択肢で、証券口座の開設が難しい未上場段階の実務に合わせた見直しです。
7. 手続要件——誓約書と調書
付与を受ける本人は、大口株主等に該当しないことなどを誓約する書面を会社に提出します。会社は、付与に関する調書(法定調書)を、付与した年の翌年1月31日までに税務署へ提出します。契約書の設計が完璧でも、この手続が抜けると問題になるため、発行時のチェックリストに最初から入れておくべき項目です。
要件は法律ではなく、契約書で満たす
ここまでの要件を見て気づいていただきたいのは、そのほとんどが「付与に関する契約に定められていること」を求めている点です。税制適格かどうかは、税務署が個別に認定してくれるものではありません。発行要項と割当契約に要件どおりの条項が入っているかどうかで決まります。
つまり、税制適格ストックオプションの設計は、税務の知識だけでも、契約書の作成技術だけでも完結しません。行使期間の条項、年間限度額の条項、譲渡禁止の条項、株式管理の条項。要件の一つ一つが発行要項と割当契約のどこに対応しているのかを突き合わせて初めて、「税制適格である」と言える状態になります。だからこそ、ドラフトの確認は法務の仕事になります。
ベスティングや退職時の失効は、税制適格の要件ではない
よく混同されるのですが、ベスティング(在籍期間に応じた権利確定)や退職時の失効は、税制適格の要件ではありません。租税特別措置法が求めているのは前記の要件であって、「何年働いたら行使できるか」「辞めたらどうなるか」は、会社が発行要項と割当契約で自由に設計する部分です。だからこそ、ここには会社ごとの思想が出ます。
実際の案件でよく見る設計は、割当日から12か月経過した時点で総数の25パーセントが権利確定し、残りが月次で36分の1ずつ確定していく、いわゆる1年クリフ付きの4年ベスティングです。あわせて、上場までは行使できないという行使制限を置いたうえで、会社が買収される場合に限って一定期間だけ行使を認める、という組み合わせを、未上場スタートアップの標準形としてよく見ます。
退職時に未行使分をどうするか、競業や非違行為があった場合にどうするか、権利者が死亡した場合に相続を認めるかも、同じく設計の問題です。付与した後から不利益に変更することは基本的にできないので、最初の設計時に「4年後に辞めた人」「1年で辞めた人」「買収された場合」を具体的に想像しておくことが大切だと考えています。
基本を押さえたら、応用と手続へ
税制適格ストックオプションは、税制の要件、会社法の手続、資本政策、採用の約束事が、一枚の発行要項と割当契約に集約される制度です。この記事で書いた基本を押さえたうえで、実際の設計では次の二つを確認していくことになります。
一つは、要件の当てはめで実際につまずきやすい応用論点です。行使価額をいくらにできるのか、税制改正があったとき既発行分をどうするのか、海外居住のメンバーがいる場合はどうか、M&Aが起きたらどうなるのか。ここは会社ごとの個別性が強く、発行要項の文言一つで結論が変わり得る部分です。税制適格ストックオプションの応用論点|行使価額・税制改正・海外居住者・M&Aで、実際の案件を踏まえて書いています。
もう一つは、発行の手続そのものです。株主総会の決議から、割当契約の締結、新株予約権原簿の整備、登記、税務署への調書提出まで、発行日から逆算したスケジュールに落とし込んで進めることになります。ストックオプション発行手続の実務|株主総会決議から登記・調書までで順を追って説明しています。
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