M&Aを見据えるなら、創業者株式と株主間契約を早めに点検した方がよい
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
スタートアップのM&A交渉を見ていると、最終合意に近い段階になって創業者株式や株主間契約にまつわる課題が浮上し、手続きが停滞するケースに遭遇することがあります。共同創業者がすでに退職しているにもかかわらず多くの株式を保有し続けている、以前の資金調達ラウンドで締結した株主間契約の改定漏れがある、優先株式の分配条件が入り組んでいて売却対価の試算に手間取る、ストックオプションの処理方針が決まっていないといった問題です。交渉終盤でこれらの調整を始めると、時間と交渉費用がかかることがあります。
買主企業は事業内容だけでなく、株主構成や契約関係、創業者の関与度合い、知的財産権の帰属状況まで細かく確認します。将来の出口戦略としてM&Aを想定するのであれば、資本政策と株主間契約を早い段階から点検しておく姿勢が大切です。
株主名簿と資本政策表を照合する
まず、資本政策表のうち発行済株式の記載を株主名簿と照合します。資金調達の現場では、投資家向けの説明資料や社内の試算表が随時更新される一方で、会社法上の株主名簿や商業登記、各投資契約書との照合作業が別個に扱われ、記載の不一致が生じている事例が見受けられます。
M&Aの買収監査(デューデリジェンス)において、買主側は誰が何株をどのような種類で保有し、譲渡制限や事前承諾権がどう設定されているかを客観的資料に基づいて確かめます。このとき資本政策表と会社側の正式資料に食い違いがあると、確認作業全体が滞る要因になります。過去の株式譲渡履歴は株主名簿の記載と突き合わせて確認します。また、ストックオプションやJ-KISS等の新株予約権については新株予約権原簿などで個別に把握し、未行使の権利を発行済株式や株主名簿上の株式と混同して計上しないよう区分して管理することが大切です。
退職創業者の株式処理と株主間契約の累積リスク
創業者株式で紛争に発展しやすいのが、すでに会社を離れた創業者の株式の取扱いです。初期にまとまった比率の株式を分配した創業者が離脱し、経営や事業に関与しないまま大株主として留まるケースがあります。
このような株主構成は、その後の資金調達だけでなくM&Aの実行時にも大きな障壁となります。買主側から見ると、退職創業者が売却手続きに協調するのか、表明保証に応じるのか、取引完了(クロージング)の前提条件となる同意を速やかに出すのかという不確実性が懸念されます。退職時に株式の買取りや議決権拘束、秘密保持義務の確認がなされていないと、売却交渉自体が難航しかねません。創業者間契約や株主間契約で退職時や義務違反時の株式処理を定める手立てがありますが、株式の強制的な譲渡や買取価格の設定は、会社法や税務上の評価、投資契約の制約を踏まえて慎重に設計する必要があります。
また、資金調達を重ねるごとに投資契約や株主間契約、覚書が積み重なっていく点にも留意しておきたいところです。シリーズが進むにつれて投資家の同意権、情報請求権、ドラッグアロング、優先引受権などの条項が何重にも追加されます。新たな契約書を締結した際、過去の契約関係との優先関係が曖昧なままだと、投資家ごとに同意事項の範囲が異なったり、みなし清算条項の分配順位と定款の種類株式の内容が齟齬をきたしたりして、既存株主間の調整に追われることになります。
ドラッグアロング条項と優先株式・みなし清算の設計
M&Aの実務を円滑に進めるためには、ドラッグアロング条項の設計内容をあらかじめ確認しておく必要があります。契約所定の株主等が承認した売却取引について、他の株主にも合意した条件で売却への協力を求める条項です。一部の株主が反対した場合の対応を定めます。
ただし、条項が存在していれば常に安全というわけではありません。誰が発動権限を持つのか、発動に必要な承認割合の閾値はどの水準か、対象となる取引形態が株式譲渡のみか合併等の組織再編も含むのか、創業者が拘束される範囲はどこまでかといった条件は、実際の契約条項の定め方によって大きく異なります。特に、少数株主に対して買主向けの重い表明保証や補償義務を一律に負わせる内容は実務上強い反発を招きやすいため、売却協力の実効性を保ちつつ過度な責任を課さない条項を検討します。
優先株式とみなし清算条項の取扱いも、売却対価の分配に直結する重要な論点です。残余財産の分配優先権、参加型か非参加型かの区分、契約上のみなし清算条項における分配順位は、選択する取引スキームと契約条項の内容に応じて個別に決定されます。また、ストックオプション保有者が受け取る経済的対価は、新株予約権の発行要項やM&A時の取扱い条件によって個別に定まります。買主にとっては買収総額だけでなく各株主への配分が明確であることが重要であり、定款上の種類株式の内容と投資契約上の分配合意に齟齬が生じていないかを事前に確かめておくことが欠かせません。
ストックオプションの処理と関連当事者・知財の確認
未行使のストックオプションの処理方針も、売却成立に向けた重要な検討事項です。買主が権利を引き継ぐのか、取引前に権利行使させて株式として売却させるのか、それとも金銭補償を行って権利を消滅させるのかといった扱いは、株式譲渡や組織再編といった取引手法の違いや、発行要項の規定内容に左右されます。権利行使や消滅の手続きについて要項上の定めが不十分な場合、必要な権利者の同意や条件交渉に時間がかかる可能性があります。
さらに、創業者個人と会社との間の権利関係も点検の対象となります。会社が使用している主要なドメインや商標が創業者個人の名義になっていないか、ソースコードの権利を会社が保有するか必要な利用許諾を得ているか、創業者の関連会社との取引や個人借入れが残っていないかといった点です。退職した創業者が関与した技術の知的財産権の帰属が曖昧なまま放置されていると、買主から事業運営上のリスクとみなされ、買収条件の見直しや取引中止につながる懸念があります。
M&Aを見据えた法務体制と準備
M&Aを円滑に進めるために、資金調達や組織再編の機会を捉えて確認しておきたい実務事項を整理します。
- 株主名簿、資本政策表、商業登記、定款、株式発行要項の内容が整合しているか
- 創業者、退職創業者、役員、従業員、各投資家の保有株式数と種類株式の条件が明確か
- 過去の株主間契約や覚書のうち、存続させるものと終了・変更するものが明確か
- 創業者の退職時における株式の買取り、議決権拘束、秘密保持の取決めが整っているか
- ドラッグアロング条項の発動要件、承認割合、対象取引、少数株主の責任負担が実効的か
- 先買権、共同売却権、優先引受権、事前同意権がM&A交渉の障害とならない設計か
- 優先株式の残余財産分配権とみなし清算条項に基づく分配シミュレーションを行っているか
- ストックオプションやJ-KISS等の未行使権利についてM&A時の取扱いが要項上明確か
- 創業者や関連会社との間の取引、個人保証、ドメインや商標の権利帰属に不備がないか
- 買主側のデューデリジェンスに速やかに開示できる根拠資料が整理されているか
事前の準備を進めるにあたっては、売却側としての実務手順を解説した売却側になる前に整える法務DDや、調査全体の流れを扱った法務デューデリジェンスとは?目的・流れ・必要資料・費用、専門家費用の内訳をまとめたM&Aの弁護士費用と見積り項目などの実務解説も参考になります。
株主や投資家との調整に時間がかかることもあるため、具体的な売却交渉が始まる前に確認を進めておきます。LegalAgentでは、生成AIと企業法務に精通した弁護士の協働により、資本政策の適正化や株主間契約の再整理、M&Aに向けた事前点検を支援しています。将来の事業売却や組織拡大を見据えた法務体制の構築については、以下の窓口からご相談いただけます。