副業・兼業を認める就業規則|承認制の設計と労働時間通算
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
副業・兼業を全面禁止のままにしておくと、採用の入口で選ばれにくくなる時代になってきました。求人票や面接で「副業は可能ですか」と聞かれ、社内規程を確認したら十年以上前のひな形のまま「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という一文が残っていた、という会社は珍しくありません。
副業・兼業の解禁は、単に就業規則の一文を書き換える話では済みません。労働時間の通算、秘密保持、競業避止、健康確保をどう設計するかによって、解禁後の運用が回るかどうかが変わってきます。
全面禁止規定が抱える限界
労働契約は、労働者が定めた時間だけ労務を提供し、対価として賃金を受け取る関係です。就業時間外の時間の使い方は、労働契約上の義務が及ばない範囲では労働者の自由に委ねられるという考え方が土台にあります。
この考え方を踏まえ、厚生労働省のモデル就業規則は、かつて労働者の遵守事項として定めていた「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という規定を削除しました。現在のモデル就業規則では、労働者は勤務時間外に他の会社等の業務に従事できることを原則としたうえで、届出を条件とする規定に置き換えられています。
つまり、副業・兼業を理由なく一律禁止する規定は、モデル就業規則が前提とする考え方とは異なる方向を向いています。禁止するなら、なぜ禁止できるのか、どの範囲で禁止できるのかを会社側が説明できる状態にしておく必要があります。
ガイドラインとモデル就業規則の変遷
厚生労働省は平成30年1月に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定し、令和2年9月、令和4年7月と改定を重ねてきました。モデル就業規則も、この流れに合わせて全面禁止の規定を外し、届出を前提とする規定へと切り替わっています。
現在のモデル就業規則では、労働者は届出を行うことにより、勤務時間外に他の会社等の業務に従事できることとしたうえで、次に該当する場合には会社が禁止または制限できるという構成が取られています。
- 労務提供上の支障がある場合
- 業務上の秘密が漏えいする場合
- 競業により自社の利益を害する場合
- 自社の名誉や信用を損なう行為、または信頼関係を破壊する行為がある場合
この4つの事由は、副業・兼業を無条件に禁止する根拠ではなく、個別の届出を審査するときの判断基準として置かれています。したがって、承認制・届出制の設計は、この4事由をどう具体化して確認するかという作業になります。
承認制・届出制で確認すべき事項
副業・兼業を届出制または承認制にする場合、届出書に何を書かせ、何を確認するかを事前に決めておく必要があります。最低限、次の3点は届出時点で確認しておいた方がよいと考えます。
まず、副業先の業種・事業内容と、自社事業との競合関係です。同業他社での勤務や、自社と取引関係にある事業者での勤務は、競業による利益侵害に当たるかどうかを個別に検討する必要があります。取引先や顧客が重なる副業先であれば、業務内容が競合しなくても情報の扱いが問題になり得ます。
次に、業務内容と、自社の営業秘密・技術情報に接する可能性です。副業先が自社の事業と無関係に見えても、担当業務によっては自社で得た知見やノウハウを持ち出す形になっていないかを確認する必要があります。
最後に、労働時間・勤務日・勤務形態です。副業先での想定労働時間、勤務曜日、雇用契約か業務委託契約かの別を届出させておかないと、次に述べる労働時間の通算ができません。
届出内容に変更が生じた場合の再届出義務も、規定に盛り込んでおく事項です。副業先が変わった、労働時間が増えた、といった変化を会社が把握できないままでは、承認制にした意味が薄れます。
労働時間の通算という実務負担
副業・兼業を認める場合に最も実務負担が重くなるのが、労働時間の通算です。労働基準法38条1項は、労働時間について、事業場を異にする場合においても労働時間に関する規定の適用については通算する旨を定めています。この規定は、同一の使用者の複数事業場間だけでなく、異なる使用者のもとで働く場合にも適用されると解されています。
通算の考え方は2段階です。まず、労働契約を先に締結した会社の所定労働時間と、後から締結した会社の所定労働時間を、契約締結の順に通算します。次に、実際に生じた所定外労働の時間を、労働が行われた順に通算します。この通算の結果、法定労働時間である1日8時間を超える部分が発生する場合、厚生労働省ガイドラインの通算方法に従い、どちらの労働時間として時間外労働を整理するかを確認する必要があります。
自社が「後から契約した側」になる副業を認めた場合、本業側の労働時間を都度把握しないと、時間外労働の該当性を判断できません。ここが、通算を原則どおりの方法で運用しようとした企業がつまずく箇所です。
管理モデルという簡便な方法
この負担を軽減する方法として、厚生労働省のガイドラインは「管理モデル」という簡便な労働時間管理の方法を示しています。
管理モデルは、先に労働契約を締結した企業(以下「A社」とします)における法定外労働時間と、後から労働契約を締結した企業(以下「B社」とします)における労働時間について、あらかじめ上限を設定しておく方法です。A社の法定外労働時間とB社の労働時間の合計が、時間外労働の上限規制である単月100時間未満・複数月平均80時間以内に収まるよう、それぞれの上限をあらかじめ決めておきます。
この上限の範囲内で労働させる限り、B社はA社における実際の労働時間を都度把握する必要がなく、自社で設定した上限時間分について自社の割増賃金率で計算した割増賃金を支払えば足りるとされています。副業を継続的に受け入れる企業や、複数の副業人材を抱える企業にとっては、日々の労働時間を突き合わせる原則的な方法よりも運用しやすい選択肢になります。
自社が副業を認める側(A社の立場)であっても、管理モデルを採用するかどうかは労使間の合意を前提とします。届出書のひな形に、管理モデルによる時間管理に同意するかどうかの確認欄を設けておくと、導入後の運用がぶれにくくなります。
秘密保持・競業避止との接続
副業を届出制にしても、秘密保持義務や競業避止義務そのものが自動的に緩くなるわけではありません。むしろ、副業・兼業を認めるからこそ、在職中の秘密保持義務と競業避止義務の内容を、雇用契約書や就業規則で明確にしておく必要が出てきます。
在職中の競業避止義務は、労働契約上の誠実義務や職務専念義務との関係で、退職後の競業避止義務よりも広く認められやすい傾向があります。副業・兼業の承認審査では、この在職中の競業避止義務を根拠に、同業他社での副業を認めない、または一定の業務範囲に限って認める、といった判断が可能です。
秘密保持義務については、副業先での業務内容そのものよりも、自社の営業秘密や技術情報にアクセスできる立場の従業員が、その情報を副業先での業務に流用していないかという観点から確認する必要があります。エンジニアが個人で受託開発の副業を行う場合、自社で得た設計思想やソースコードの一部を副業先の成果物に反映していないか、契約書や届出書のやり取りだけでは見えにくい部分です。届出の段階で、自社の秘密情報を利用しない旨の確認と、疑義が生じた場合の調査に協力する旨の合意を取っておくと、後の対応がしやすくなります。
副業先が競合だと分かった場合の対応
届出の時点では判別できなかった競合関係が、後になって判明することもあります。取引先からの情報提供や、副業先の事業内容の変化によって、既に承認した副業が競業に当たると分かるケースです。
この場合、まず確認すべきは、モデル就業規則が示す4事由のうち「競業により自社の利益を害する場合」に実際に該当するかどうかです。同業種というだけで直ちに利益侵害があるとは言えず、担当業務の内容、アクセスできる情報の範囲、実際に自社の利益が害された事実の有無を個別に見る必要があります。
利益侵害があると判断できる場合には、就業規則上の届出撤回・承認取消しの手続に沿って、副業の中止を求めることになります。このとき、懲戒処分をどこまで検討するかは、就業規則の規定内容と、労働者がどの程度悪質な形で情報を流用していたかによって変わってきます。形式的に競業に該当するというだけで重い懲戒処分に進めるかどうかは、慎重に検討すべき局面です。
副業先の変更や業務内容の変化を早期に把握するためにも、届出制を「一度出せば終わり」にせず、定期的な状況確認や変更時の再届出を運用ルールとして定着させておくことが、後から発覚するリスクを減らす方法になります。
制度設計と運用支援について
副業・兼業の解禁は、就業規則の条文を直すだけでは終わりません。届出書のひな形づくり、労働時間通算の方法の選択、秘密保持・競業避止条項との整合性の確認まで、一連の作業として進める必要があります。
労務管理・人事労務のページでは、副業・兼業を含む就業規則の整備や、雇用契約書の見直しに関する支援内容をご覧いただけます。制度設計だけでなく日常的な労務相談まで含めて外部に任せたい場合は、法務アウトソーシングのトップページもあわせてご参照ください。
競業避止義務の範囲や代償措置の設計については競業避止義務は、広く書けばよい条項ではないで、秘密保持条項の確認ポイントについては秘密保持条項とは?NDA以外の契約書でも確認すべきレビュー実務で扱っています。副業先との関係で情報管理をどう設計するかを検討する際に、参考にしていただけます。
副業・兼業を認めるかどうかを検討している段階から、届出書や就業規則の文言を確定させる段階まで進んだとき、労働時間通算の方法や競業避止条項との整合性について判断に迷う点が出てきたら、社内だけで決め切らずに専門家に相談した方がよい局面だと考えられます。