スタートアップの商標・知財戦略の始め方|社名決定前の商標調査と特許・意匠・著作権・営業秘密の使い分け
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
サービス名を決め、ロゴを発注し、プレスリリースの原稿まで仕上がった段階で、商標登録の有無を確認していないと分かることがあります。会社の登記は完了し、ドメインも取得済みだとしても、それだけでは同じ名称について第三者が既に商標登録をしている可能性を排除できません。ロゴや名刺、Webサイトを作り直す事態になれば、費用だけでなく、公表済みの社名やサービス名を変更するという事業上の負担も生じます。
知財戦略というと、特許の出願件数を増やす取り組みだと理解されがちです。実際に事業の競争力を左右するのは、名称、技術、デザイン、データ、ノウハウ、コンテンツといった個々の資産をどう組み合わせて保護するかであり、権利化、秘密管理、契約、公開時期という手段を資産ごとに選ぶ作業が知財戦略の実体です。創業期からシリーズA前後にかけて必要になるのは、出願の判断そのものより先に、この組み合わせを資産ごとに決めていく作業です。
事業計画から知財候補を洗い出す
知財戦略の起点は事業計画です。プロダクト、技術、デザイン、データ、ブランド、コンテンツのうち、どれが競争優位の源泉になっているかを洗い出さないまま思いついた順に出願や商標登録を進めると、費用をかけた割に事業上の効果が乏しい権利ばかりが積み上がることがあります。
棚卸しの視点は、次の6分類に整理できます。
- 名称:社名、サービス名、ブランド、ロゴ
- 技術:アルゴリズム、システム構成、製造方法
- デザイン:UI、パッケージ、プロダクト形状
- データ:学習データ、顧客データ、分析結果
- ノウハウ:業務フロー、価格設定手法、営業手法
- コンテンツ:記事、画像、動画、キャラクター
各資産について、競合他社との違いを説明する材料になっているか、既に社外の第三者(業務委託先、共同開発先)が関与しているか、今後6か月から1年の間に公表や販売の予定があるかを確認すると、優先順位が見えてきます。書籍の分類によれば、特許法・意匠法・商標法は「産業財産権法」、著作権法は文化の発展を目的とする創作法であり、これらは情報に排他権を付与する権利付与法です。これに対して不正競争防止法は、特定の情報に権利を与えるのではなく、不正な行為だけを規制する行為規制法として性質づけられています(愛知靖之ほか『知的財産法〔第2版〕』9頁・10頁)。この分類を先に押さえておくと、次の各節で確認する使い分けの理由が読み取りやすくなります。
社名・サービス名を決める前の商標調査
社名やサービス名を確定する前に確認すべきは、商号登記、ドメイン取得、商標登録がそれぞれ独立した制度であり、一つを済ませても他の効力を得られないという点です。
商号登記は、同一の所在場所に同一の商号を登記することを禁止するにとどまります(商業登記法27条)。同じ社名を、別の住所地の会社が登記することは制度上妨げられません。会社法8条は、不正の目的をもって他の会社と誤認されるおそれのある名称を使用する行為を禁止し、被害を受けた会社に差止請求を認めていますが、この規定を使うには相手方に「不正の目的」があることを示す必要があり、単に社名が似ているというだけでは、直ちに使用の停止を求められるとは限りません。
ドメインの取得も、レジストラとの契約に基づく技術的な登録にとどまり、第三者に対する排他的な権利までは生じません。取得したドメインが既存の登録商標と抵触すれば、ドメインを保有していても、商標権者から使用の停止を求められる可能性が残ります。
これに対して商標登録は、特許庁への出願・審査を経て、指定した商品・役務の区分について、登録商標を使用できる専用権と、類似する商標の使用を排除できる禁止権を得る制度です(商標法25条・37条)。日本の商標法は先願主義を採用しており、同一・類似の商品区分で先に出願した者だけが登録を受けられます(商標法8条1項。愛知靖之ほか『知的財産法〔第2版〕』365頁)。「会社名を登記したのだから、同じ名称の商標権も当然に確保できている」という理解は誤りであり、商号登記、ドメイン取得、商標登録の3つを別々に確認する必要があります。
社名やサービス名を確定する前に、特許庁の商標検索システム(J-PlatPat)で同一・類似の登録商標の有無を確認し、必要に応じて弁理士による先行調査を挟む手順が、後からの名称変更を避ける確実な方法です。ロゴやドメイン、印刷物を先に整えてしまってから抵触が判明すると、社名変更、印刷物の刷り直し、ドメイン移行、既に周知した名称の周知やり直しという複数のコストが同時に発生します。
特許・意匠・著作権・営業秘密の使い分け
名称の整理が終わったら、技術、デザイン、コンテンツ、ノウハウのそれぞれについて、どの制度で保護するかを検討します。制度ごとに保護対象と成立要件が異なるため、性質を混同すると保護が得られません。
特許は、技術的思想の創作である「発明」を保護対象とし(特許法2条1項)、新規性(29条1項)と進歩性(29条2項)を満たす発明について、出願から20年の存続期間、特許権という独占権を認めます(特許法67条1項)。特許は登録によって権利が発生する代わりに、出願内容が公開されることが前提の制度です(愛知靖之ほか『知的財産法〔第2版〕』456頁)。
意匠は、工業製品や画像のデザインを保護対象とし、存続期間は出願から25年です(意匠法21条1項)。商標は、業務上の信用が蓄積された名称やロゴといった標識を保護対象とし、存続期間は登録から10年ですが、更新登録によって期間を延長でき(商標法19条1項・2項)、使い続ける限り長期の保護を受けられる制度設計になっています。
著作権は、思想又は感情を創作的に表現したもの(著作権法2条1項1号)を保護対象とし、出願や登録の手続を経ずに、創作した時点で権利が発生します(無方式主義)。ここで注意したいのは、著作権が保護するのは表現であって、アイデアそのものではないという点です。学説上「アイデア・表現二分論」と呼ばれる考え方で、事業の切り口やビジネスモデルの着想を口頭やピッチ資料で説明しただけでは、その着想自体に著作権は生じません(愛知靖之ほか『知的財産法〔第2版〕』192頁)。アイデアの独自性を守りたい場合には、著作権による保護に頼らず、秘密保持契約や後述する営業秘密としての管理を検討することになります。
営業秘密は、これらの権利化型の制度とは仕組みが異なります。不正競争防止法上、営業秘密として保護を受けるには、秘密管理性、有用性、非公知性という3つの要件を満たす必要があります(不正競争防止法2条6項。愛知靖之ほか『知的財産法〔第2版〕』457頁〜459頁)。登録の手続はいらない一方、秘密として管理されていること自体が保護の前提になるため、特許のように公開して独占権を得る道と、公開せず秘密管理によって保護を受ける道は、同じ技術情報について両立しないと考えられます(同書456頁)。特許出願をすれば、その技術内容は原則として出願公開制度により公開されるため、公開後に営業秘密としての非公知性を主張することはできなくなります。
どの制度を使うかは、公開して独占権を取る利益と、秘密にして模倣を防ぐ利益のどちらが事業にとって大きいかで決まります。競合が製品を分解・分析すれば再現できる技術は、特許化して独占権を確保した方が実効性を持ちやすく、逆にリバースエンジニアリングでは再現しにくい製法や、日々更新される顧客データ、価格設定のロジックは、秘密管理を徹底する方が事業の実態に合うことが多いと考えられます。特許を取れるものをすべて出願する、表に出したくない情報をすべて秘密にするという一律の結論にはならず、技術の模倣されやすさ、権利化にかかる時間と費用、秘密管理を維持するコストを個別に比較する必要があります。
公開前に確認する新規性と秘密管理
特許を検討している技術ほど、公開のタイミングに注意が必要です。特許法上、発明が出願前に公然知られ、公然実施され、又は刊行物やインターネットで公衆に利用可能になると、新規性を失い、特許を受けられなくなります(特許法29条1項各号。愛知靖之ほか『知的財産法〔第2版〕』40頁〜43頁)。展示会でのデモ、プレスリリース、投資家向けピッチ、学会発表、SNSでの技術紹介は、いずれも「公然知られた」状態を作り得る行為です。
このリスクを緩和する規定として、新規性喪失の例外があります(特許法30条)。発明者自身が学会発表や展示会などで発明を公表してしまった場合でも、公表の日から1年以内に出願し、所定の証明書を提出するなどの要件を満たせば、その公表を理由に新規性が否定されないという救済です(愛知靖之ほか『知的財産法〔第2版〕』47頁〜48頁)。この例外はあくまで自分の公表について新規性喪失を治癒する制度であり、公表後に別の第三者が独自に同じ発明を先に公開したり出願したりした場合にまで、優先権まで確保できる制度ではない点に注意が必要です(同書48頁)。公表を急ぐ事業上の理由がある場合でも、公表前に出願するか、公表後1年以内に出願するかを、案件ごとに判断する必要があります。
営業秘密として管理したい情報についても、公開前の確認が要ります。秘密管理性の要件は、情報にアクセスできる者を制限し、アクセスした者がその情報を秘密だと認識できる状態にあることを求めています(愛知靖之ほか『知的財産法〔第2版〕』457頁〜458頁)。共同開発先や投資家に技術情報を開示するピッチ資料、データルーム、デモ環境についても、秘密保持契約の締結、資料への秘密表示、アクセス権限の設定といった管理措置がなければ、後に不正競争防止法上の営業秘密と認められない可能性があります。知的財産権帰属条項や秘密保持条項をレビューする際の実務的な視点は、知的財産権帰属条項レビューのチェックポイントで確認できます。
公開前の確認を怠ると、特許を受ける権利そのものを失う場合と、営業秘密としての保護を主張できなくなる場合の両方が起こり得ます。プレスリリースの解禁日、展示会の出展日、投資家向け説明会の日程を決める前に、対象となる技術やデザインについて、特許出願を先行させるか、秘密保持契約の対象として扱うかを確定させておく必要があります。
国内出願と海外展開の判断軸
知的財産権は、国ごとに成立し、その効力も原則としてその国の領域内に限られます。最高裁が示す属地主義の原則によれば、日本の特許権を保有していても、外国における無断実施をその特許権で差し止めることはできず、差止めを求めるのであれば当該国で改めて特許権を取得する必要があります(最判平成9年7月1日民集51巻6号2299頁〔BBS事件〕。愛知靖之ほか『知的財産法〔第2版〕』488頁)。商標権や意匠権についても、この原則が同様に妥当すると考えられています。
海外での事業展開を予定している場合、国ごとに個別出願する方法のほか、条約に基づく国際的な出願制度を利用する方法があります。特許については工業所有権の保護に関するパリ条約による優先権制度と、特許協力条約(PCT)による国際出願制度があり、商標についてはマドリッド協定議定書(マドリッド・プロトコル)による国際登録制度があります(愛知靖之ほか『知的財産法〔第2版〕』489頁〜490頁)。いずれも、出願手続を一定範囲で簡素化する制度であって、権利そのものを世界共通のものにするわけではない点に注意が必要です。指定国ごとの審査、費用、優先期間の計算は制度と案件によって異なるため、利用を検討する段階で、国内代理人と現地代理人の双方に個別の見積りと期限を確認する必要があります。
海外出願の要否を判断する軸は、出願件数を増やすことではなく、どの国にユーザーや売上があるか、模倣品や類似サービスが出やすい市場かどうか、現地の提携先・販売代理店との契約で商標使用や知財保護の条件が定められているかという事業上の事実です。海外進出の計画が具体化する前の段階でも、主要な進出候補国での商標の事前調査だけは済ませておくと、現地でのブランド名変更を避けやすくなります。
投資・提携・M&Aで見られる知財資料
投資家や買収候補先は、知的財産の状況を、権利証書の有無だけでなく、事業を継続的に運営できるかという観点から確認します。買主側の法務デューデリジェンスでは、商標、特許、著作権、ソースコード、デザイン、ドメイン、SNSアカウント、ノウハウ、開発委託先の成果物、AIモデルや学習データについて、創業者、従業員、業務委託先、共同開発先から会社へ権利が適切に移転しているかが確認されます(スタートアップ買収の買主側法務DDチェックリスト)。
この場面で問題になりやすいのが、業務委託契約やデザイン制作契約における知的財産権帰属条項の書き方です。成果物の範囲、既存資産の除外、著作者人格権不行使、第三者素材やOSSの利用条件が条項上あいまいだと、プロダクトの中核部分について、会社が自由に利用・改変できる権利を持っているのかを説明できなくなります。帰属条項の読み方は知的財産権帰属条項レビューのチェックポイントで確認できます。創業初期に外部エンジニアやデザイナーが関与した成果物について、権利移転が契約書上で確認できるかという論点は、シリーズA前に見直したい法務チェックリストで扱っている資本政策・契約の見直しとあわせて対応する事項です。
投資家やDD担当者に示す資料としては、次のものが挙げられます。
- 商標登録原簿・出願中の商標一覧
- 特許出願一覧
- 業務委託契約書と知的財産権帰属条項
- 職務発明に関する届出書
- ドメイン・SNSアカウントの管理者一覧
- 営業秘密の管理台帳(対象情報と管理方法の記録)
これらが揃っていないこと自体が直ちに取引の障害になるとは限りませんが、口頭の説明だけで済ませると、価格交渉や表明保証の条件に跳ね返る可能性があります。
90日で作る知財台帳
ここまでの内容を、実際に手を動かす計画に落とし込みます。90日という期間は法令が定める期限ではなく、棚卸しから初期対応までを一区切りで終える行動計画として置く目安です。
| 期間 | 主な作業 |
|---|---|
| 最初の30日 | 資産の洗い出し、既存の商標登録・出願状況、業務委託契約の知財帰属条項、公表済みの技術・デザインの確認 |
| 次の30日 | 優先度の高い名称・技術・デザインの先行調査、出願準備、営業秘密の秘密管理措置の実施 |
| 最後の30日 | 投資家・取引先に示せる形式への資料整備 |
最初の30日では、事業計画から知財候補を洗い出し、資産ごとに競争優位の源泉になっているか、既に社外の第三者が関与しているか、6か月から1年以内に公表や販売の予定があるかを確認します。既存の商標登録・出願状況、既存の業務委託契約における知財帰属条項、既に公表済みの技術やデザインの一覧も、この期間に作成します。
次の30日では、優先順位の高い名称・技術・デザインについて、商標の先行調査、特許出願の要否、意匠登録の要否を検討し、公開予定のあるものから出願準備を進めます。並行して、営業秘密として管理する情報については、アクセス制限、秘密保持契約、資料への秘密表示といった秘密管理措置を整えます。
最後の30日では、投資家や取引先に示せる形式に資料を整えます。この時点で権利化や秘密管理が間に合っていない資産があっても構いませんが、何が未対応で、いつまでに対応する予定かを説明できる状態にしておくことが、次回の資金調達やM&Aの場面で意味を持ちます。
翌営業日にまず着手できるのは、事業計画書やプロダクトロードマップを手元に置き、名称、技術、デザイン、データ、ノウハウ、コンテンツの6分類で資産を書き出す作業です。既に確定している社名やサービス名があれば、その商標が既に登録されていないかをJ-PlatPatで確認するところから始められます。
よくある質問
会社の登記を済ませ、ドメインも取得していれば、同じ名称の商標権も確保できていますか。
確保できているとは限りません。商号登記は、商業登記法27条により、同一の所在場所に同一の商号を登記することを禁止するにとどまり、別の住所地の会社が同じ社名を使うことまでは妨げません。ドメインの取得も、レジストラとの契約に基づく技術的な登録であり、第三者に対する排他的な権利までは生じません。指定した商品・役務の区分について専用権・禁止権を得るには、特許庁への商標登録出願が必要です(商標法25条・37条)。
アイデアを口頭やピッチ資料で説明しただけで、著作権によって保護されますか。
保護されないと考えられます。著作権法が保護するのは、思想又は感情を創作的に表現したものであり(著作権法2条1項1号)、アイデアそのものは保護の対象に含まれません。事業の切り口やビジネスモデルの着想を守りたい場合には、秘密保持契約を締結したうえで、営業秘密として秘密管理性・有用性・非公知性の要件(不正競争防止法2条6項)を満たす形で管理する方法を検討する必要があります。
特許を取れる技術は、すべて出願した方がよいですか。
一律にそうとは言えません。特許出願をすると、原則として出願公開制度により技術内容が公開されるため、独占権を得られる代わりに秘密管理による保護は失われます。競合が製品を分解・分析すれば再現できる技術は特許化が実効性を持ちやすい一方、リバースエンジニアリングで再現しにくい技術や日々更新されるデータは、秘密管理を徹底する方が事業の実態に合う場合があります。技術ごとに、模倣されやすさ、権利化の費用と時間、秘密管理コストを比較して判断する必要があります。