英文契約・英文メールの下訳をしてもらう|生成AIの使い方
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
海外の取引先から英文の契約書ドラフトや英文メールが届き、「まず内容をざっくりつかみたい」という場面は多いと思います。たとえば、英文のNDA(秘密保持契約)が送られてきて、署名の前に「どんな義務を負うのか」「不利な条項はないか」を短時間で把握したい、というケースです。
英文契約は、日本語の契約書と表現の作法が違ううえに、独特の言い回しが多く、はじめから一語一句訳そうとすると時間がかかります。生成AIは、こうした英文の下訳(ざっくりした翻訳)や要点把握が得意で、最初の理解を大きく助けてくれます。生成AIとは、ChatGPTやClaude、Geminiのように、文章で指示すると文章で答えてくれるサービスのことです。
下訳で全体像をつかんだ後は、権利義務を左右する語句、準拠法、紛争解決、補償条項などを原文へ戻って確認します。生成AIの速さと英文契約の正確な読解を両立させるには、この二段階を最初から作業手順に組み込む必要があります。
「下訳」と割り切って使う
生成AIの翻訳は、内容をつかむための下訳としては十分実用的です。ただし、契約書の正式な訳文として、そのまま使えるとは限りません。英文契約の条項は、一語の違いが権利義務の範囲を変えることがあるからです。
たとえば、補償条項でよく出てくる「indemnify, defend and hold harmless」という決まり文句は、まとめて「補償する」と訳されがちですが、実際には「金銭的に補償する」「訴訟の防御まで引き受ける」「責任を負わせない」という複数の意味が重なっています。下訳でおおよその意味をつかんだうえで、重要な条項は原文に戻って確認する、という二段構えが安全だと考えています。
「まず内容を理解する」「重要な条項のあたりをつける」といった目的に絞ると、生成AIは安全かつ効果的に使えます。
全訳より「要点」が早いことも
長い英文契約を全部訳すより、「この英文契約の要点を日本語で10行にまとめて」と頼む方が、早く全体像をつかめることがあります。まず全体像を押さえ、重要そうな条項を特定してから、その部分だけを丁寧に訳す進め方が効率的です。
英文契約で特に確認したい条項には、たとえば次のようなものがあります。
- Limitation of Liability(責任制限・損害賠償の上限)
- Indemnification(補償)
- Term and Termination(契約期間と解除)
- Confidentiality(秘密保持)
- Governing Law / Jurisdiction(準拠法・裁判管轄。もめたときどの国の法律で、どこで争うか)
これらの英語の見出しを覚えておくと、AIに「この5条項を重点的に訳して」と頼みやすくなります。準拠法が外国法、裁判管轄が外国の裁判所になっている場合、日本での対応が難しくなることがあるため、立場を問わず早めに確認したい条項です。
サンプル:英文契約の要点把握(基本形)
次の英文契約について、日本語で次の形に整理してください。
1. 契約の種類と当事者(どちらが何を提供する関係か)
2. 全体の要点(10行以内)
3. 特に注意して読むべき条項(3つ、日本語訳と「なぜ注意か」の理由つき)
4. 準拠法と裁判管轄がどこの国になっているか
正式な訳文ではなく、内容理解のための下訳として作成してください。
訳が不確実な箇所や、英語の言い回しが日本語の概念と一致しない箇所は「要確認」と明記してください。
【ここに英文契約を貼り付け】
サンプル:条項ごとに対訳で出す(応用形)
重要な条項を腰を据えて検討するときは、原文と訳を並べてもらうと、原文に戻りやすくなります。
次の英文条項を、原文と日本語訳を1文ずつ交互に並べる「対訳」の形で出してください。
・日本語訳は、まず直訳に近い形で
・契約上の意味が変わりやすい語(shall, may, indemnify, including without limitation など)は、訳のあとに【補足】として意味を一言添えてください
・訳しにくい、または複数の解釈があり得る箇所は「要確認」と明記してください
【ここに条項を貼り付け】
英文メールの下訳も考え方は同じです。返信の下書きまで頼むこともできますが、相手に送る前に必ず内容を確認し、送信は人の判断で行うことが大切です。
「shall」と「may」の違いを意識する
英文契約では、一語の違いが義務の有無を分けることがあります。代表例が「shall」と「may」です。「shall」は「〜しなければならない」という義務を、「may」は「〜してよい」という権利・裁量を表すのが基本です。
たとえば、業務委託契約の英文で「The Contractor shall deliver the report by March 31.」とあれば、受託者は3月31日までに報告書を出す義務を負います。一方「The Contractor may deliver the report by March 31.」であれば、その日までに出してもよい、という任意の話に変わります。下訳でどちらも「報告書を提出する」とだけ訳されてしまうと、この差が消えてしまいます。
同じように、「best efforts(最善の努力)」と「reasonable efforts(合理的な努力)」も、求められる努力の水準が違うとされることがあります。義務の強さに関わる語は、訳語だけで判断せず、原文の語に戻って確認することが大切だと考えています。
英文メールの返信は下書きまでにとどめる
英文メールへの返信を生成AIに手伝ってもらうこともできます。たとえば、相手方から契約の修正提案が英文で届いたとき、「この返信を、丁寧だが要点が明確な英文ビジネスメールにして」と頼むと、下書きを素早く用意できます。
ただし、契約交渉のメールは、一文が後の解釈に影響することがあります。「we agree(同意する)」と書いてしまうと、その条件を受け入れたと受け取られかねません。下書きはあくまで案にとどめ、内容を確認したうえで、送るかどうかと最終的な文面は人が判断することが大切です。
よくある失敗
1つ目は、下訳の訳語をそのまま正式な訳だと思い込んでしまうことです。法律用語は、日本語と英語で意味の範囲がずれることがあります。たとえば「表明保証」は、英文契約では representations and warranties をひとまとまりで訳した定着語であり、warranty という単語だけを見て「表明保証」と理解すると、条項の性質を取り違えるおそれがあります。訳語が同じように見えても、契約上の効果は別物です。
2つ目は、「shall」「may」「best efforts」「reasonable efforts」といった、義務の強さを左右する語の違いを見落とすことです。AIがどちらも「〜する」と訳してしまうと、義務なのか努力目標なのかが曖昧になります。サンプルのように、こうした語へ補足を付けてもらうと安全です。
3つ目は、秘密保持の確認を忘れて、外部の取引先から受け取った英文契約をそのまま貼り付けてしまうことです。英文契約には相手方の秘密情報が含まれることが多いため、入力前の確認が欠かせません。
使うときの注意点
- 下訳はあくまで理解の補助です。署名や交渉に関わる重要な条項は、原文(英語)で正確に確認してください
- 法律用語は、日本語と英語で意味が完全に一致しないことがあります。訳語に引きずられず、原文の語そのものに当たることが大切です
- 準拠法・裁判管轄が外国になっている場合の影響など、法的判断が必要な点は、最終的に人が確認してください
- 英文契約や英文メールを貼る前に、秘密情報・個人情報の取扱いを確認してください。会社が許可したサービスか、入力がAIの学習に使われない設定かを確認することが大切です
- 英文メールの返信は、下書きまでにとどめ、送信するかどうかの最終判断は、常に人に残してください