スタートアップが後回しにしがちな労務リスクとカスタマーハラスメント対応
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
スタートアップの法務支援をしていると、労務は後回しになりやすい領域だと感じます。資金調達や契約レビュー、業務委託契約などは、外部との関係で目に見えやすいので相談が来やすいです。一方で、労務は、問題が起きるまでは「社内の運用」で済んでしまいがちです。
しかし、シリーズA前後で組織が拡大する会社では、労務を後回しにすると後からかなり重くなります。採用人数が増える。マネージャーが増える。業務委託と従業員が混在する。営業やCSが顧客対応で強いストレスを受ける。ハラスメント相談が出る。この段階で労務を整えることは、コンプライアンス対応にとどまらず、会社の成長速度を落とさないための土台づくりでもあります。
雇用と業務委託の切り分け
最初に見たいのは、雇用と業務委託の切り分けです。スタートアップでは、副業人材やフリーランス、社員が同じSlackに入り、同じプロジェクトで働いていることがあります。スピード感としては自然ですが、法務上は、指揮命令や勤務時間、専属性などを見て、実態として労働者性が問題になることがあります。
契約書上は業務委託でも、実態として毎日決まった時間に稼働し、上司から細かく指示を受け、勤怠管理され、成果ではなく時間で管理されている場合、労務リスクが生じます。
また、2024年11月から施行されているフリーランス新法により、特定受託事業者との取引について、取引条件の明示や報酬支払期日など、発注者側で確認すべき事項も増えています。法務としては、雇用契約書と業務委託契約書を別々に見るだけでは足りません。実際の稼働管理やSlackでの指示、アカウント権限まで見て、実態と契約を合わせる必要があります。
労働時間の管理は、後から直しにくい
次に重要なのが、労働時間です。スタートアップでは、創業初期の働き方がそのまま残り、夜間や休日の対応が当然になっていることがあります。経営陣や創業メンバーはそれでもよいと思っているかもしれません。しかし、従業員が増え、マネージャーが増え、家庭事情や健康状態が異なる人が増えると、同じ前提では回りません。
固定残業代を入れている場合でも、実労働時間の把握は必要です。固定残業代の対象時間や基本給との区分、深夜・休日労働の扱いが曖昧だと、未払残業代リスクが残ります。
裁量労働制やフレックスタイム制を使う場合も、制度要件や労使協定、健康確保措置などを確かめます。「スタートアップだから裁量労働でよい」とは言えません。
労働時間の問題は、後からまとめて直すのが難しいです。過去分の未払賃金、勤怠データ、Slackログ、深夜のコミュニケーション、休日の顧客対応が積み上がるからです。シリーズA前後で人を増やすタイミングで、勤怠管理と給与設計を見直した方がよいと考えています。
就業規則と実態のずれ
就業規則は、労務管理の土台です。ただ、就業規則がある会社でも、実態とずれていることがあります。リモートワーク規程がない。副業ルールが曖昧。情報管理規程が古い。ハラスメント相談窓口が機能していない。懲戒事由はあるが、実際の調査手順がない。
就業規則は、従業員数が10人を超えたから形式的に作るものにとどまりません。採用や評価、ハラスメント対応など、日々の意思決定を支えるものです。
スタートアップでは、「柔軟にやりたい」という理由でルールを作らないことがあります。しかし、ルールがない状態は、柔軟なのではなく、判断が属人的になっているだけの場合があります。人が増えると、属人的な判断は不公平感やトラブルにつながります。
ハラスメント対応は、相談が来てからでは遅い
パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、妊娠・出産・育児介護等に関するハラスメントについては、事業主として防止措置を講じる必要があります。スタートアップでは、距離が近く、Slackや飲み会など、コミュニケーションの場が多いです。経営陣やマネージャーの言動が、本人の意図と違って受け止められることもあります。強いフィードバックや深夜の連絡、公開チャンネルでの叱責などが問題になることもあります。
ハラスメント対応は、相談窓口を置くだけでは足りません。相談を受けた人が何をするのか。誰に共有するのか。事実確認の範囲はどこまでか。相談者の不利益取扱いをどう防ぐのか。懲戒や配置転換、再発防止をどう判断するのか。
このフローがないと、相談を受けた後に混乱します。特に経営陣や重要メンバーが関係する事案では、社内だけで処理しようとすると、客観性が疑われることがあります。外部弁護士が早めに入る意味は大きいと考えています。
2026年10月1日に向けたカスタマーハラスメント対応の準備
最近、特に重要性が増しているのが、カスタマーハラスメント対応です。厚生労働省は、カスタマーハラスメント対策に関する情報発信やマニュアル整備を進めています。また、改正労働施策総合推進法により、2026年10月1日から、全ての事業主にカスタマーハラスメント対策が義務付けられる予定です。
スタートアップでも、カスタマーハラスメントは普通に起こります。SaaSのCS担当者が、顧客から長時間の叱責を受ける。返金に応じるまで何度も連絡される。営業担当者が、契約外の無償対応を強く求められる。解約を盾に過大な要求をされる。
ここで会社が何も対応しないと、従業員の安全配慮義務や職場環境配慮の観点で問題になり得ます。顧客対応だから我慢すべき、という運用のままでは、従業員の離職や体調不良という形で跳ね返ってきます。
現場に判断を丸投げしないカスハラ運用
カスタマーハラスメント対応の出発点は、現場担当者に判断を丸投げしないことです。顧客から強いクレームが来たとき、どこまでが正当な苦情で、どこからが社会通念上相当な範囲を超える言動なのかを、担当者が一人で判断するのは難しいです。特に、売上への影響がある顧客、エンタープライズ顧客、紹介元が強い顧客の場合、現場は声を上げにくくなります。
会社としては、次のような運用を作る必要があります。
- カスタマーハラスメントに対する基本方針の策定
- 相談窓口とエスカレーションルートの明確化
- 暴言、脅迫、長時間拘束、過大要求、SNS攻撃などの類型の提示
- 録音、ログ保存、メール保存などの証拠化ルールの設定
- 一定の類型については、担当者個人に任せず会社窓口で対応
- 必要に応じた対応停止、契約解除、警告書、弁護士対応への切替え
- 顧客対応後のメンタルケアや配置配慮
これは、顧客を敵視するためのルールではありません。正当な問い合わせや苦情には誠実に対応しつつ、社会通念上相当な範囲を超える行為から従業員を守るためのルールです。
SaaSやBtoBでもカスハラは起きる
カスタマーハラスメントというと、店舗、コールセンター、接客業をイメージするかもしれません。しかし、SaaSやBtoBでも起きます。むしろ、BtoBでは契約金額が大きく、顧客との関係が長いため、担当者が無理をしてしまうことがあります。
「この程度は顧客対応だから」と考えて、契約外の作業や深夜休日対応、無償カスタマイズを続けると、従業員の負担は蓄積します。契約上のサポート範囲やSLA、契約解除事由を整えておくことが、カスハラ対応にもつながります。
カスハラ対応は、労務だけにとどまらない問題です。利用規約やSaaS契約、CS運用とつながっています。
実務チェックポイント
シリーズA前後で見直しておきたい労務項目を、チェックリストにまとめます。
- 雇用と業務委託の実態が契約と合っているか
- 固定残業代、裁量労働、フレックス、深夜休日労働の運用が適法か
- 勤怠管理が実態を把握できる形になっているか
- 就業規則、リモートワーク規程、副業規程、情報管理規程が現在の運用に合っているか
- ハラスメント相談窓口、調査フロー、不利益取扱い防止が機能するか
- 休職・復職、メンタル不調、退職勧奨、解雇の判断プロセスが整っているか
- カスタマーハラスメントの基本方針、相談窓口、証拠保存、対応停止基準があるか
- 顧客契約や利用規約に、サポート範囲、禁止行為、契約解除、対応停止を定めているか
- Slack、メール、CRM上で、労務・顧客対応の証拠が残る運用になっているか
労務は、問題が起きてからの対応以上に、問題が起きる前に判断基準を作っておくことに意味があります。
規程の外にある社内運用の確認
LegalAgentの法務アウトソーシングでは、労務についても、契約書や規程にとどまらず、社内運用を確認することを重視しています。
採用時に何を説明しているのか。業務委託先にどのような指示をしているのか。Slackで深夜対応が常態化していないか。CS担当者が顧客から過大な要求を受けていないか。ハラスメント相談が来たとき、誰が何を判断するのか。
内部法務部員であれば、こうした日々の運用を見ながら判断します。外部弁護士も、スポット相談にとどまらず、継続的に会社の状況を把握することで、より実務に合った助言ができると考えています。
最後に
労務は、会社の内部の問題に見えます。しかし、実際には採用や組織拡大、資金調達にも影響します。シリーズA前後で組織を伸ばす会社ほど、早めに見直した方がよい領域です。
LegalAgentでは、生成AIと企業法務に精通した弁護士の協働により、雇用契約や就業規則、カスタマーハラスメント対応の見直しを支援しています。外部弁護士が内部法務に近い形で、社内運用と顧客対応の意思決定を支える体制づくりのご相談もお受けしています。