EUのAI生成コンテンツ透明性コードとは|AI Act第50条への企業対応
EUのAI生成コンテンツ透明性コードとAI Act第50条の表示義務、コード参加の法的意味及び日本企業が確認すべき事項を解説します。
一次情報
本解説の対象となった公表資料・発表です。
欧州委員会は2026年7月8日、AIボードは同月9日、「AI生成コンテンツの透明性に関するコード・オブ・プラクティス」がAI Act第50条の義務への適切な対応手段であると評価する意見を公表しました。このコードは、AIオフィスが仲介した多数関係者間の協議を経て2026年6月10日に最終版が公表された任意の行動規範です。OpenAIは同月11日、このコードを支持する声明を発表しています。AI Act第50条が定めるAI生成コンテンツの表示義務は2026年8月2日から適用が開始されるため、コードの評価公表とOpenAIの支持表明は、この適用開始直前の一連の動きに当たります。本稿では、コードとCommission Opinionの法的性質を整理した上で、第50条が提供者・デプロイヤーに課す義務内容、コード参加と法令遵守の違い、日本企業が確認すべき事項を説明します。
何が公表されたか
コードの正式名称は「Code of Practice on Transparency of AI-Generated Content」です。策定は2025年9月に開始し、AIオフィスが任命した独立専門家6名が主導し、業界、学界、市民社会、権利者団体及び加盟国代表を含む187以上の関係者が参加する3回の協議を経て、2026年6月10日に最終版が公表されました。コードは、生成AIシステムの提供者向けの標識・検知に関する章と、デプロイヤー向けのラベリングに関する章の2部構成です。
今回の欧州委員会及びAIボードの評価は、このコード自体の公表ではなく、コードに対する適合性評価です。評価文書は、コードがAI Act第50条第2項、第4項及び第5項の義務を適切に網羅し、その実効的な実施を促進すると述べる一方、「Adherence to the code does not constitute conclusive evidence of compliance」(コードへの参加は遵守の決定的な証拠を構成しない)とも明記しています。コードへの参加それ自体が法令遵守を法的に確定させるものではないと考えられます。
このコードは、AI生成・加工コンテンツの検知及び標識に関する義務の実効的な実施を促進するため、AIオフィスがコード・オブ・プラクティスの作成を奨励・促進すると定めるAI Act第50条第7項の枠組みに基づくものであり、汎用AIモデルの提供者向けに第56条が定めるコード・オブ・プラクティスとは別の制度です。今回のコードは、第50条が定める透明性義務の実施を支援する任意の実務指針という位置付けにとどまるため、両者を同一の法的効果を持つ制度として扱うことは避けるべきと考えます。
AI Act第50条が定める義務の内容
第50条の適用開始日は、AI Act第113条に基づき2026年8月2日です。同条は複数の主体に異なる義務を課しており、条文上の区分を混同しないことが実務上の出発点になります。
提供者(provider)の義務は次の2種類です。第1項は、自然人と直接対話するよう意図されたAIシステムについて、利用者がAIと対話していることを認識できるよう設計・開発することを提供者に求めます。状況に照らして明白な場合や、犯罪の検知・防止・捜査等のために法令上認められた用途は例外です。第2項は、音声、画像、映像、テキストの合成コンテンツを出力するAIシステムについて、その出力が人工的に生成又は加工されたものであることを機械可読な形式で標識し、検知可能にすることを提供者に求めます。技術的に実行可能な範囲で、標識の相互運用性及び堅牢性を確保することも求められています。
デプロイヤー(deployer)の義務は次の2種類です。第3項は、感情認識システム又は生体分類システムを利用する場合に、当該システムの運用について自然人に通知することを求めます。第4項は、実在の人物、物、場所、団体又は出来事に酷似し、真正であるかのように誤認させ得るディープフェイク(人工的に生成又は加工された画像・音声・映像)を生成又は加工した場合、その旨を開示することをデプロイヤーに求めます。公共の利益に関する事項を伝える目的で公表されるAI生成テキストについても同様の開示義務があり、人による確認又は編集上の責任を伴う場合は例外となります。第5項は、これらの情報を最初のやり取り又は接触の時点で、明確に区別可能な方法で提供することを求める規定です。
コードが対象とするのは第2項と第4項、そして提供のタイミングと方法を定める第5項です。第1項(対話の通知)と第3項(感情認識等の通知)はコードの対象外であり、この点でも今回の評価対象は第50条全体ではなく、AI生成コンテンツの標識・ラベリングに関する部分に限定されていることが分かります。
任意コード参加と法令遵守は別物である
企業が確認すべき最も重要な点は、コードへの署名がAI Act上の義務の代わりになるわけではないということです。第50条の各義務は法律上の義務であり、コードに署名するかどうかにかかわらず、対象となる提供者及びデプロイヤーは2026年8月2日以降、これらの義務を履行しなければなりません。コードは、義務の履行方法を実務的に示す任意の指針であり、署名しないこと自体は不遵守を意味しないとされています。もっとも、未署名の事業者は監督当局からの情報提供要請を受けやすくなる可能性があるとも説明されています。
コードへの署名を希望する事業者は、初期署名者リストに掲載されるために2026年7月22日18時(中央欧州夏時間)までに、十分な権限を有する上級役員が署名した様式を欧州委員会へ提出する必要があります。初期署名者一覧は、第50条の適用開始日である8月2日より前に公表される予定です。署名した事業者は、欧州委員会及びAIボードによる今回の適切性評価を踏まえ、コードを遵守の証明手段として用いることができるとされていますが、これは第50条の要件を実質的に満たしていることを前提とする実務上の証明手段であって、形式的な適合性の推定を法律上創設するものではないと考えられます。
日本企業への接点と対応
第50条を含むAI Actは、EU域内に拠点を置かない事業者にも適用される場合があります。AI Act第2条は、第三国に所在する提供者及びデプロイヤーであっても、当該AIシステムの出力がEU域内で使用される場合には適用対象となる旨を定めています。したがって、日本企業がEU域内の消費者向けにチャットボットや画像・音声生成サービスを提供する場合、EU域内の子会社や取引先がEU域内向けに当該AIシステムを用いる場合はもとより、日本国内から提供するサービスの出力がEU域内で使用される場合にも、提供者又はデプロイヤーとしての義務が及ぶかどうかを個別に確認する必要があります。
他方で、日本の現行法には、AI生成コンテンツについてEU第50条と同種の表示義務を一般的に課す規定は見当たりません。AI法(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)は活用事業者に対して努力義務を課す推進法であり、生成物への機械可読な標識やディープフェイクの開示を法的義務として定めるものではないと考えられます。したがって、EU域内向けにサービスを提供していない日本企業にとって、第50条の義務が直ちに国内向け事業へ及ぶわけではありませんが、EU向け事業を有する企業では、日本国内の生成AI利用ポリシーとは別に、EU向けの表示要件を切り分けて管理する必要があります。ディープフェイクやなりすましが広告表現に用いられた場合の責任の広がりは、ディープフェイク・なりすまし広告と広報法務でも扱っています。
法務担当者が具体的に確認すべき事項は次のとおりです。まず、自社が提供するAIサービスの利用者又は出力の利用がEU域内に及ぶかどうかを、契約上のサービス提供地域及び実際のアクセス状況の両面から確認します。次に、該当する場合は、自社が第50条上の提供者に当たるのかデプロイヤーに当たるのか、あるいは双方の立場を兼ねるのかを整理します。さらに、コードへの署名を検討する場合は、7月22日の提出期限との関係で、社内のどの役職者が「十分な権限を有する上級役員」として署名するかを確定させます。これからAIサービスを立ち上げる企業がEU域内での展開を視野に入れる場合の初期チェック項目は、AIサービスを始める会社が最初に作るべき法務チェックリストを、社内の生成AI利用ポリシーへEU向け対応を組み込む際の視点は生成AI利用ポリシーの作り方を、それぞれ参照してください。日本のAI法・AI事業者ガイドラインとの関係を横断的に確認する場合は、AI法・AI事業者ガイドライン対応のチェックポイントも参考になります。
今後確認すべき動き
執筆日現在、次の点が未確定又は今後の公表待ちです。初期署名者一覧は2026年7月22日の提出期限を経て8月2日前に公表される予定であり、日本企業の取引先や競合が署名するかどうかはこの時点で明らかになります。欧州委員会による第50条の実施ガイドラインは、2026年3月時点で第2稿が公表され、8月2日の適用開始前に最終版が予定されているとされており、コードとの関係を含む最終的な内容は確定していません。また、コードについては、AIオフィスが少なくとも2年ごとに正式な更新を検討するとされており、今後の改定によって対象範囲や標識方法の詳細が変わる可能性があります。これらの資料が公表され次第、自社が署名企業に含まれるかどうか、及び第50条上の自社の義務内容との差分を確認することが、8月2日の適用開始に向けた次の作業になります。