「生成AI時代の法律事務所 LegalAgent」を創業した理由
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
LegalAgentは、生成AIと弁護士の協働を通じて企業法務のあり方を見直すスタートアップです。私たちは、AIツールを開発して提供するだけでなく、自社で開発したエージェントを弁護士自らが使い、契約書の確認や修正案の作成といった法務業務そのものを依頼者に提供する「AI-BPO(BPaaS)」の事業を展開しています。
具体的には、NDA(秘密保持契約書)のレビューについて1通1万円(税別)という料金例を設けています。サービスでは原則1営業日以内の回答を基本としつつ、対象業務の内容や分量に応じて料金や納期を個別に確認しています。
今回は、私が業務そのものを担う法律事務所を立ち上げた背景や、生成AIを活用する中での試行錯誤、自社開発の取り組みについて振り返ります。
実務経験の中で直面した構造的な課題
私はこれまで、アンダーソン・毛利・友常法律事務所でM&Aなどの企業法務に従事し、その後、スタートアップ支援を専門とするAZX総合法律事務所で実務に携わってきました。いずれの事務所でも多くの実務を学び、弁護士としての貴重な経験を積むことができました。
一方で、日々の業務を通じて、従来の法律実務が抱える構造的な負担を強く意識するようになりました。多くの案件において、若手弁護士やスタッフが大量の書類を読み込んで初稿や調査メモを作成し、上位の弁護士がそれを手直ししていくというピラミッド型の作業分担が採られています。私自身の経験としても、大規模なM&Aのデューデリジェンス(DD)において、10人から15人規模のチームで連日夜遅くまで資料を読み込むことがありました。
依頼者の視点に立った際にも、法務サービスには費用、速度、助言の姿勢という3つの面で課題が生じがちでした。時間単価制による費用の負担、確認完了までに1週間ほどを要して事業の進行を待たせてしまう速度の課題、そして抽象的なリスクの指摘にとどまり、事業を前に進めるための具体的な選択肢に踏み込みにくい保守的な傾向です。
依頼企業からは、避けるべきリスクを伝えるとともに、事業を進めるための選択肢も示してほしいという要望がありました。しかし、多人数が段階的に関わることによる作業の重さや、形式的なリスク回避の姿勢が、その要望に応える妨げになっているのではないかと考え続けていました。
ツール提供にとどまらない法務業務自体の提供
こうした課題意識を持っていた時期に、GPT-4oに触れる機会がありました。それまでのモデルと比較して文脈の理解力や出力の柔軟性が向上しており、法律実務の進め方を大きく変える可能性を強く感じました。AIを適切に活用すれば、大勢の人手による順次確認に頼らずとも、少人数の弁護士で迅速かつ合理的な価格水準の法務支援を提供できるのではないかと考えたことが、創業の出発点となりました。
近年は契約書レビューを行うAIツールの提供が広がっています。業界全体の作業効率化が進む意義は大きい一方で、ソフトウェアの提供だけでは解消しにくい側面もあります。それは、最終的な確認と判断を、利用者側で担う必要があるという点です。AIが論点を抽出しても、「具体的にどう条文を直すか」「相手方とどのように交渉を進めるか」「自社の方針として受け入れ可能か」といった判断は、社内法務や依頼を受けた弁護士などが行います。条文の修正を支援する機能があっても、確認する人は必要です。
また、経営の観点からも、ソフトウェア自体の販売にとどまる場合と、法務業務そのものを請け負う場合とでは、事業として向き合う市場の広がりが異なります。私たちは、ツールの提供にとどまらず、AIを使って法務実務そのものを引き受けることで、完成した成果物に対価をいただく事業モデルを選択しました。
これが、いわゆるBPaaS(Business Process as a Service)と呼ばれる形です。ソフトウェアという道具を提供するだけでなく、業務プロセスそのものを担います。AIが作成した草案を弁護士が綿密に確認し、法的・実務的な整合性を担保した上で完成品として納品します。なお、私たちが開発したWord向けのアドインツールについては、既に外部の法律事務所や企業法務部門向けにも提供を行っていますが、私たちの主軸は、この仕組みを活用して弁護士が責任あるサービスを提供することにあります。
依頼者から見た利用の流れは簡潔です。普段使用しているSlackやTeamsなどのチャットツールを通じて契約書の確認を依頼いただき、背景となる事情や要望を共有いただきます。その裏側でAIと弁護士が協働して作業を進め、修正履歴とコメントを反映したWordファイルをお返しします。依頼者に新しいツールの操作やプロンプトの作成を強いることなく、いつもの手順で依頼して完成品を受け取れる体験を大切にしています。
完全自動化の試行と対話型エディタへの転換
もっとも、最初から現在の運用にたどり着いたわけではありません。創業当初は、AIを用いて業務フロー全体を完全自動化できるのではないかと考え、ノーコードツールのDifyを活用して設計を試みました。秘密保持契約書などを対象に、「特定の条項があれば分岐Aへ、なければ分岐Bへ」といったルールを細かく組み上げていったのです。
その結果、分岐や判定条件が幾重にも重なる大規模なワークフローを200個近く作成することになりました。しかし、実際に運用を始めると、メンテナンスを維持することが極めて困難になりました。法改正への対応、解釈基準の変更、個別の案件ごとに生じる例外的な事情が生じるたびに、膨大なワークフローを手作業で修正し直す必要が生じたためです。法律実務には常に例外が伴うため、すべての状況を事前の分岐プログラムで対応しようとした設計自体に無理がありました。
そこで、完全自動化を目指す方針を改め、人間がAIと対話しながら段階的に完成度を高めていく「Human-in-the-loop」の考え方へと舵を切りました。
ソフトウェア開発の分野では、Cursorのようにコードを見ながらチャットで指示を出し、差分を確認しながら修正していくエディタが親しまれています。この対話型の操作感をWord上で再現できれば、法務の作業も円滑に進められるのではないかと考え、Microsoft Word内で動作する専用アドインを自社で開発しました。

Wordアドインの画面
この仕組みでは、Word画面の横にAIの対話パネルが常駐します。弁護士が「秘密情報の定義を修正してほしい」と指示を出すと、AIが文脈を汲み取って条文を直接書き換え、最小限の差分で修正履歴とコメントを残します。弁護士はAIが作成した下書きを元資料や法令と照らし合わせて検証し、実務に適した形へと仕上げていきます。これにより、弁護士はゼロからの起案作業に追われることなく、内容の吟味と判断に注力できるようになりました。
組織構造の変革と将来の構想
生成AIを前提とした運用が定着することで、法律事務所の組織体制も変化します。従来の「若手が下調べを行い、ベテランが修正する」ピラミッド型から、AIが下準備を行い、経験を積んだ弁護士が内容を確認して方針を決める逆ピラミッド型への移行です。
リサーチや一次草案の作成といった下準備をAIが支援することで、弁護士は提示された内容の妥当性を検証し、事業方針に合致した判断を下す役割に力を注ぐことができます。もちろん、AIの出力を無批判に受け入れるのではなく、人間による正確な検証が前提となります。
この仕組みは、特定の分野に強みを持つ弁護士や小規模な法律事務所にとっても大きな機会になると捉えています。大勢の人員を要していた案件であっても、実務を支えるツールと運用フローを整えることで、案件によっては、少人数の体制で対応できる範囲が広がると考えています。私たちは、専門性を持つ弁護士との連携や将来的な組織の拡大を見据え、生成AI時代に即した法律事務所としての基盤づくりを進めています。
専門職の役割と今後の体制づくり
私たちが実践している事業モデルは、費用の見直しにとどまらず、法務サービスの提供方法そのものを変える可能性を持っています。道具を渡して終わりにするのではなく、AIの力を活かしながらプロフェッショナルが実務に責任を持つ姿勢は、法務に限らず税務やコンサルティングなど他の専門職領域にも広がっていくと考えています。
LegalAgentでは、生成AI時代に適した新しい法務体制を共につくる仲間を募っています。弁護士やエンジニアをはじめとする各職種の募集状況については、現在の採用情報ページをご確認ください。カジュアル面談などを通じて、私たちの取り組みに関心を持っていただける方との対話を歓迎しています。