第2期AI基本計画案とは|日本AX・高性能AI評価・AISI強化の企業影響
政府が決定した第2期AI基本計画案の位置付けと、日本AX、高性能AIの評価体制、AISI強化が企業実務へ与える影響を解説します。
一次情報
本解説の対象となった公表資料・発表です。
政府は2026年7月10日、総理大臣官邸で第5回人工知能戦略本部を開催し、第2期「AI基本計画」の案を決定しました。AI法に基づく人工知能基本計画の最初の改定に当たるもので、「日本AX」を掲げ、バーティカルAI・フィジカルAIへの官民投資、高性能AIの評価体制、AISI(AIセーフティ・インスティテュート)の機能強化を打ち出しています。本稿では、決定された内容とその法的性質を確認した上で、AIサービスを開発・提供・利用する企業が現時点で確認しておくべき事項を説明します。なお、本稿執筆時点(2026年7月12日)で確認できるのは人工知能戦略本部が決定した「案」であり、閣議決定を経た確定版は公表されていません。
第5回人工知能戦略本部で決定された内容
第5回人工知能戦略本部の議題は、「AI法に基づく基本計画(案)」と「バーティカルAI領域別戦略 中間とりまとめ」の2つでした(内閣府・第5回会議資料)。決定された人工知能基本計画(案)は「日本AX、より強く、より豊かに」を副題とし、資料上は「第Ⅱ期」とも表記されます。素案の段階で、2026年6月19日から23日まで意見募集が実施されています。
計画案は、エージェント型AIが急速に伸長し、業務を支援するツールから意思決定と実行を担う主体へ進展したという現状認識を出発点に、「イノベーション促進とリスク対応の両立」「挑戦と学習」「アジャイルな対応」「内外一体での政策推進」の4原則と、「AIを使う」「AIを創る」「AIの信頼性を高める」「AIと協働する」に対応する4つの基本的な方針を定めています。日本の勝ち筋として、領域特化型のバーティカルAIと、現実空間で動作するフィジカルAIに重点を置き、社会全体で意思決定や業務の進め方をAI前提に見直す「AIトランスフォーメーション(AX)」を進めるとしています。特定の国や企業への過度な依存を避ける「AI主権」の確立、計画自体を「当面毎年変更」する方針も明記されました。計画案の脚注では、バーティカルAI、フィジカルAI(特にAIロボット)、半導体に係る官民投資額を2040年度までにそれぞれ23.1兆円、10.5兆円、68.0兆円と想定しています。
あわせて議論されたバーティカルAI領域別戦略 中間とりまとめは、市場性(製造、造船、物流・交通、情報通信、金融、創薬)、公共性(医療・介護・福祉、農林水産、建設、教育、行政、エネルギー)、戦略性(防衛、警察、防災、消防、サイバー、海洋、宇宙、科学研究)の3区分・計20領域を重点支援領域として設定し、2030年までの行程表を作成するとしています。高市内閣総理大臣は会議で、バーティカルAIとフィジカルAIへの官民投資を「強く豊かな日本」投資枠を活用して推進すること、AISIの機能・体制強化を進めることを述べています。
第2期AI基本計画案が企業実務に与える影響
前提として、基本計画の法的性質を確認します。基本計画は、人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(令和7年法律第53号。以下「AI法」)第18条第1項に基づき政府が定める計画であり、名宛人は政府です。AI法自体も事業者に罰則付きの義務を課す規制法ではなく、同法第7条が定める活用事業者の責務は、基本理念にのっとった活用への努力と国・地方公共団体の施策への協力を内容とするものです。したがって、今回の案の決定によって、企業に直ちに新たな法的義務が生じるものではないと考えられます。
もっとも、計画案には企業実務へ波及し得る記載が複数含まれています。
制度面では、AI法第16条に基づく調査研究等をより機動的に運用し、「AI法を含めた制度等を能動的かつ不断に見直す」と明記されました。AI利活用に伴う権利侵害に関する法的整理を含む各種ガイドラインの整備、人工知能戦略本部への技術動向・リスク事案・評価知見の集約と、各府省庁の制度・指針の点検・見直しを促す仕組みの構築も掲げられており、AI関連の規律が毎年単位で動くことが前提となっています。
評価体制の面では、AISIを中心に、AIモデルの評価、トレーサビリティ、ガードレール等の技術的制御、危機時の情報共有を可能とする技術的評価能力を確立・強化し、評価結果を制度・指針・運用改善へ接続する仕組みを整備するとしています。エージェント型AIを含むAIの利活用・開発時の安全性やセキュリティを担保するためのガイドライン策定、国家の安全を脅かす事象を抑止する観点からの高性能AIの積極的な評価、米国CAISI・英国AISI等とのAISI国際ネットワークの活用も明記されました。評価結果が政府調達や指針へ接続されれば、民間企業のモデル選定やベンダー審査でも事実上の参照基準となる可能性があります。
データ・個人情報の面では、統計作成等と整理できるAI開発等にのみ利用される場合に個人データの第三者提供に係る本人同意を不要とする特例や、課徴金制度の創設を含む個人情報保護法の改正案に触れ、「成立した場合には」円滑な施行に向けて下位法令の整備等を進めるとしています。この改正法案は、計画案の決定と同日の2026年7月10日に参議院本会議で可決され、成立しています。計画案の記載は成立前の時点の書きぶりであり、今後の確認対象は、国会審議から、公布と施行期日を定める政令及び下位法令の整備へ移っています。
知的財産と責任の面では、コンテンツホルダーへの対価還元の推進、声の無断利用によるパブリシティ権その他の人格権侵害等に関する不法行為法の解釈等に係るガイドラインの作成と不正競争防止法改正を含む法整備の必要性の検討、AI生成物を巡る知的財産権の在り方の検討、権利侵害や損害が発生した場合の責任分界の継続的な検討が並びます。いずれも検討段階の施策であり、現行法の解釈や適用が変更されたものではありません。
AI法・基本計画・領域別戦略の関係
AI法は2025年6月4日に公布された推進法で、基本理念、国・地方公共団体・研究開発機関・活用事業者等の責務、基本計画の策定、人工知能戦略本部の設置等を定めています。同法の枠組みや事業者への影響はAI法・AI事業者ガイドライン対応の実務論点で扱っています。基本計画については、AI法第18条が閣議決定と公表を求め、変更の場合にも同様の手続が準用されます。第1期の人工知能基本計画は2025年12月23日に閣議決定されており(内閣府・人工知能基本計画)、今回の第2期計画案も、閣議決定を経て初めて政府の計画として確定します。
計画の下には、人工知能戦略本部が2025年12月19日に決定した「人工知能関連技術の研究開発及び活用の適正性確保に関する指針」と、その趣旨に整合する各種ガイドラインが位置づけられます。バーティカルAI領域別戦略は、計画が掲げる重点投資を領域ごとに具体化する実行文書であり、今回のものは名称のとおり中間段階です。
企業に現に適用される規律という観点では、この階層のいずれも直接の行為規範ではなく、企業を拘束するのは個人情報保護法、著作権法、不正競争防止法などの既存法令です。基本計画は、これらの法令や関連ガイドラインが今後どの方向へ見直されるかを示す文書として読むことが適切と考えられます。
企業が現時点で確認する事項
AI調達とベンダー審査では、AISIの評価やガイドラインが公表された場合に参照できるよう、審査項目の枠を用意しておくことが考えられます。具体的には、ベンダー審査票に、利用モデルについて公的な評価・安全性情報が存在するか、ガードレールやログ等の技術的制御をベンダーがどう説明しているかを記載する欄を設けておくと、公表後に速やかに運用へ組み込めます。契約面の確認項目はAIベンダーデューデリジェンスと契約審査で解説しています。政府や自治体にAIサービスを提供する企業は、計画案が政府自らの「適正な調達」と率先導入を掲げているため、調達要件の具体化を継続して確認する対象に加えることが望ましいと考えます。
AI利用規程では、計画案がエージェント型AIを前提に、Human in the loop、Human on the loop、Human in the leadといった人の関与の考え方を注記している点が参考になります。エージェント型AIにどの業務のどの範囲の実行権限を与え、誰がどの時点で確認・停止するかを社内規程で定めておくことは、責任分界の法的整理が固まる前であっても、事故時の説明可能性の確保に資すると考えられます。規程の設計は生成AI利用ポリシーの作り方を参照してください。
取締役会・経営層については、計画案がAIを悪用したサイバー攻撃のリスクに関して「経営層のリーダーシップの下、組織を挙げてリスク対策を実施する」と記載しています。取締役会への報告体制の中に、自社のAI利用状況とあわせて、基本計画の確定や制度見直しを追跡する担当部署と報告頻度を定めておくことが考えられます。確認項目は取締役会でAIガバナンスを議論するときのチェックリストで整理しています。
他方で、計画案そのものから、直ちに契約や社内規程を改定すべき義務は生じません。個人情報保護法改正の成立・施行、AISIのガイドライン、責任分界や知的財産に関する法的整理は、公表され次第、自社の規程・契約への反映要否を判断する事項として追跡リストに載せておく性質のものです。
今後確認すべき政府資料と制度の具体化
執筆日現在、次の資料と動きが未公表又は未確定であり、継続的な確認が必要です。
- 第2期人工知能基本計画の閣議決定と確定版・意見募集結果の公表(内閣府・人工知能基本計画ページ)
- バーティカルAI領域別戦略の最終とりまとめと2030年までの行程表
- AISIによるエージェント型AIの安全性・セキュリティに関するガイドラインと評価情報の公表
- 2026年7月10日に成立した個人情報保護法改正法の公布と、施行期日を定める政令・下位法令の整備状況
- 声の無断利用・パブリシティ権に関するガイドラインの作成と不正競争防止法改正の検討状況
- AI法第16条に基づく調査研究や、権利侵害に関する法的整理を含む各種ガイドラインの整備状況
これらは、いずれも本稿執筆時点の計画「案」を前提とした整理です。閣議決定までに内容が修正される可能性があるため、確定版が公表された段階で、本稿で挙げた事項との差分を確認することが対応の出発点になります。