日本のAI法とは|AI推進法の内容、基本計画及び企業への影響
日本のAI推進法の法的性質、活用事業者の責務、AI基本計画・指針・ガイドラインとの関係及び企業への影響を整理します。
一次情報
本解説の対象となった公表資料・発表です。
政府は2025年6月4日、「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(令和7年法律第53号。以下「AI法」)を公布し、同年9月1日に全面施行しました。AI法は、AI関連技術の研究開発及び活用の推進に関する基本理念、国・地方公共団体・研究開発機関・活用事業者・国民の責務、政府が策定する人工知能基本計画、及び人工知能戦略本部の設置を定める法律であり、禁止行為を列挙するEUのAI Actのような個別規制法とは性格が異なります。AI法の公布から1年余りの間に、人工知能基本計画の閣議決定、人工知能戦略本部による指針の決定、AI事業者ガイドラインの改訂が相次ぎ、企業が参照すべき文書は法律の外側にも積み重なっています。本稿では、AI法本体の構成と法的性質を確認した上で、同法が活用事業者に何を義務付け、何を義務付けていないかを整理し、基本計画・指針・ガイドラインという文書群の階層を、参照すべき順に沿って説明します。
何が定められたか(AI法の構成と法的性質)
内閣府「AI制度(AI法)」ページによれば、AI法は令和7年5月28日に成立し、6月4日の公布と同時に一部施行、9月1日に全面施行されました。法律は本則28条と附則2条から成り、第一章「総則」(第1条から第10条)、第二章「基本的施策」(第11条から第17条)、第三章「人工知能基本計画」(第18条)、第四章「人工知能戦略本部」(第19条から第28条)の4章で構成されます。
第一章は、AI関連技術の研究開発及び活用の推進に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図ることを目的として掲げ(第1条)、経済社会及び安全保障上の重要性、研究開発力の保持と国際競争力の向上、施策の総合的・計画的な推進、透明性の確保、国際協力における主導的役割という基本理念を定めた上で(第3条)、国、地方公共団体、研究開発機関、活用事業者、国民のそれぞれについて責務規定を置いています(第4条から第8条)。第二章は、研究開発の推進や人材育成、国際協力とならび、政府がAIの適正な実施を図るため国際的な規範の趣旨に即した指針の整備その他の施策を講ずるとする規定(第13条)、及び国が調査研究を行い研究開発機関や活用事業者への指導・助言・情報提供を行うとする規定(第16条)を含みます。第三章は政府が人工知能基本計画を定める根拠(第18条)、第四章は内閣総理大臣を本部長、全国務大臣を構成員とする人工知能戦略本部の設置及び所掌事務を定めています。
AI法には罰則規定がありません。附則第2条は、政府に対し、国際的動向その他の社会経済情勢の変化を勘案しながら施行状況を検討し、必要があると認めるときは所要の措置を講ずるよう求めるにとどまります。行政制裁金や禁止行為の類型化は置かれておらず、AI法は個別の行為を直接規律する規制法ではなく、政府の施策の基本方針と推進体制を定める法律と整理できます。
企業への義務の有無(第7条「活用事業者の責務」)
企業に直接関係する規定は、AI法第7条が定める活用事業者の責務です。同条は、AI関連技術を活用した製品又はサービスの開発若しくは提供をしようとする者その他事業活動においてAI関連技術を活用しようとする者を「活用事業者」と定義した上で、基本理念にのっとり自ら積極的なAI関連技術の活用により事業活動の効率化及び高度化並びに新産業の創出に努めるとともに、国及び地方公共団体が実施する施策に協力しなければならないと定めています。
このうち、事業活動の効率化・高度化等への取組は努力義務であり、法的な履行強制の対象ではありません。国・地方公共団体の施策への協力は義務の形式をとった規定ですが、内容は行政が実施する個別施策への協力にとどまり、リスク評価の実施、文書化、第三者機関への届出、適合性評価といった具体的な行為義務を課すものではありません。罰則もありません。したがって、AI法それ自体は、AIを利用する企業に新たな作為義務や禁止行為を課す法律ではないと考えられます。
もっとも、この整理はAI法という個別の法律についてのものであり、個人情報保護法、著作権法、不正競争防止法その他の既存法令がAIの研究開発や利用の場面に適用されることまで免除するものではありません。既存法令上の義務は、AI法の制定前後を問わず引き続き適用されます。
AI法・基本計画・指針・ガイドラインの階層
第18条に基づき政府が定める人工知能基本計画は、同条により閣議決定と公表が求められ、変更の場合にも同様の手続が準用されます。名宛人は政府であり、最初の計画は「信頼できるAI」による「日本再起」を副題として2025年12月23日に閣議決定されました。計画は政府が講ずべき施策の基本的な方針を示す文書であり、活用事業者に直接向けられた行為規範ではありません。なお、第2期に当たる計画案は2026年7月10日の人工知能戦略本部で決定されましたが、本稿執筆時点で閣議決定は確認できておらず、内容は別稿で扱っています。
計画の下に位置するのが、第13条に基づき人工知能戦略本部が2025年12月19日に決定した「人工知能関連技術の研究開発及び活用の適正性確保に関する指針」です。指針は、第4条から第8条が責務を定める国、地方公共団体、研究開発機関、活用事業者、国民という全ての主体を対象に、人間中心、公平性、安全性、透明性、アカウンタビリティ、セキュリティ、プライバシー・個人情報、公正競争、AIリテラシー、イノベーションという要素を示した上で、リスクベースのアプローチ等の基本方針を掲げています。指針自身が「自主的かつ能動的な取組を促す」ものと位置付けており、新たな法的義務を創設する文書ではありません。
この指針と併せて参照されるのが、総務省・経済産業省が共同で策定するAI事業者ガイドライン等の各府省庁ガイドラインです。その多くは指針より前から存在する文書であり、指針に基づく下位規範として新設されたものではありませんが、政府は人工知能基本計画において、指針の趣旨と整合する各種ガイドラインを整備してきたと位置づけています。いずれもAIの開発・提供・利用の各局面で事業者が参照できる具体的な確認事項を示す文書であり、法的拘束力を持つものではありません。ガイドラインの版数と対応チェックポイントはAI法・AI事業者ガイドライン対応のチェックポイントで扱っています。
こう整理すると、企業を法的に拘束するのはAI法第7条の協力義務に限られ、基本計画、指針、ガイドラインはいずれも拘束力を持たない政府の方針又は行政指導的な文書です。もっとも、ガイドラインへの対応状況は、取引先からのAIベンダーデューデリジェンスや契約審査の場面で、事実上の確認事項として扱われる場面が増えていくと考えられます。
企業が現時点で確認する事項
法的な義務が限定的であることは、企業が何もしなくてよいことを意味しません。AIベンダーとの契約審査では、契約書のベンダー表明保証条項に、AI事業者ガイドライン又は指針が示す要素(学習データの出所、出力の信頼性、セキュリティ対策等)についての説明義務や情報提供義務が盛り込まれているかを、次回の契約更新時に確認することが考えられます。ベンダーDDの視点はAIベンダーデューデリジェンスと契約審査のチェックポイントで解説しています。
社内の生成AI利用ポリシーについては、指針が挙げる人間中心、透明性、アカウンタビリティ、セキュリティ、プライバシー・個人情報の各要素を、既存の規程のどの条項でカバーしているかを一度棚卸しすることが、実務上の出発点になります。棚卸しの結果、規程に明記のない要素があれば、既存の情報セキュリティ規程や個人情報取扱規程への追記で足りるか、生成AI利用ポリシーとして独立させるかを判断する材料になります。規程設計は生成AI利用ポリシーの作り方を参照してください。
取締役会への報告体制については、人工知能基本計画や指針の改定状況を誰がどの頻度で追跡し、取締役会にいつ報告するかを、次回の取締役会資料の作成担当部署とあわせて確認しておくと、改定のたびに個別対応する負担を避けられます。確認項目は取締役会でAIガバナンスを議論するときのチェックリストで整理しています。
今後確認すべき制度見直しの動き
AI法附則第2条は、政府に対し施行状況の検討と必要な措置を継続的に求めています。人工知能基本計画も、政府自身が当面毎年変更する方針を掲げており、法律以外の文書は今後も改定が続く前提で運用する必要があります。執筆日現在、次の点が未確定又は未公表であり、確認を継続する必要があります。
- 第2期人工知能基本計画の閣議決定の有無と確定版の内容
- AI事業者ガイドラインの改訂状況と版数
- AI法附則第2条に基づく施行状況の検討結果と、AI法自体の改正の要否
- 2026年7月10日に成立した個人情報保護法改正法の公布・下位法令の整備など、基本計画が言及する関連法令の状況
いずれも、公表され次第、自社の契約審査や社内規程への反映要否を判断する材料として扱う性質のものです。