Getty Images対Stability AI英国判決|生成AI・著作権・商標の判断範囲
Getty Images対Stability AI英国判決について、取り下げられた請求と実際の判断範囲を分け、著作権・商標の結論を整理します。
一次情報
本解説の対象となった公表資料・発表です。
英国高等法院ビジネス・不動産裁判所知的財産リスト(High Court of Justice, Business and Property Courts of England and Wales, Intellectual Property List (ChD))のJoanna Smith判事(Mrs Justice Joanna Smith DBE)は、2025年11月4日、Getty ImagesとStability AIの間の訴訟について判決を言い渡しました(事件番号IL-2023-000007、中性引用番号[2025] EWHC 2863 (Ch))。本件は、画像生成AIモデルStable Diffusionの開発と提供をめぐり、著作権侵害、データベース権侵害、商標権侵害及びパッシングオフが争われた訴訟であり、英国の裁判所が生成AIモデルの学習・提供と知的財産権の関係について判断を示した初めての事例です。もっとも、審理の終盤でGetty Imagesは請求の主要な部分を取り下げており、判決が判断したのは当初の請求全体ではなく、絞り込まれた後の一部の争点にとどまります。本稿では、取り下げられた請求と実際に判断された請求を区別した上で、認容部分と棄却部分を整理し、日本企業が確認すべき実務上の論点を検討します。
何が問題となったか(訴訟の経緯と取り下げられた請求)
Getty Imagesは2023年1月16日に本件訴訟を提起しました。当初の請求には、Stable Diffusionの学習用データセット(LAION-5Bの一部)にGetty Images及びiStockの画像が無断で含まれていたことを理由とする学習・開発行為自体の著作権侵害(Training and Development Claim)、生成された画像がGetty Imagesの著作物を複製しているとする出力物の著作権侵害(Outputs Claim)、及びこれらに付随するデータベース権侵害(Database Rights Infringement Claim)が含まれていました。
しかし、2025年6月の審理終結間際、Getty Imagesはこれらの請求をいずれも取り下げました。学習・開発行為が英国内で行われたとの証拠がないこと、出力物の著作権侵害を基礎付けていたプロンプトをStabilityが既にブロックし救済の目的が実質的に達成されていたこと、及びデータベース権侵害がこれらの請求に付随するものであったことがその理由です。したがって、本判決は、AIモデルの学習行為そのものが著作権侵害に当たるかという論点には判断を示していません。この点は、判決の射程を理解する上で最も注意すべき事項と考えられます。
審理の対象として最終的に残ったのは、(i) Stable Diffusionの通常の利用によって、Getty Images又はiStockの商標を含む合成画像が生成される場合の商標権侵害(商標法1994年10条1項、2項及び3項)とパッシングオフ、並びに(ii) Stable Diffusionの輸入・保有・頒布行為が、著作権・意匠・特許法(CDPA)27条3項にいう「侵害複製物」の輸入等に当たるとする二次的侵害(CDPA22条、23条)です。Getty Imagesは、Stable Diffusion自体がGetty Imagesの著作物のコピーを含む、又は保存していると主張したのではなく、モデルの重み(weights)を作る過程で著作物が複製されたことをもって、モデル自体が侵害複製物に当たると構成しました。
商標権侵害・パッシングオフについての裁判所の判断
裁判所は、まずStabilityの直接的な責任の範囲を検討しました。Stable Diffusionの初期版(v1.x)は、Stabilityと学術研究機関CompVis等との共同作業により開発され、CompVisのGitHub及びHugging Faceのページで公開されたものであり、裁判所は、StabilityがCompVisの開発・公開行為に関与・支援したことは認めつつも、Stabilityがv1.xの公開について直接の不法行為責任を負う立場にあったとまでは認定できないと判断しました。
商標権侵害については、モデルのバージョンごとに区別した上で、限定的な認容にとどまりました。10条1項(同一標章・同一商品役務)に基づく請求は、DreamStudio又はAPI経由でv1.xを利用したユーザーがiStockの透かし(watermark)を含む画像を生成した事実についてのみ認められ、Getty Images自身の透かしについては同項の請求を棄却しています。10条2項(混同のおそれ)に基づく請求は、同じくv1.xのiStock透かしに加え、v2.xのユーザーがGetty Images透かしを含む画像を生成した事実についても認められました。他方、ブランドの希釈化やただ乗りを問題とする10条3項の請求は全面的に棄却され、SD XL及びv1.6については、ユーザーが実際に透かし付き画像を生成した証拠が一切ないことを理由に、いずれのバージョンについても商標権侵害の主張が認められませんでした。パッシングオフについては、双方から追加の主張がなかったことを踏まえ、商標権侵害の判断に付け加えるべき点がないとして、裁判所は判断を示さないという整理を採用しています。このほか、著作物の権利帰属及び一部のライセンス契約が独占的ライセンスに当たるかという争点についても、対象ごとに認容と棄却が分かれています。
モデルの重みは「侵害複製物」か
本判決の中心的な争点は、二次的侵害の成否、すなわちStable Diffusionのモデルの重みがCDPA27条にいう「侵害複製物(infringing copy)」に当たるかでした。裁判所はまず、27条にいう「物品(article)」は有体物に限られず、電子的な形で保存された無体の複製物も含み得ると判断しました。しかし、この判断は請求の帰趨を左右しませんでした。裁判所は、ある物品が「侵害複製物」であるというためには、その物品が著作物の複製を含んでいた瞬間が存在することが必要であるとし(Sony Computer Entertainment Inc v Ball事件の判断枠組みを踏襲)、Stable Diffusionのモデルの重みは、学習過程でGetty Imagesの著作物にさらされることでその内容が変化したとしても、完成した重みそのものは著作物を保存又は複製したことがなく、今後もないと認定しました。学習用画像の複製が行われた時点とモデルが完成した時点とが同時であるというGetty Imagesの主張について、裁判所は「モデルが作られた瞬間に侵害複製物になる」という理解は誤りであるとして採用しませんでした。この判断により、二次的侵害の請求は棄却されています。
なお、Getty Imagesは2025年12月の付随手続の期日において、この二次的侵害請求の棄却部分について控訴の許可を申し立て、裁判所はこれを許可しています。許可の理由として、「侵害複製物」の解釈が生成AIモデルという無体の物品に広く影響し得る、先例のない重要な法律問題であることが挙げられています。
判決が判断していないこと
本判決を紹介する記事の一部には、生成AIの学習が適法又は違法であると判断されたかのような見出しが見られますが、そのような理解は正確とはいえません。判決が判断していない事項として、少なくとも次の点を区別しておく必要があります。学習・開発行為自体の著作権侵害(Training and Development Claim)は、Getty Imagesが取り下げたため判断されていません。出力画像がGetty Imagesの著作物を複製しているとする主張(Outputs Claim)も同様に取り下げられ、判断の対象外です。データベース権侵害の主張も取り下げられています。パッシングオフについては、裁判所が判断を留保しています。学習に利用された著作物の点数についても、裁判所は認定を行わないと明言しました。
したがって、本判決から読み取れるのは、「英国においてStable Diffusionの学習・開発が行われたという証拠が本件では認められなかった」こと、及び「モデルの重み自体は、著作物を保存も複製もしていない限り、CDPA上の侵害複製物には当たらないと判断された」ことであり、生成AIの学習行為一般について適法性の判断が示されたわけではありません。
日本企業への示唆
本判決は英国のCDPA及び商標法の解釈に関するものであり、日本の著作権法上の帰結として読むことはできません。日本法では、AI学習のための著作物の利用について著作権法30条の4という独自の権利制限規定が存在し、著作物の享受を目的としない利用を一定の要件のもとで許容する構造を採っています。これに対し、本判決は、そのような明文の学習用データ例外規定を前提とせず、複製・侵害複製物・二次的侵害という既存の条文の解釈によって、モデルの重みが著作物の複製物に当たるかを判断したものです。制度の枠組みが異なるため、本判決の結論を日本法上の30条の4の適用場面にそのまま持ち込むことは適切でないと考えられます。学習データと著作権の関係を日本法の観点から確認する際のチェックポイントは、生成AIと著作権・学習データのチェックポイントで整理しています。
もっとも、企業実務への示唆は複数あります。生成AIサービスを利用してマーケティング素材や画像コンテンツを作成する企業は、生成物に他社の商標や透かしが写り込む可能性を踏まえ、ベンダーが出力段階でどのようなフィルタリングを行っているかを確認しておくことが実務上の対応として求められます。本判決が、DreamStudioやAPI経由の生成についてのみ商標権侵害を認め、モデルをダウンロードして利用する形態については同様の認定を行わなかった点も踏まえ、提供方式ごとにベンダーの管理体制を切り分けて確認する視点が参考になります。AIベンダーとの契約においては、モデルの学習データの出所、権利処理の状況及び生成物に関する責任分界を確認することが実務上重要です。ライセンス契約のレビュー観点はライセンス契約書のレビューで見るべき知的財産と利用範囲、知的財産の帰属条項の確認事項は知的財産権帰属条項レビューのチェックポイントで解説しています。
さらに、本判決が示した「モデルの重みは侵害複製物に当たらない」という判断は、Getty Imagesの控訴により見直される可能性があります。AIベンダーの調達審査や契約条項の設計において、この判断を確定した法理として前提に置くことは時期尚早であり、控訴審の帰趨を確認しながら評価を更新していく必要があると考えられます。
今後確認すべき動き
執筆日(2026年7月12日)現在までに確認できた情報は次のとおりです。2025年12月16日から17日にかけて開かれた付随手続の期日において、Joanna Smith判事は、二次的侵害請求を棄却した部分についてGetty Imagesに控訴の許可を与え、Getty Imagesは2026年2月3日までに控訴状を提出する必要があるとされました。他方、Stabilityが求めた商標権侵害認定部分に関する控訴許可は却下されており、Stabilityが控訴を追行するには控訴院(Court of Appeal)に対して自ら許可を申し立てる必要があります。
もっとも、Getty Imagesが期限までに実際に控訴状を提出したか、控訴院における審理期日が指定されたか、及びStabilityが独自に控訴許可を申し立てたかについては、執筆日現在確認できていません。したがって、本判決が確定しているか否かは未確認であり、企業が調達審査や契約設計の前提とする場合には、控訴の進行状況を継続的に確認する必要があります。