契約とは?企業法務で最初に押さえるべき契約の基本
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
契約書レビューの相談を受けていると、個別の条項に入る前に、「そもそもこれは契約として成立しているのか」「メールや発注書のやり取りだけでも法的な効力があるのか」「押印のない契約書は無効なのか」といった疑問が寄せられることがあります。法務の担当者にとっては初歩的な論点に見えるかもしれませんが、事業部門にとって契約は日常の業務のなかで自然に交わされるものであり、必ずしも「契約書」という形をとっているとは限りません。SaaSの利用申込みやチャットでの納期調整、Web上の利用規約への同意など、契約が結ばれる場面は多岐にわたります。
契約書の有無と合意の成立、社内承認と署名権限を分けて確認しておくと、こうした疑問に答えやすくなります。
法的効果を生じさせる合意としての契約
契約とは、端的にいえば当事者間に法的な権利や義務を生じさせる合意です。
民法522条1項では、契約は契約の内容を示して申込みをした者に対し、相手方が承諾をしたときに成立すると定められています。また同条2項により、法令に特別の定めがある場合を除いて、契約の成立に書面の作成などの特定の方式を要しないとされています。
したがって、正式な契約書を取り交わしていなくても、申込みと承諾が存在し、契約内容が特定できていれば契約は成立している可能性があります。口頭での合意や電子メールでのやり取り、Webフォームからの送信であっても、契約としての効力が認められる場面は少なくありません。もっとも、企業法務の現場では「契約が成立しているか」という形式的な確認だけでは足りません。
実務上問われるのは、誰が何を、いくらでいつまでに履行することに合意したのかを、後から客観的に説明できるかどうかです。契約書には、契約を成立させる機能に加えて、取引条件を証拠として残し、社内外の認識の食い違いを防ぐ道具としての役割があります。
契約書の有無と紛争予防の役割
書面がなくても契約が成立し得ると聞くと、「では契約書を作らなくてもよいのではないか」と思われるかもしれません。合意の記録が十分に残っていないと、後で争いになった際に取引条件を証明しにくくなります。
たとえば、業務の具体的な範囲、成果物の納品義務なのか作業時間の提供なのかという区別、検収の基準や期間、追加費用が生じる条件などは、書面がないと認識がずれやすい代表例です。さらに契約期間や更新の定め、中途解約の可否、損害賠償の範囲や上限、秘密情報や個人情報の取扱制限、知的財産権の帰属先といった項目も、口頭や簡潔なメールだけでは曖昧になりがちです。
こうした取り決めは、取引が順調に進んでいる間は意識されないこともあります。しかし、納期の遅延や納品物の品質をめぐる不満、情報の漏えいといった問題に直面した瞬間に、その解釈をめぐって争いになることがあります。契約書レビューとは、単に文言の体裁を整える作業ではなく、将来争いになりやすい事項を取引の開始前に洗い出し、双方の認識をそろえる作業といえます。
契約の成立要件と社内承認手続の違い
企業法務において混同されがちなのが、相手方との間での契約の成立と、自社における社内承認の違いです。社内稟議や押印の申請、取締役会決議を経ていない段階であっても、相手方との関係では対外的に契約が成立したと評価される場合があります。一方で、契約書に社印が押されていたとしても、社内の職務権限規程や決裁基準に反していれば内部統制上の違反となり、後日の監査や関係者への説明責任で問題視されることになります。
ただし、社内手続に不備のある契約が会社に対して法的な効力を生じるかどうかは、締結行為者の代理権限の有無や外観、法令上必要な承認の存否、相手方の善意・悪意や過失の有無などによって結論が分かれます。社内手続に問題があるからといって必ず無効になるわけでも、逆にすべて有効になるわけでもありません。
したがって実務においては、相手方との間で対外的に契約が成立しているか、合意内容を裏付ける証拠が確保されているか、社内規程に沿った承認が得られているか、署名者や電子署名者に正当な権限があるか、そして将来の会計処理や債権回収、監査やデューデリジェンスの際にきちんと説明できるかという観点を切り分けて確かめることが大切です。特に成長段階にある企業では、取引スピードを優先するあまり社内承認と契約締結の手順が前後しやすいため、契約書自体の文面に加えて締結前後の運用手続きにも目を配る必要があります。
契約類型に応じた着眼点と定型約款
契約を見直す際は、契約類型ごとに着目すべき法令や実務上の争点が大きく異なる点に配慮しなければなりません。秘密保持契約、業務委託契約、投資契約など、類型が変われば確認すべき条項も交渉の余地も変わります。
業務委託契約では成果物の有無や検収手順、再委託の可否、知的財産権の帰属、損害賠償の範囲が主な論点になります。SaaSの利用規約ではサービスの停止条件やデータの利用権限、規約変更のルールを確かめます。なお、すべてのSaaS規約が民法上の定型約款に該当するわけではありません。定型約款に該当するかどうか、また契約内容への組入れ要件を満たしているかを確かめたうえで、個別の合意を経ずに一方的に変更する条項については、民法548条の4に定められた実体的な要件と周知等の手続を満たしているか検討します。投資契約では対象となる株式の内容や表明保証、優先引受権、株主間契約との整合性などが焦点となります。
売買契約における契約不適合責任は成果物を伴う業務委託でも類似の配慮を要しますし、秘密保持義務は単独のNDAにとどまらずM&Aや開発委託、ライセンス契約でも中心的な確認事項となります。また損害賠償条項は一般的な定型文に見えても、取引規模や取り扱う情報の重みに応じて調整を要します。契約審査ではまず契約類型を見極め、その類型特有の論点と各契約に共通する一般条項を整理して読み進めることが、手戻りを防ぐ近道となります。