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シンガポール法務省の生成AI利用ガイド|法律実務での検証・秘密保持・監督

シンガポール法務省の法務セクター向け生成AI利用ガイドについて、検証、秘密保持、透明性及び監督の確認事項を解説します。

ニュース発生日
LegalAgent公開日
更新日
執筆者
朝戸 統覚
監修者
朝戸 統覚
公開状態
監修済み

一次情報

本解説の対象となった公表資料・発表です。

シンガポール法務省(Ministry of Law、以下「MinLaw」)は2026年3月6日、法律分野における生成AI利用ガイドの公表を発表しました。公表されたGuide for Using Generative AI in the Legal SectorはMinLaw単独の発行であり、2025年9月の意見募集を経て確定しました。ガイド自身が「非拘束的(non-binding)」であると明記しており、法律事務所や企業法務部を法的に拘束する規則ではなく、必要に応じて改定される参照資料です。本稿では、ガイドが示す専門職倫理・秘密保持・透明性の3原則と、導入プロセスで確認すべき項目を整理した上で、日本の法律事務所・企業法務部が自社の生成AI利用ルールを点検する視点として紹介します。

ガイドの位置づけと法的性質

ガイドの対象は、法律事務所の弁護士や社内弁護士(in-house counsel)にとどまりません。パラリーガル、法律秘書、法務テクノロジスト、法務プロジェクトマネージャーといった隣接専門職、代替的リーガルサービス提供者、法学生、さらに法律分野向けにGenAIツールを開発・提供する事業者までを対象に含めています。ガイド本文は、Infocomm Media Development Authority(IMDA)とAI Verify Foundationが公表したModel AI Governance Framework for GenAIを基礎とし、シンガポール裁判所が定める生成AI利用に関する裁判所利用者向けガイドを補完し、National AI Strategy 2.0が求める分野別の対応方針と整合させたものと説明しています。ガイド中で製品名を挙げている箇所も、特定製品の推奨や関係事業者の是認を意味しないと注記されています。

法的な位置づけとしては、シンガポール弁護士法(Legal Profession Act 1966)及び同法に基づく職務行為規則(Legal Profession (Professional Conduct) Rules 2015、以下「PCR」)が弁護士の既存の義務を定めており、ガイドはこれらの既存義務をGenAIの利用局面に当てはめて具体化したものです。したがって、ガイドが新たな義務を創設する文書だとは位置づけられていません。弁護士法上の責任、有能性、秘密保持義務等の適用関係をGenAI利用の場面へ当てはめて整理した実務資料と理解するのが妥当と考えられます。社内弁護士については、シンガポール企業法務協会(SCCA)の倫理規程(SCCA Code of Ethics)が同様に参照されています。

専門職としての責任と人による監督

ガイドは、GenAIを利用したか否かにかかわらず、成果物の品質と正確性についての責任は最終的に弁護士・法務専門職に帰属するという原則を第一に置いています。PCR第5条は誠実、有能及び注意義務を定めており、ハルシネーション(もっともらしいが誤った出力)やバイアスのリスクを踏まえても、GenAI出力を検証せずに成果物へ組み込む行為は、この義務違反につながり得るという整理です。

ガイドが示すリスクベースのアプローチは、業務の性質によって求める監督の水準を変える発想に立っています。行政事務やメモ作成のような可逆的で影響の小さいタスクは、AIの出力を事後的にサンプル確認する程度の監督で足りるとする一方、裁判所への提出書面、規制当局への提出物、商業契約、法的助言のように法的効果や第三者への影響が大きいタスクでは、最終判断の前に法律専門職が事実、引用及び法的推論を検証することを求めています。監査ログや根拠の引用、確信度スコアといった追跡可能性の機能を備えたツールほど、検証を効率化できるという位置づけです。専門外の分野でGenAIを使う場合には、より慎重な確認が必要になるとも記載されています。

秘密保持とツール選定における確認事項

PCR第6条は、業務上取得した情報の秘密保持義務を弁護士に課しています。ガイドは、この義務がメールやクラウドサービスの利用と同様、GenAIの利用自体を禁じるものではなく、適切な保護措置を講じることで足りるとした上で、無断でのモデル学習への利用、権限のない第三者(同一組織内の無権限者を含む)によるアクセス、プロンプトインジェクション等の攻撃を主なリスクとして挙げています。

実務対応としては、無料版ツール、企業向けの商用パッケージ製品(COTS)、自社開発システムの順に秘密保持の水準が高まるという整理を前提に、機密性の高い情報には企業向け製品を優先すること、ベンダーの利用規約を確認して入力・出力データがモデル学習に利用されるか否かを把握すること、学習利用のオプトアウト設定を有効にすることが挙げられています。無料版ツールをやむを得ず使う場合には、当事者名や金額を仮名・記号に置き換えて匿名化する、仮定の事例として質問する、契約書全体を渡さず該当条項のみを入力するといった代替手段も示されています。データが国外のサーバーに保存される可能性がある場合には、依頼者のデータ保存地域に関する要求と抵触しないかを確認する必要があるとも述べています。

クライアントへの開示

PCR第5条の誠実義務は、依頼者の利益に影響し得る事項の説明義務も含みます。ガイドは、成果物の作成にGenAIを実質的に用いた場合、GenAIの利用によって従来の時間制課金を超える費用を依頼者に請求する場合、GenAIツールのデータ取扱いが依頼者のデータ保存地域等の希望と抵触し得る場合の3つの局面で、依頼者への開示を検討すべきだとしています。開示の方法としては、委任契約書(engagement letter)や事務所のウェブサイト、依頼者とのやり取りの中での説明が挙げられ、利用するツール、利用する業務工程、検証方法を伝えること、GenAI利用の有無にかかわらず成果物の責任は弁護士が負うことを明確にすること、依頼者がGenAI利用の適用除外を求められる余地を用意することが望ましいとされています。裁判所提出書面については、別途シンガポール裁判所のガイドが、求めがあればGenAI利用の有無と検証方法を説明できる状態を維持するよう求めています。

導入プロセスとベンダー選定のチェック項目

ガイドは、基本的なツールの利用から始める段階、法律業務向けの商用パッケージ製品を導入する段階、独自のGenAIシステムを開発する段階という3段階の導入区分を設定し、それぞれの段階に応じた5つの実施ステップを示しています。出発点となるのは、AI利用の担当者又は委員会の設置、承認済みツールと許容されるデータの範囲、データの機密区分、調達時のデューデリジェンス基準、依頼者への開示手順、インシデント対応手順を含む社内方針の整備です。続いて、自組織の業務のどこにGenAIを使うかという需要の見極めと、データの機密性・タスクのリスク水準・費用対効果を踏まえた実施可否の評価に進み、データの取扱い方針、技術要件との適合性、性能評価、ベンダーの実績という観点からのツール評価へとつなげます。その上で、試験導入とプロンプトの改善、利用状況のモニタリング、利用者向け研修を含む導入と定着を行い、当初目的との対比による効果検証と方針の見直しで一巡します。

日本の法律事務所・企業法務部が点検すべき事項

ガイドが根拠とするPCR第5条・第6条やSCCA倫理規程は、いずれもシンガポール法上の職務規律であり、日本の弁護士職務基本規程や個人情報保護法上の義務そのものではありません。日本の法律事務所・企業法務部にとっての意味は、シンガポールの規律を輸入することではなく、既に負っている守秘義務や説明義務をGenAI利用の場面でどこまで具体化できているかを、比較の物差しとして点検することにあると考えられます。GenAI出力の最終確認を人が行うべきことは、当事務所でも生成AIの回答はそのまま使わない、必ず人が最終確認する理由で扱っていますが、ガイドが加えているのは、確認の程度をタスクのリスク水準ごとに変える発想です。条文番号や判例の引用については条文番号・出典は必ず自分で確認するの考え方と重なります。

読んだ法務担当者・弁護士が翌日に確認できる事項は次のとおりです。

  • 業務内容ごとの人による確認水準(提出書面・契約書は弁護士による事実・引用・法的推論の検証、社内メモや議事録要約はサンプル確認)を自社の生成AI利用ポリシーが書き分けているか
  • 利用中のGenAIツールについて、入力・出力データがモデルの学習に使われるか、依頼者データが国外のサーバーに保存され得るかをベンダーの利用規約で確認したか
  • 依頼者に費用面で影響する形でGenAIを使う場合や、依頼者のデータ取扱いに関する希望と抵触し得る場合に、委任契約書や説明でどう開示するかを定めているか

生成AIを法務でどこまで、どの場面で使うかという役割分担の考え方はAI弁護士とは?生成AI時代の企業法務で弁護士とAIをどう使い分けるかでも整理しており、あわせて確認する対象になります。ガイドは今後も改定が予定されている文書であるため、次の改定内容と、日本国内でこれに相当する法律実務向けの指針が公表されるかどうかは、引き続き確認が必要な事項です。

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