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AI News Analysis

Mata v. Avianca事件|ChatGPTの架空判例提出で制裁された理由

Mata v. Avianca事件の制裁決定から、ChatGPT由来の架空判例提出、確認不足、指摘後の対応及びFRCP第11条の判断を解説します。

ニュース発生日
LegalAgent公開日
更新日
執筆者
朝戸 統覚
監修者
朝戸 統覚
公開状態
監修済み

一次情報

本解説の対象となった公表資料・発表です。

ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所(S.D.N.Y.)のP. Kevin Castel判事は2023年6月22日、Mata v. Avianca, Inc.事件(22-cv-1461、678 F.Supp.3d 443)の制裁決定(Opinion and Order on Sanctions)を出しました。原告側代理人がChatGPTを使って調査した架空の判例を準備書面に引用し、裁判所や相手方の指摘を受けた後もその存在を押し通した結果、弁護士2名と所属法律事務所に連邦民事訴訟規則(FRCP)第11条に基づく制裁金の支払等が命じられた事件です。生成AIの利用が業務に定着した2026年時点で本件を読み直す意味は、制裁の理由がAIを使ったこと自体ではなく、確認を怠り、かつ指摘後も訂正しなかった点にあることを、決定本文に即して確認できる点にあります。本稿は同決定の原文を確認した上で執筆しています。

訴訟の発端とChatGPTが作った架空判例

本件は、原告Roberto MataがAvianca機内でサービスカートに左膝を打たれて負傷したと主張し、2022年2月2日にニューヨーク州裁判所へ提起した人身傷害訴訟が発端です。Aviancaはモントリオール条約上の連邦問題管轄を主張して同年2月22日に連邦地裁へ移送しました。原告代理人であるLevidow, Levidow & Oberman法律事務所(以下「Levidow事務所」)のPeter LoDuca弁護士が同地区での訴訟代理人として届出をしましたが、実際に調査と起案を担当したのは、同地区での訴訟資格を持たないSteven Schwartz弁護士でした。

2023年1月13日、Aviancaはモントリオール条約の2年の出訴期間徒過を理由に訴え却下を申し立てました。これに対しLoDuca弁護士が同年3月1日に提出した意見書(Affirmation in Opposition)は、Schwartz弁護士がChatGPTを用いて調べた判例を根拠としていましたが、その中の複数件(Varghese事件、Shaboon事件、Petersen事件、Martinez事件、Durden事件、Miller事件等)は実在しない判例でした。決定本文によれば、Schwartz弁護士はChatGPTに「モントリオール条約上の出訴期間が被告の破産により停止したことを裏付ける判例を示せ」という趣旨のプロンプトを重ね、ChatGPTがそのたびに架空の判例を作出したという経緯です。架空判例の一つは実在する連邦高裁判事の氏名を著者として記載しており、決定はこの点についても後述の是正措置を命じています。

指摘を受けてもなお押し通した経緯

Aviancaは同年3月15日の再答弁書で、意見書に引用された判例の大半を発見できないと指摘しました。裁判所自身も該当判例を確認できず、同年4月11日及び12日の命令でLoDuca弁護士に判例本文の写しの提出を求めました。ここでLoDuca弁護士が意見書を撤回し、Schwartz弁護士による調査の実態を裁判所に説明していれば、本件の記録は大きく異なっていたはずだと決定は述べています。しかし両弁護士は訂正せず、同年4月25日、LoDuca弁護士は架空判例の抜粋(一部は本文全体ではなく抜粋のみ、Zicherman事件は「発見できなかった」との記載付き)を宣誓供述書として提出しました。

裁判所は同年5月4日、まずLoDuca弁護士に対し、FRCP第11条(b)(2)及び(c)、合衆国法典28編1927条、裁判所の固有の権限に基づき制裁を科すべきでない理由を示すよう命じるOrder to Show Cause(OSC)を発しました。両弁護士が判例が実在しないことを初めて認めたのは同年5月25日の宣誓供述書で、Schwartz弁護士がChatGPTに「Vargheseは実在する判例か」と尋ねたやり取りのスクリーンショットも添付されました。裁判所は同年5月26日、Schwartz弁護士とLevidow事務所にも制裁対象を広げる追加のOSCを発し、同年6月8日に審尋期日を開いた上で、同年6月22日付でこの制裁決定を出しています。決定は、意見書の提出時点の不注意よりも、相手方と裁判所の複数回の指摘を受けてなお訂正せず架空判例を維持し続けた点を、主観的な悪意(subjective bad faith)の重要な根拠として位置づけています。

裁判所が示した制裁の根拠と内容

決定は、LoDuca弁護士について意見書の判例を一件も確認せずに署名・提出した点、Schwartz弁護士についてChatGPTの調査結果を「補足」に過ぎないと説明しながら実際には唯一の調査手段だったと後に認めた点等を挙げ、両弁護士がFRCP第11条(c)(1)の下で主観的な悪意をもって同条(b)(2)に違反したと認定しました。Levidow事務所についても、同条(c)(1)の「例外的な事情がない限り法律事務所は連帯責任を負う」との定めに基づき連帯責任を認めています。他方、合衆国法典28編1927条(訴訟遅延目的の濫用を対象とする規定)による制裁は、本件の弊害が訴訟遅延そのものではなかったことを理由に見送られました。

科された制裁は、法律事務所と弁護士2名が連帯して負担する5,000ドルの制裁金(裁判所への納付)に加え、次の付随的措置です。原告Mataに対し、本決定、審尋期日の反訳及び4月25日付宣誓供述書一式を書留で送付すること、架空判例に著者として記載された実在の各裁判官に対しても同様に本決定と当該架空判例を送付すること、そしてこれらの送付を証する書面を14日以内に裁判所へ提出することが命じられました。裁判所は、強制された謝罪は真摯な謝罪ではないとして謝罪までは命じていません。また、Avianca側が弁護士費用の負担を求めなかったため、その点の制裁もありません。制裁金の水準については、金銭的利得や個人的な悪意に基づく行為ではなかったこと、事務所が既にAI利用に関する研修体制を整えたこと等を考慮し、抑止に必要な限度にとどめたと説明されています。

「AIを使うこと」自体は問題とされていない

決定は冒頭で、若手弁護士や法律事務所の調査支援、Westlaw・LexisNexis等のデータベース利用と並べ、信頼できる生成AIツールを弁護活動の補助として用いること自体には本質的な問題はないという趣旨を明言しています。その上で、FRCP11条が弁護士に課す「提出書面の正確性を確保する門番としての役割」は生成AIの利用によっても軽減されないと述べ、両弁護士がこの役割を放棄したことを制裁の理由としています。つまり、本件で制裁を受けたのは生成AIで調査した行為そのものではなく、引用した判例の実在を自ら確認しなかったこと、及び相手方と裁判所から繰り返し疑義を示された後もその虚偽を維持し、追加の宣誓供述書でも誤解を招く説明を重ねたことです。この区別を曖昧にして「AIを使うと制裁される」と要約すると、本件が示す確認義務の所在を見誤ることになります。

本案の帰趨と制裁手続の違い

本件の本案、すなわちモントリオール条約に基づく損害賠償請求そのものについては、公開されている裁判所記録上、この制裁決定と同じ2023年6月22日付で、出訴期間徒過を理由に訴えを却下する別の決定(同事件のDocument 55)が出されたことが確認できます。もっとも、この却下決定自体の全文は今回確認できておらず、本稿はその内容に立ち入りません。制裁決定はあくまで代理人の提出書面の在り方を理由とする別個の手続であり、本案の当否とは切り離して読む必要があります。

2023年の事件を2026年に読む実務上の意味

本件は2023年の事案ですが、生成AIによる架空の判例・条文引用は減っていません。本稿執筆時点で、多数の連邦裁判官が提出書面への生成AI利用の開示や、AI生成部分を人が確認済みである旨の証明を求める標準命令(standing order)を発出しており、その採用例は増加を続けていると報じられています。日本の企業法務・訴訟実務でこの構造がそのまま問題になるわけではありませんが、生成AIで調べた条文番号や裁判例を裏付け資料に当たらず引用してよい理由にはなりません。翌日実行できる確認事項として、まず自分が作成した準備書面・意見書・社内向け法律意見について、生成AIが示した裁判例・条文番号を一件ずつ一次資料(判例データベース、e-Gov法令検索等)で突き合わせる作業を済ませているかを点検してください。次に、相手方や上席者から出典に疑義を示された場合は、その場で再確認し、疑義を放置したまま同じ主張を維持しないという社内の対応順序を、明文の手順として共有しておくことが望ましいと考えます。生成AIの出力を人が最終確認する体制の作り方は生成AIの回答はそのまま使わない、必ず人が最終確認する理由で、条文番号・出典を自分で確認する具体的な手順は条文番号・出典は必ず自分で確認する、生成AIの落とし穴で解説しています。生成AIと弁護士の役割分担全体を見直す際はAI弁護士とは?生成AI時代の企業法務で弁護士とAIをどう使い分けるかも参照してください。

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