豪州連邦裁判所の生成AI実務指針|裁判書面・証拠・秘密情報の注意点
豪州連邦裁判所の生成AI実務指針について、裁判書面・証拠・宣誓供述書・秘密情報に関する利用上の注意点を解説します。
一次情報
本解説の対象となった公表資料・発表です。
豪州連邦裁判所(Federal Court of Australia)は2026年4月16日、生成AI利用に関する実務指針(Use of Generative Artificial Intelligence Practice Note, GPN-AI)をMortimer首席裁判官名で公表しました。同指針は、同裁判所の手続に関与するすべての者を対象に、生成AI利用に関する裁判所の期待事項を定めるものです。書面や証拠の作成、宣誓供述書・専門家報告書での利用、秘密情報の取扱いにおいて特に注意すべき場面と、利用開示が必要となる場面を示しています。本稿は、この実務指針の法的性質と内容を一次資料に即して整理したうえで、日本企業の法務担当者が参考にできる点を検討するものです。同指針は豪州連邦裁判所の訴訟実務に関する文書であり、日本の民事訴訟手続へ直接適用されるものではない点に留意が必要です。
何が公表されたか - 文書の性質と適用範囲
GPN-AIは、豪州連邦裁判所法(Federal Court of Australia Act 1976)に基づき裁判所が定める一般実務指針(General Practice Note)であり、法律や規則そのものではなく、裁判所が手続運営上の期待事項を示す文書です。適用対象は、訴訟当事者(本人訴訟の当事者を含む)、証人、召喚状等により文書提出を命じられた第三者など、同裁判所に出頭し又は書類を提出するすべての者とされています。
同裁判所は2025年3月28日の首席裁判官の声明と、同年4月29日のNotice to the Professionにより、暫定的な期待事項(責任ある利用と、裁判官又は登録官が求めた場合の開示)を先行して示していました。今回のGPN-AIは、この間の内部・外部協議を経て策定された、同裁判所として初めての包括的な実務指針です。中央実務指針(CPN-1)や技術活用に関する実務指針(GPN-TECH)と併せて読むことが予定されており、個別の手続で追加の命令が出された場合はそちらが優先します。
指針が定める内容 - 利用できる場面と制限される場面
GPN-AIは生成AIの利用を一律に禁止するものではありません。効率化、費用削減及び司法アクセスの向上に資する可能性を認めつつ、既存の法的・職業上の義務に従った責任ある利用を求める構成になっています。
訴状、準備書面、裁判所に提出する書類については、生成AIが架空の裁判例・引用や誤った法的情報、事実誤認を生じさせる可能性を明示したうえで、書面に責任者名を記載する義務がある文書について、責任者が次の点を確認していることを期待しています。事実は当事者が立証可能と合理的に判断する内容に基づくこと、引用された裁判例・法源が実在し当該主張を裏付けること、引用された証拠が裁判所提出資料に存在し証拠として許容される見込みがあること、時系列表が正確であること、書証目録が連邦裁判所規則の定める形式に適合することです。
宣誓供述書・陳述書・専門家報告書については、より慎重な扱いが求められています。宣誓供述書や陳述書は本人自身の記憶・知識・経験を反映しているとの表明を伴う文書であるため、生成AIの利用がこの前提と整合しなければなりません。専門家報告書は、専門家が裁判所に対して負う公平な援助義務に基づき、専門家自身の意見と推論過程を反映している必要があるとされ、専門家証拠実務指針(GPN-EXPT)上の開示義務も別途課されています。
秘密情報の取扱いについても具体的な注意が示されています。一般に利用可能な生成AIツールへ情報を入力すると、保存場所や利用範囲、アクセス可能な範囲を利用者が把握できないまま情報が流出する可能性があるとされ、裁判所の秘密保持命令・非公開命令の対象情報、秘匿特権のある情報、他の当事者や第三者から手続の目的以外に利用できない情報、その他本人の同意なく機密とされる情報については、生成AIツールへの入力可否を慎重に検討する必要があるとされています。閉鎖環境で運用される生成AIツールであっても、出力を別の目的に転用すれば同様の義務違反となり得る点も指摘されています。
開示義務と違反の効果
GPN-AIは書面全般に一律の開示義務を課すものではなく、裁判所が個別に開示を求めることができるという一般的な枠組みを置いています。もっとも、証拠関係書類については独立した開示義務が定められており、証人が事実や意見の基礎とする情報の要約・分析に生成AIを用いた場合、裁判所へ提出する画像・映像・音声等を生成AIで作成した場合、その他証拠の採否や裁判所による証拠の利用に合理的な影響を与え得る態様で利用した場合には、開示が義務付けられています。開示は、当該書類の本文冒頭に、どこでどのように生成AIを用いたかを簡潔に記載する方法によるとされ、裁判所や他の当事者が証拠作成の経緯について誤導されることを防ぐ目的があると説明されています。
指針に反する態様で生成AIが利用された場合の効果としては、費用負担命令その他の不利益な命令、及び法的・職業上の義務違反としての問題が生じ得るとされています。刑事罰や証拠の無効化を明示的に定める条項ではなく、訴訟指揮・費用裁定と職業倫理上の問題として扱われる構成である点は、正確に理解しておく必要があると考えられます。
なお、ニューサウスウェールズ州最高裁判所は2025年1月に実務指針SC Gen 23を発出し、専門家報告書の内容作成への生成AI利用を裁判所の許可なく行うことを禁止するなど、連邦裁判所のGPN-AIより踏み込んだ制限を設けています。同じ豪州国内でも裁判所ごとに規律の内容が異なる点は、複数法域にまたがる案件で確認しておくべき事項です。
日本の実務への示唆
GPN-AIはあくまで豪州連邦裁判所における手続を対象とする実務指針であり、日本の民事訴訟手続における弁護士や当事者の行為を直接規律するものではありません。もっとも、書面の正確性を確認する責任の所在や、証拠作成過程での生成AI利用の開示、秘密情報の入力管理という論点は、日本国内の訴訟対応でも実質的に同様に問題となり得ます。弁護士が生成AIを利用して準備書面や陳述書の原案を作成する場合、弁護士職務基本規程上の誠実義務や委任契約に基づく善管注意義務の観点から、引用した裁判例や条文が実在し当該主張を裏付けているか、事実関係が依頼者から得た情報や証拠に基づいているかを、弁護士自身が最終確認する義務を免れないと解されます。この点は生成AIの回答はそのまま使わない|必ず人が最終確認する理由及び条文番号・出典は必ず自分で確認する|生成AIの落とし穴で扱った論点と重なります。
企業の法務担当者が翌日以降に確認しておくべき事項は、次のとおりです。
- 訴訟案件を依頼している外部法律事務所に対し、準備書面、陳述書、専門家意見書等の作成における生成AI利用の有無と、依頼者への開示方針を確認する。
- 社内で訴訟関連文書(時系列表、証拠整理表、社内調査報告等)に生成AIを利用する場合、秘密保持命令の対象情報や相手方から開示された情報を入力してよい範囲を、文書の種類ごとに定めた運用ルールを整備する。
- 豪州、ニューサウスウェールズ州、その他海外の裁判所が関係する紛争案件に関与する場合、担当する現地裁判所が生成AIの利用制限や開示義務に関する実務指針を発出しているかを、現地代理人に確認する。
生成AIと弁護士の役割分担そのものについてはAI弁護士とは?生成AI時代の企業法務で弁護士とAIをどう使い分けるかで整理しています。訴訟対応に限らず、法律事務所が生成AIツールを業務に組み込む際の実務上の切り分けは法律事務所におけるCodex活用法も参考になります。
今後確認すべき動き
GPN-AI本文は、今後数か月以内に生成AIをめぐる課題と便益を議論するシンポジウムを開催する予定であることを明らかにしています。また、法律事務所の解説等によれば、ビクトリア州最高裁判所が2026年5月に独自の実務指針及び裁判官向けガイドラインを発出したとされていますが、この点は一次資料での確認が済んでいません。
- GPN-AI本文が予告するシンポジウムの開催状況と、そこでの議論内容
- 「AI Transparency Statement」等、GPN-AIの関連資料として案内されている文書の内容
- ビクトリア州最高裁判所その他豪州各州裁判所における同種指針の発出状況と、連邦裁判所との整合性
- GPN-AI公表後の連邦裁判所における適用事例や、費用負担命令等の裁定内容
これらは執筆日時点で確認できていない、又は継続的な確認を要する事項であり、確定した情報が得られた段階で、本稿で整理した内容との整合を確認することが対応の出発点になります。