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資金調達・投資契約スタートアップ法務

エンジェル税制と資金調達|個人投資家への提案材料と発行スキームの設計

こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。

シード期の資金調達において個人投資家と条件を話し合っていると、「御社はエンジェル税制の対象になりますか」と尋ねられる場面があります。投資家側の節税制度という印象を持たれがちですが、対象企業になれるかどうかは発行会社側の要件充足と都道府県等への申請手続きにかかっています。仕組みを把握しないまま曖昧に対応してしまうと、出資の大きな動機付けになり得る提案材料を一つ逃すことにもなりかねません。

エンジェル税制は、個人投資家がスタートアップに出資した際に税制上の優遇措置を受けられる制度です。経済産業省の案内によれば、優遇のタイミングは「投資時点」と「株式売却時点」の2つに分かれています。投資時点には複数の優遇枠が用意されており、売却時点については、未上場株式の売却で生じた損失をその年の他の株式譲渡益と通算し、通算しきれなかった損失を翌年以降3年間にわたって繰越控除できる枠組みになっています。上場に至らず破産や解散などで株式の価値が失われた場合も、同様に3年間の繰越控除が認められます。

エンジェル税制が持つ優遇措置の全体像

投資時点の優遇措置は、控除対象や控除限度額、対象企業の設立年数や外部資本比率の組み合わせによって複数の区分に分かれており、経済産業省は次の4類型を示しています(優遇措置Aの外部資本比率を緩和した優遇措置A-2を含みます)。

  • 起業特例:企業設立時の自己資金による出資額全額をその年の株式譲渡益から控除する非課税枠(20億円までの出資が非課税、超過分は課税繰延)。対象は設立1年未満かつ外部資本比率1/100以上。
  • 優遇措置A:投資額全額から2,000円を差し引いた金額をその年の総所得金額から控除する課税繰延枠(控除上限は総所得金額の40%と800万円のいずれか低い方)。対象は設立5年未満かつ外部資本比率1/6以上(プレシード・シード特例の企業要件を満たせば優遇措置A-2として1/20以上に緩和)。
  • 優遇措置B:投資額全額をその年の株式譲渡益から控除する課税繰延枠(控除上限なし)。対象は設立10年未満かつ外部資本比率1/6以上。
  • プレシード・シード特例:投資額全額をその年の株式譲渡益から控除する非課税枠(控除上限なし。20億円までの出資が非課税、超過分は課税繰延)。対象は設立5年未満かつ外部資本比率1/20以上。

株式売却時点の譲渡損失の控除は、投資時点の優遇措置を受けたかどうかにかかわらず使えます。ただし、投資時点で優遇措置の適用を受けていた場合には、控除対象金額のうち課税繰延となった分を取得価額から差し引いて売却損失を計算する点に注意が必要です。

会社側から見た提案価値と外部資本比率の設計

発行会社の視点に立つと、エンジェル税制の対象企業であるという事実は、個人投資家に向けた実効性の高いアピール材料になります。同じ金額を出資してもらう場合でも、投資時点で非課税や課税繰延の恩恵を受けられるか、あるいは将来損失が生じた際に繰越控除を使えるかは、投資家の手取りリターンを直接左右するためです。特に起業特例やプレシード・シード特例は非課税枠にあたるため、個人投資家に対する強い訴求力を持ちます。

もっとも、対象企業に該当するかどうかは客観的な要件を満たしているかで決まり、投資家の意向だけで適用できるわけではありません。設立年数や外部資本比率、研究者・新規事業従事者の人数や割合、売上高成長率、事業計画の策定状況など、会社のステージごとに細かな企業要件が設定されています。自社がどの枠に当てはまるかを早い段階で見極めておくことが、投資家との交渉をスムーズに進める鍵になります。外部資本比率の条件も出資構成の設計に直接関わってきます。優遇措置Aでは1/6以上が原則ですが、プレシード・シード特例の企業要件(営業損益が0未満など)を満たせば1/20以上に緩和されます。どの投資家からいくらの出資を受ければ要件をクリアできるかは、資本政策表を作成する段階で事前に試算しておくべき数値です。

企業と投資家に求められる主な適用要件

経済産業省が定める要件のうち、個人がスタートアップの株式を直接引き受ける直接投資(民法上の組合や投資事業有限責任組合を経由する場合を含みます)の主な企業要件は次の通りです。

  • 設立5年未満の中小企業者であること(優遇措置Bを適用する場合は設立10年未満)。
  • 設立経過年数(事業年度)ごとに定められた要件(研究者や新規事業担当者の人数・比率、試験研究費等の比率、売上高成長率、営業キャッシュフローや営業損益の推移、事業計画の有無など)を満たしていること。
  • 外部(特定の株主グループ以外)からの出資を1/6以上受け入れていること(プレシード・シード特例を適用する場合は1/20以上)。
  • 大規模法人グループの所有に属していないこと、未登録・未上場の株式会社であること、風俗営業等に該当する事業を行っていないこと。

出資する個人投資家側にも満たすべき条件があります。投資先が同族会社である場合に上位3位までの株主グループの持株割合が初めて50%を超える株主グループに属していないこと、自身が営んでいた事業の全部を承継させた個人やその親族等ではないこと、金銭の払込みによって株式を取得していることなどが挙げられます。これらの条件は、出資金の払込みを行った日(事前確認を受ける場合はその申請日)の時点で満たしている必要があります。

なお、経済産業大臣の認定を受けた投資事業有限責任組合(LPS)や認定少額電子募集取扱業者(ECF)を経由して出資を受ける場合は、企業要件の一部が免除されます。外部資本比率の条件は課されず、設立経過年数ごとの要件も事業計画や営業キャッシュ・フロー、営業損益に関するものに限られます。この場合は認定LPSや認定ECF事業者が確認書を発行するため、都道府県への確認申請は不要です。

都道府県への確認申請と税制改正の動向

エンジェル税制を実際に利用する際の手続きは、スタートアップが都道府県等に対して申請を行い、要件を満たしていることや出資が行われたことの確認を受ける流れになります。申請を受けた自治体から「確認書」が交付されたら、会社はそれを投資家へ渡し、投資家本人が確定申告の際に税務署へ提出することで手続きが完了します。

また、出資を受ける前の段階で要件を満たしているかの確認を受けられる「事前確認制度」も存在します。事前確認を受けた企業は経済産業省のウェブサイトで社名等が公表されるため、個人投資家に対してあらかじめエンジェル税制の対象企業であることを示しながら出資交渉を進められる利点があります。ただし、事前確認は申請日時点で対象企業であることだけを確認するものであり、払込み後にあらためて都道府県等の確認を受け、確認書の交付を受ける必要があります。

申請の手引きや提出様式は出資時期によって改定されるため、実務で申請する際は出資日に対応する最新の書式を確かめなければなりません。また、令和7年度税制改正により、令和8年1月1日以降に取得した株式には二つの見直しが適用されています。一つは再投資期間の延長です。株式譲渡益が生じた年分の確定申告書に、翌年中に再投資する見込みである旨等を記載した書類を添付しておく必要があります。そうすれば、翌年末(最大2年間)までに行った投資についても、前年分の所得税の還付という形で優遇措置Bやプレシード・シード特例等の適用を受けられます。もう一つは非課税措置の保有期間の設定です。非課税措置の適用を受けた株式を取得の翌年末までに譲渡すると、IPOやM&A等の一定の場合を除き、非課税措置が適用されず課税繰延の扱いに切り替わります。出資のタイミングによって適用されるルールが切り替わる点は見落とせません。なお、令和8年度税制改正大綱(令和7年12月26日閣議決定)がエンジェル税制について示したのは、国家戦略特区や地域再生法の特定の事業を行う株式会社が発行する株式の発行期限の延長です。本稿で取り上げた各措置の要件を変更する内容は含まれていません。

J-KISSなど新株予約権型投資における留意点

シード期の資金調達では、株式を直接発行する代わりにJ-KISSなどの有償新株予約権を用いたコンバーティブル投資を採用するケースも増えています。この手法について、令和6年度税制改正により、個人投資家が株式を取得した時点(新株予約権の行使日)でエンジェル税制のすべての要件を満たしていれば、新株予約権の取得に要した払込金額も税制対象となる株式取得額に含めることとされました。ここで対象とされる新株予約権は、取得時に払込みを伴う有償新株予約権であり、J-KISSなどがこれに当たります。

ただし、この措置が適用されるのは2024年4月1日以降に新株予約権を取得し、その新株予約権の行使に伴う払込みによって株式を取得した場合に限られます。2024年3月31日以前に取得した権利は対象外です。新株予約権を行使せずに株式へ強制転換される場合や、会社が取得条項に基づいて新株予約権を取得し、その対価として株式を交付する場合も対象になりません。J-KISSは投資家による行使と会社による取得の二つの転換ルートを持つため、どちらで転換するかによってエンジェル税制の扱いが変わります。転換ルートの違いはJ-KISSの転換(行使)手続で解説しています。また、認定少額電子募集取扱業者(ECF)経由で取得した新株予約権を行使して得た株式について、ECF事業者は確認書を発行できません。この場合も、別途、都道府県に確認申請を行うことはできます。あくまで権利行使によって株式を取得した時点で要件を満たしていることが前提であり、新株予約権を発行した時点で優遇が確定するわけではない点に留意が必要です。投資家がこの取扱いの適用を受けるのも、株式を取得した年分の確定申告です。

資金調達実務における法務面での準備

エンジェル税制を適用できるかどうかは、投資家の熱意だけで決まるものではなく、会社側が要件を満たしていることを都道府県への申請を通じて「確認書」の形で証明できるかにかかっています。経過年数に応じた企業要件の確認、外部資本比率の計算、事業計画書や研究開発実績などの証拠書類は、出資完了後に慌てて集めるのではなく、出資スキームを設計する段階から計画的に整えておく必要があります。

具体的な要件の当てはめや投資家個人の所得控除計算は税理士の専門領域ですが、会社側としては、都道府県へ提出する申請書類と資本政策や投資契約の内容に矛盾が生じないよう、法務の観点から整合性を確かめておくことが大切な役割になります。

エンジェル税制を活用した資金調達では、企業要件の充足だけでなく、発行するJ-KISSの設計や投資契約全体のバランスを同時に見極めていく作業が欠かせません。J-KISSの仕組みと主な条件についてはJ-KISSとは?仕組み・バリュエーションキャップ・メリットとデメリット、法務面での相談時期については資金調達で弁護士に相談するタイミングでも詳しく解説しています。

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