自己株式取得の手続と財源規制|退職株主からの買取り実務
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
共同創業者や創業期のメンバーが会社を離れる際、本人が保有する株式を誰が引き受けるかが問題になります。他の株主との売買がまとまらず、会社に買い取ってほしいと求められることもあります。退職条件の協議と同時に、会社による自己株式取得を検討する場面です。
ただし、退職することと株主でなくなることは別です。会社と本人の価格合意に加えて、株主総会等の手続と、会社法上の分配可能額の確認が必要になります。株主間契約で会社による買取りを約束している場合も、会社法の手続や財源規制を省くことはできません。
今回は、非上場会社が退職株主との合意により、金銭で株式を買い取る場合を中心に説明します。売主以外の株主の権利、代金の支払能力、取得後の議決権割合まで確認してから、決議と契約を準備することが大切だと考えています。
取得枠の決議と特定株主からの取得
合意による有償取得では、原則として、会社法156条に基づく株主総会決議で取得枠を定めます。決議事項は、取得する株式の数、対価の内容と総額、取得できる期間です。種類株式発行会社では取得する株式の種類も特定し、期間は1年以内とします。
その取得枠の中で、会社は同法157条に基づき、各回の取得株式数、1株当たりの対価、対価の総額、譲渡申込みの期日を決めます。取締役会設置会社では、この決定を取締役会で行います。株主総会による取得枠の設定と、具体的な取得条件の決定を分けて考える必要があります。
特定の退職株主だけを売主とする場合は、同法160条1項により、特定の株主から取得する旨も株主総会で決議します。取締役会は、その決議に従って157条の具体的な条件を決めることになります。
この場合、同法309条2項2号の特別決議が必要です。原則として、議決権を行使できる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席株主の議決権の3分の2以上の賛成を得ます。定款で定足数を3分の1以上まで引き下げたり、賛成割合を引き上げたりしている場合もあるため、現行定款の確認が欠かせません。
取得対象となる売主株主は、原則としてこの決議で議決権を行使できません。根拠は160条4項です。ただし、売主以外の株主全員が議決権を行使できない場合には例外があります。退職株主が大きな持株比率を有する会社では、売主の議決権を除いた決議の成立条件を、招集前に計算しておく必要があります。
他の株主による売主追加請求
特定株主から取得する手続では、原則として、他の株主にも自分を売主に追加するよう求める機会が与えられます。160条2項・3項の通知と売主追加請求の制度です。会社は、適用される通知期限と請求期限を確認して、株主総会の日程に織り込みます。
例えば、退職株主の100株を買い取るつもりでも、他の株主が売主に加わり、取得枠を超える申込みをすることがあります。申込みが取得予定数を超えれば、159条に基づく按分取得が問題になります。退職株主の保有株式を全て取得するという契約上の予定と、会社法の手続による取得結果が一致しないおそれがあるため、契約締結前に確認したい点です。
売主追加請求に関する160条2項・3項を適用しない旨は、164条に基づき定款に定めることができます。ただし、株式発行後にその定款規定を新設する場合は、通常の定款変更の特別決議だけでは足りません。対象となる株式を有する株主全員の同意が必要です。種類株式発行会社では、どの種類について排除するかと、その種類の株主の同意を確認します。
既存の定款に排除規定がある場合も、今回の取得対象に適用される文言かを確認します。また、株主間契約に基づく特定の投資家の同意は、他の株主の会社法上の権利を当然には排除しません。定款上の扱いと契約上の承諾事項は、それぞれ確かめる必要があります。
162条には相続人等からの取得の特例もありますが、公開会社や、相続人等が既に当該株式の議決権を行使した場合などは対象外です。退職した共同創業者本人からの取得に、相続の特例を使うことはできません。161条の市場価格のある株式の特例も、非上場株式の一般的な買取手続として前提にすべきではないと考えています。
分配可能額と取得時点の資金確認
株主総会で承認されても、財源規制に反する取得は実行できません。461条では、対象となる自己株式取得について、株主に交付する金銭等の帳簿価額の総額が、効力発生日の分配可能額を超えることを禁止しています。金銭で買い取る場合は、支払う取得対価と分配可能額を比較します。
分配可能額は、預金残高そのものではありません。剰余金の額を基礎としつつ、自己株式の帳簿価額その他の法定の加減算を行います。利益剰余金だけを見て判断することもできません。直近の計算書類、その後の配当や自己株式取得、その他の変動を把握した上で、取得予定日に使える額を計算します。
例えば、資金調達で預金が増えていても、調達した額をそのまま自己株式取得に使えるとは限りません。反対に、法定の分配可能額に余裕があっても、買取代金を支払った後の給与、仕入代金、借入返済に支障が出る可能性があります。法的な限度額と、事業を続けるための資金繰りは別々に確認する必要があります。
期中の利益を反映させる方法として、臨時計算書類の作成も検討対象になります。ただし、作成しただけで自由に財源へ算入できるわけではありません。441条の承認等と分配可能額の計算方法に従い、会計担当者や税理士等と必要な手続を確認します。
契約から決済まで期間が空く場合は、その間の配当や別の買取りで財源が変わらないかも確認します。契約には必要な機関決定や財源の確保を実行条件として定め、条件を満たせない場合の取扱いも合意しておくことが考えられます。
財源規制違反の責任と買取価格の税務
財源規制に違反した場合、462条に基づき、対価を受け取った株主と、取得に関与した業務執行者等が会社に対する支払義務を負うことがあります。同条所定の提案取締役等も対象になり得ます。責任の対象者と要件は条文上分かれており、業務執行者等には、職務上の注意を怠らなかったことを証明した場合の免責規定があります。
このため会社は、株主全員の賛成や退職条件の合意に加え、法定の財源を確認します。担当者は、決議時に使った計算資料、取得直前の再確認、価格の算定根拠を保存します。買い取りに応じる株主にとっても、会社が適法に代金を支払えるかは確認すべき条件です。
買取価格は、直近の資金調達価格をそのまま採用できるとは限りません。優先株式と普通株式では権利内容が異なることがありますし、調達後の業績や財務状態も変化します。対象株式の権利内容、純資産、収益見通し等を踏まえて協議し、採用した評価方法と前提を記録します。
税務上は、会社への売却を第三者への通常の株式譲渡と同じように扱うこともできません。国税庁の説明でも、自己株式取得により交付される金銭等は、みなし配当となる部分を除いて株式譲渡所得等の収入金額と扱われます。適正な時価での取引でも、みなし配当が生じる場合があります。
時価から著しく離れた価格による取引の課税問題とは分けて、みなし配当の有無と金額、売主の譲渡所得、会社の源泉徴収等を税理士等に確認します。合意した買取総額と売主の手取り額が異なることもあるため、税務上の扱いを確かめてから決済条件を定めることが大切だと考えています。
決済までの準備と取得後の株式管理
実行前には、現行定款、株主名簿、株主間契約、直近の計算書類を揃えます。対象株式と売主を特定し、売主追加請求の扱い、投資家の事前承諾、分配可能額を確認した上で、株主総会と取締役会等の日程を決めます。株券発行会社の場合は、株券の発行状況と交付手続の確認も必要です。
決議資料と株式譲渡契約では、取得株式数、価格、支払日、実行条件を対応させます。退職合意書にも株式の取扱いを記載する場合は、支払時期や条件が矛盾しないよう確認します。実行後は、代金決済の記録とともに、会社が自己株式を取得したことを株主名簿へ反映します。
取得した自己株式には議決権がありません。308条2項によるこの扱いのため、他の株主の株数が変わらなくても、議決権総数に占める割合が変わります。退職株主の退出だけでなく、残る創業者や投資家が特別決議を阻止できるかなど、取得後の議決権構成も計算しておきます。
自己株式は保有を続けるほか、178条に従って消却することもできます。取締役会設置会社では消却する株式数等を取締役会で決めます。将来、第三者への割当てやストックオプションの行使に伴う交付に使う場合は、その処分等について必要な手続を改めて行います。取得時点で、保有、消却、将来の処分のどれを予定するかを資本政策に反映します。その経緯を記録しておけば、次の資金調達時に投資家へ説明する際にも役立ちます。