米国持株会社へのフリップ|デラウェア法人化と株主・契約の手続
こんにちは!Legal Agent代表弁護士の朝戸です。
米国の投資家から出資の打診を受け、「投資先をデラウェア州の法人にしてほしい」と条件を提示されることがあります。日本の会社がそのまま出資を受ける場合と比べ、経営陣は資本関係を組み替える手続も進めることになります。
日本法人の上に米国持株会社を設け、既存株主が米国持株会社の株主となる組織再編は、一般にフリップと呼ばれます。米国法人の設立に加え、日本法人の資本関係を変更する手続を要します。既存株主の権利、新株予約権、取引契約、税負担を確認し、投資の実行日までに移行を終えられるかを判断する必要があります。
とりわけ、株主が増えた会社や種類株式を発行した会社では、出資比率を維持するだけで経済条件が同じになるとは限りません。本稿では、日本のスタートアップが米国持株会社の傘下へ移る場面を想定し、投資家との条件交渉から移行後の運営までを説明します。
米国持株会社を設ける目的と再編の方法
まず経営陣が投資家に確認したいのは、米国法人を求める理由と投資の条件です。米国法に基づく投資契約の利用、将来の資金調達、米国市場での事業展開など、目的によって必要な構成は変わります。米国持株会社への出資が必要なのか、米国で事業を営む子会社の設立でも足りるのかによっても、準備する手続は異なります。
典型的な構成では、既存株主が保有する日本法人の株式を米国持株会社へ移し、その対価として米国持株会社の株式を取得します。全株式の移転が完了すれば、日本法人は米国持株会社の完全子会社になります。日本法人は存続し、そこで雇用や取引を続けることもできます。
この取引では、「株式を交換する」という経済的な説明と、日本の会社法上の「株式交換」を分ける必要があります。会社法第2条第31号は、株式交換による完全親会社を他の株式会社又は合同会社と定めています。外国法人をそのまま同号の完全親会社とする手続を、国内会社同士の株式交換と同じように利用できるわけではありません。
各株主との契約によって日本法人株式を取得し、米国側で株式を発行する方法では、株主ごとの合意と移転手続を確認します。別の組織再編手法を組み合わせる場合は、その手法固有の決議、対価、債権者保護などを検討することになります。実行可能性は、日本法と米国法の両方から確かめる必要があります。
デラウェア州法では、株式発行の決定と対価について一般会社法第152条・第153条が定めています。米国側の弁護士と発行可能株式数、種類株式の権利、発行対価、取締役会の承認を確認し、日本側の株式移転と連動して実行できるよう書類を準備します。
既存株主の権利と同意の範囲
再編案を作る前に、株主名簿、資本政策表、定款、各回の投資契約、株主間契約を照合します。資本政策表だけでは、個別の投資家に付与した同意権や特約を把握できないことがあるためです。創業者、従業員株主、投資家ごとに、保有株式と適用される契約を確認します。
契約による株式移転では、株主総会で再編方針を決めただけで各株主の株式を移せるわけではありません。移転対象となる株主の合意や、既存の売却参加・強制売却条項の適用条件を確かめます。一部の株主が移転しない場合には、完全子会社化という投資条件を満たせなくなることもあります。
日本法人の株式に譲渡制限があるときは、定款と会社法第136条・第139条などに基づき、承認機関と申請・承認の手続を確認します。投資契約で再編や支配権の変更に事前同意を求めている場合は、会社法上の決議とは別に同意を取得します。同意を省いた場合の効果や責任は各契約によるため、一律に買戻義務が発生すると扱うことはできません。
米国持株会社へ移行する際には、旧株式と新株式の条件を対応させた表を作ると、投資家と変更点を協議しやすくなります。持株比率に加え、残余財産の優先分配、転換、希薄化の調整、議決権、取締役の指名、情報提供などの権利を比較します。
例えば、日本側の優先株式に対して米国側の普通株式を渡す案では、比率が同じでも会社売却時の分配額が変わり得ます。今回の新規投資による希薄化と、再編による権利の変更を分けて説明する必要があります。契約の役割については、投資契約の会社側チェックポイントと株主間契約の会社側チェックポイントも参考になります。
新株予約権と将来の株式取得権の処理
新株予約権者は、権利を持っているというだけで現在の株主になるわけではありません。株主との移転契約とは別に、新株予約権の発行要項、割当契約、行使条件を確認します。従業員向けのストックオプションと、J-KISSなど資金調達目的の新株予約権も、それぞれの条項に沿って扱います。
日本法人の新株予約権を残す場合、権利行使によって日本法人に少数株主が生じ得ます。米国持株会社が全株式を保有することを投資条件とするなら、移行後の権利行使まで含めて対応を決めなければなりません。
米国持株会社の権利へ移す案でも、既存の新株予約権が自動的に米国のストックオプションへ置き換わるとは限りません。既存権利の取得や消滅、新たな権利の付与について、根拠条項、必要な決議、権利者の同意を確認します。J-KISS等では支配権変更や組織再編に伴う権利処理が定められていることもあるため、名称だけで処理を決めないことが大切です。
従業員への説明では、移行前後の対象株式、行使価格、権利確定の期間、退職時の取扱い、行使期限を並べます。同じ数の権利を付与するだけでは、株式の価値や取得できる持分が同じになるとは限りません。税制適格性も当然には引き継がれないため、説明前に税務面の確認を終えておく必要があります。
税務と外為法の確認を織り込んだ実行日程
フリップの検討では、現金を受け取らず株式同士を交換するので税負担は生じない、という前提を置かないことが重要です。株式の移転について課税されると、株主が納税資金を別に用意しなければならない可能性があります。契約書を完成させてから税務を検討すると、対価や実行方法を変更することにもなりかねません。
国税庁の株式交換に関する説明は、個人株主について、所定の要件を満たす株式交換等の取扱いを示しています。外国持株会社への移行にその説明がそのまま当てはまるとは限りません。個人・法人の別、居住地、採用する取引、株式の評価額、対価の内容を税理士へ示し、日本と米国それぞれの課税関係を確認します。
確認事項には、移転時だけでなく、移行後の配当、権利行使、将来の売却も含めます。日本側の課税が繰り延べられるという説明と、米国側で非課税の要件を満たすという説明は、別々に検証する必要があります。税務上の取扱いが確定していない段階で、既存株主へ「税金はかからない」と説明することは避けるべきだと考えています。
外為法については、米国持株会社による日本法人株式の取得と、日本の居住者による外国法人株式の取得を分けて確認します。財務省の対内直接投資等の案内が示す事前届出・事後報告等の要否は、投資者、対象会社の事業、取引内容、免除制度の適用などに左右されます。最終的な所有者が日本の創業者だから対象外になる、とは限りません。
事前届出や第三者の同意が必要な場合は、その対応に要する期間を実行日程へ反映します。投資契約の締結日、再編の効力発生日、新規出資の払込日を区別し、どの手続をどの日までに終えるかを関係者間で共有します。投資家が求める日程に間に合わないときは、期限や前提条件の調整を早い段階で協議することになります。
取引契約と移行後の運営体制
日本法人を残して株主だけを変更する場合、既存の顧客契約や雇用契約の当事者は通常、日本法人のままです。それでも、支配権変更条項、外国資本に関する条件、補助金や許認可の要件に触れることはあり得ます。契約上の地位を移さないことと、相手方の同意が不要であることは、分けて確認する必要があります。
重要なライセンス契約、融資契約、共同研究契約は、事業継続への影響を踏まえて先に読みます。知的財産を米国法人へ移す予定があるなら、株式を移す取引とは別に権利の移転や利用許諾を検討します。共同開発先の承諾、従業員からの権利承継、移転価格などが問題になることもあります。
移行後には、米国持株会社と日本子会社それぞれの意思決定、会計・税務、資金の移動を管理します。どちらの法人が雇用し、顧客と契約し、研究開発費を負担するのかを決め、親子会社間の契約にも反映します。持株会社の維持費と運営を担う人員まで含めて、予算を見積もる必要があります。
将来、日本での上場や別の再編を選ぶ場合も、今回の取引を単純に逆向きに実行すれば戻せるとは限りません。経営陣は、今回の投資を受ける利益と、継続的な管理負担、想定する事業展開や出口を比較したうえで、採用する構成を判断することになります。