婚姻費用と役員報酬|会社経営者の収入認定と別居後の報酬減額
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
別居中の生活費である婚姻費用の金額は、ほとんどの場合、夫婦双方の年収を家庭裁判所の算定表に当てはめて決まります。会社員であれば、源泉徴収票の金額がそのまま年収になり、争う余地はあまりありません。これに対して、同族会社の経営者は、自分の役員報酬の額を事実上自分で決められる立場にあります。別居後に報酬を下げれば、源泉徴収票の金額は下がります。婚姻費用の算定で、その下がった金額をそのまま使ってよいのかが問題になります。
経営者が会社から受け取るお金は、役員報酬だけとは限りません。配当、会社に貸している自宅や土地の賃料、会社が負担している車両や社宅の費用などが加わると、源泉徴収票の金額と実際の生活水準は一致しなくなります。
婚姻費用の分担義務と算定表による収入の認定
民法760条は、夫婦は「その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する」と定めています。婚姻費用には、夫婦と未成熟の子の生活費、医療費、子の教育費などが含まれます。この分担義務は、相手方に自分と同じ水準の生活を保障する生活保持義務と解されており、別居していても婚姻が続く限りなくなりません。協議がまとまらなければ、家庭裁判所の調停や審判で分担額を決めます。
分担額の算定には、裁判所の標準算定方式と算定表が使われています。現在の算定表は、裁判官による司法研究の報告として2019年(令和元年)12月23日に公表されたもので、2003年に公表された旧算定表の考え方を踏襲しつつ、基礎となる統計資料を更新したものです。算定表の説明資料によれば、年収は次のように求めます。
- 給与所得者:源泉徴収票の「支払金額」(控除前の金額)
- 自営業者:確定申告書の「課税される所得金額」に、実際には支出していない費用(基礎控除、青色申告控除、支払われていない専従者給与など)を加算した金額
算定表の金額は標準的な事情を前提としており、表の幅を超える算定が必要になるのは、算定表によることが著しく不公平となる特別な事情がある場合に限られると説明されています。
収入の認定は、実際の収入額だけで決まるわけではありません。裁判例は、義務者が無職であっても、働いて収入を得る潜在的な能力があれば、従前の収入などを考慮して一定の収入を得る蓋然性を認めています(大阪家審平成26年7月18日判タ1416号385頁)。
婚姻費用をいつの分から請求できるかについて、実務は請求の時点を始期とする扱いが多いとされています。別居後すぐに内容証明郵便などで請求の意思を示しておくと、その時点からの分担を求める根拠になります。離婚後であっても、未払いの過去の婚姻費用は財産分与の中で清算できます(最判昭和53年11月14日民集32巻8号1529頁)。自社株を含む財産分与については、経営者の離婚と自社株の財産分与で扱っています。
資料の出し渋りに対しては、2024年の民法等改正で手続が整えられました。家事事件手続法152条の2第1項は、婚姻費用の分担に関する処分の審判事件などで、家庭裁判所が当事者に収入と資産の状況に関する情報の開示を命ずることができると定めています。正当な理由なく開示しない場合や虚偽の情報を開示した場合は、10万円以下の過料の対象です(同条3項)。
役員報酬の決まり方と、期中の減額に対する税務上の制約
役員報酬の額は、定款に定めがなければ株主総会の決議で定めます(会社法361条1項)。実務では、株主総会で総額の上限を決め、各取締役への配分を取締役会や代表取締役に委ねることが一般的です。経営者が議決権の過半数を持つ同族会社では、株主総会の決議も取締役会の決議も経営者の意向どおりになりますから、報酬額は経営者が事実上自分で決めていることになります。
一方、役員報酬を事業年度の途中で自由に変えることは、税務上の制約を受けます。法人税法34条1項は、役員への給与のうち定期同額給与などに当たらないものを損金に算入しないと定めています。同法施行令69条1項1号は、定期同額給与の改定として認められる場合を次の三つに限っています。
- 事業年度開始の日から3か月を経過する日までの改定(毎年所定の時期に行う通常の改定)
- 役員の職制上の地位の変更や職務内容の重大な変更などのやむを得ない事情(臨時改定事由)による改定
- 経営の状況が著しく悪化したことなどの理由(業績悪化改定事由)による減額改定
別居や離婚協議を理由とする期中の減額は、いずれにも当たりません。この場合、その事業年度の役員報酬の一部が損金に算入されなくなるおそれがあり、算入されなければその分だけ会社の税負担が増えます。
経営者の収入をどう認定するか
経営者の婚姻費用の算定では、役員報酬を給与収入として扱い、源泉徴収票の支払金額を出発点にします。争いになるのは、その金額が別居後に下がった場合と、報酬以外に会社からお金が流れている場合です。
別居後の報酬減額について、大阪高決平成19年3月30日は、代表取締役である夫が実質的に自分の報酬額を決められる立場にあったと推定しました。そのうえで、妻が婚姻費用を求めた調停の前後に行われた2度の減額は、婚姻費用の分担額を低く抑える目的でされたものと推認し、減額前の収入を基礎として分担額を算定しました。減額の時期が婚姻費用の請求や調停の申立てと重なっていること、報酬額を自分で決められる立場にあることの二つがそろうと、減額後の金額はそのままでは採用されにくくなります。
反対に、会社の業績が実際に悪化して報酬を下げた場合は、減額後の収入で算定するのが原則と考えられます。経営者の側でこれを示すには、減額を決めた株主総会や取締役会の議事録、減額前後の決算書や月次の試算表、金融機関との返済条件の協議記録など、業績の悪化と減額の判断を結びつける資料が必要になります。前述の税務上の制約も判断材料になります。業績悪化改定事由として税務上も説明できる減額であれば、減額の合理性を裏づける事情になりますが、税務上の要件を満たさない期中の減額は、業績以外の理由でされたのではないかという疑いを強める方向に働くと考えられます。
報酬以外の流入について、大阪高決平成30年7月12日は、会社を経営する夫が受け取っていた配当金を、税理士と相談のうえ配当の名目で支払われたものにすぎないとして、給与収入と同視しました。同居中に会社から妻に支払われていた給与も、夫に対する報酬と同視しています。この決定では、夫の役員報酬だけでなく、配当、年金、不動産収入を合わせたものが婚姻中の生活費の原資になっていたことを理由に、役員報酬だけを収入とするのは相当でないと判断されています。
同じ考え方からすると、経営者個人が所有する不動産を会社に貸して受け取る賃料や、会社の経費として支払われている私的な支出も、婚姻中の生活を支えていた実態があれば、収入に加えるよう求められることになります。会社が負担していた社宅の家賃や車両の費用、家族の携帯電話料金などが問題になります。分担額を請求する側は、同居中の生活費がどこから出ていたかを、通帳やクレジットカードの明細から具体的に示すことになります。
会社に利益が積み上がっていても、その利益は会社の財産であって、原則として経営者個人の収入には当たりません。もっとも、報酬を低く抑えて会社に利益を留め、会社の資金を生活費に使っているような場合には、会社と個人の区別が実態を欠くとして、会社の利益の一部を経営者の収入と同視するよう主張されることがあります。
配偶者が会社の役員や従業員として報酬や給与を受け取っている場合は、別居後の扱いにも注意が必要です。配偶者に実際の勤務があれば、その給与は請求する側の収入として算定に入り、分担額を下げる方向に働きます。別居を機に配偶者への支払を止めると、請求する側の収入が減り、その分だけ分担額が上がります。支払を止める手続にも制約があります。取締役であれば株主総会の決議でいつでも解任できますが、正当な理由がなければ解任によって生じた損害の賠償を請求されます(会社法339条)。従業員であれば、解雇は客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性を欠けば無効です(労働契約法16条)。別居や離婚協議そのものは、職務と関係のない事情ですから、これだけで解任の正当な理由や解雇の合理的な理由になるとは考えにくいところです。反対に、勤務の実態がない名目的な給与であれば、経営者本人の収入と同視される可能性があります(前述の大阪高決平成30年7月12日参照)。
高額の役員報酬を得ている経営者では、算定表の範囲を超える場合の扱いも問題になります。算定表の縦軸は、給与所得者で年収2000万円、自営業者で1567万円までです。これを超える場合の算定方法は一律ではなく、同居中の生活水準や資産の状況を踏まえて個別に判断されます。経営者の側からは、上限額を超える部分の多くは貯蓄に回っていたこと、請求する側からは、同居中の生活水準が上限額の算定結果を上回っていたことを、それぞれ家計の資料で示すことになります。