財産分与における非上場株式の評価|純資産法・DCF法の選び方と評価の基準時
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
オーナー経営者の離婚では、預金や自宅よりも、本人が持つ自社株のほうが金額として大きくなることが少なくありません。上場株式であれば取引所の株価を使えば足りますが、市場価格のない株式には、そのまま使える価格がありません。同じ会社の同じ株式でも、会社の資産から計算するか将来の利益から計算するか、どの時点の決算を使うかによって、評価額は大きく変わります。
評価の争いは、夫婦の間だけの問題にとどまりません。相手方は評価の資料として、決算書、固定資産の明細、事業計画などの開示を求めてきます。会社の経営情報をどこまで外に出すのかという、会社側の判断が必要になります。
評価方法を定めた規定の不在と、争点の順序
財産分与の基準は、民法768条3項に置かれています。2024年の民法改正(令和6年法律第33号、2026年4月1日施行)で書き改められた現行の条文は、家庭裁判所は「離婚後の当事者間の財産上の衡平を図るため、当事者双方がその婚姻中に取得し、又は維持した財産の額及びその取得又は維持についての各当事者の寄与の程度」、婚姻の期間などの「一切の事情を考慮して」、分与の額と方法を定めると規定しています。後段では、各当事者の寄与の程度は、異なることが明らかでないときは相等しいものとすると定めています。
この条文は、財産の「額」を考慮するとだけ定めており、その額をどう算定するかは何も書いていません。非上場株式の評価方法は、協議であれば当事者の合意に、審判や判決であれば裁判所の判断に委ねられています。
自社株をめぐる争いでは、次の順序で論点が並びます。まず、その株式が財産分与の対象になるかどうかです。婚姻前から保有していた株式や、先代から相続した株式は、各自の特有財産として清算の対象から外れるのが原則です(民法762条1項)。この区別と、株式を渡すのか代償金を払うのかという分与の方法は、経営者の離婚と自社株の財産分与で扱っています。対象に入ることが決まると、次に、どの時点の価値で評価するか、どの方法で評価するかが問題になります。評価額が決まれば、原則として2分の1の割合で分与額が算定されますから、金額への影響が最も大きいのは評価方法の選択です。
評価の基準時と、別居後の株価変動
財産分与では、二つの基準時を区別して考えます。清算の対象となる財産の範囲を決める基準時と、その財産を評価する基準時です。
判例は、清算的な財産分与を「夫婦が婚姻中に有していた実質上共同の財産」を清算分配するものと位置づけています(最判昭和46年7月23日民集25巻5号805頁)。夫婦の協力は別居によって終わるため、対象財産の範囲は別居時を基準とするのが現在の家庭裁判所の実務です。これに対し、対象財産の評価は、協議や審判の時点を基準とするものと整理されています。
この区別を自社株に当てはめると、別居時に保有していた株式が対象となり、その株式を協議や審判の時点の価値で評価するのが原則となります。別居から協議の成立や審判までには相応の時間がかかり、その間に会社の業績が伸びれば、別居後の経営努力による値上がり分まで評価額に含まれることになります。反対に、業績が落ちれば、分与を受ける側は別居時よりも低い評価額を前提にすることになります。
もっとも、その値上がりがもっぱら経営者本人の別居後の働きによるものであれば、768条3項の「一切の事情」としてその点を考慮し、分与額を調整するよう求めることが考えられます。裁判例にも、別居後の事情を「一切の事情」として考慮できるとしたものがあります(東京地判平成12年9月26日判タ1053号215頁)。経営者側で別居後の値上がり分を争う場合は、別居時点の決算書や試算表を確保し、その後の増加が新規の受注や設備投資など別居後の事業活動によることを示せるようにしておく必要があります。
非上場株式の評価方法の選択肢
市場価格のない株式の評価方法は、会社法の株式買取価格の決定の場面で議論が積み重ねられてきました。譲渡制限株式の売買価格の決定について、裁判所は、類似会社比準方式、取引先例方式、純資産方式、DCF法、配当還元方式、収益還元方式などを用いています。一つの方法に限らず、複数の方法を割合を決めて組み合わせる併用方式をとった決定例もあります(DCF法と純資産法を3対7で併用した福岡高決平成21年5月15日金判1320号20頁など)。
財産分与でも、同じ手法群から選ぶことになります。それぞれの考え方は次のとおりです。
- 純資産方式:会社の資産から負債を差し引いた純資産額を発行済株式数で割る方法。帳簿価額を使う簿価純資産と、不動産や有価証券を時価に引き直す時価純資産の区別あり
- DCF法:将来の事業計画から生み出されるキャッシュフローを現在価値に割り引く方法。収益力を反映する一方、事業計画と割引率の設定次第で結果が大きく変動
- 配当還元方式:株主が受け取る配当金から価値を逆算する方法。経営に関与しない少数株主の株式の評価に適合
- 類似会社比準方式:業種や規模の近い上場会社の株価や財務指標と比較する方法。比較対象の選び方が争点化
税務上の評価との違いにも注意が必要です。相続税や贈与税の計算では、国税庁の財産評価基本通達が類似業種比準価額方式や純資産価額方式などの計算方法を定めています。これは課税実務のための行政の基準であって、財産分与の評価を拘束するものではありません。税理士が作成した相続税評価額の資料は、評価の一つの参考にはなりますが、そのまま分与の基礎になるとは限りません。
経営者が保有する自社株の評価
オーナー経営者の自社株は、会社を支配するための株式です。配当還元方式は、配当を受け取ることしか期待できない少数株主の立場を前提とした方法ですから、支配株式の評価には合いません。配当をほとんど出していない同族会社でこの方法を使うと、株式の価値が実態よりも低く出ることになります。
財産分与の裁判例には、会社の純資産額を基礎としたものがあります。医療法人の事例ですが、大阪高判平成26年3月13日判タ1411号177頁は、医療法人の純資産価額の7割を清算の対象財産としました。純資産方式は、決算書と資産の時価資料という客観的な数字から計算でき、当事者の将来の見通しに左右されにくいという利点があります。反面、資産は少なくても収益力の高い会社では、純資産方式による評価は事業の価値を下回りやすくなります。分与を受ける側がDCF法や併用方式を主張するのは、この差を埋めるためです。
DCF法を採用する場合、前提となる事業計画を誰が作るかが問題になります。事業計画を作れるのは経営者本人と会社だけですから、分与を受ける側からは、離婚を控えて控えめに作られた計画ではないかという疑問が出ます。経営者側としては、離婚問題が起きる前に金融機関や取締役会に提出していた計画など、紛争と無関係に作成された資料を基礎にすると、評価の信頼性を説明しやすくなります。
経営者と会社の間の貸し借りも、評価額に影響します。経営者が会社に貸し付けている金銭は、経営者個人の側では会社に対する債権という財産ですが、会社の側では負債として純資産を減らします。役員借入金を財産分与の対象財産に計上しながら、株式の評価では同じ金額を負債として差し引くのが、首尾一貫した処理です。一方だけを見て計算すると、同じ金額を二重に数えたり、逆に漏らしたりすることになります。
会社名義の財産そのものは、法人の財産であって、夫婦の財産ではありません。財産分与の対象になるのは経営者が持つ株式であり、会社の資産は株式の評価を通じて間接的に反映されます。もっとも、会社の実質が夫婦で営む個人事業と変わらない場合には、会社名義の財産を分与の対象に含めた裁判例もあります(広島高岡山支判平成16年6月18日判時1902号61頁)。
非流動性ディスカウントも争点になります。非上場株式は買い手が限られ、すぐに現金化できないことを理由に、評価額から一定割合を差し引くべきだという主張です。経営者は株式を手元に残し、代償金を支払う側ですから、売却を予定していない株式に換金の難しさを理由とする減額を認めるべきかについては、分与を受ける側から反論が出やすい論点です。
最後に、評価額が決まった後の分与の割合です。改正後の768条3項後段は、寄与の程度が異なることが明らかでないときは相等しいものとすると定めています。経営者が、会社の価値は自分の特別な能力によるものだとして2分の1を超える寄与を主張する場合は、その主張をする側が、寄与の程度が異なることを明らかにする必要があると考えられます。改正前の裁判例にも、婚姻前に取得した医師資格を特別な事情として夫の寄与を6割としたものがあります(前掲大阪高判平成26年3月13日)。
評価資料の開示と情報開示命令
評価の出発点となる資料は、すべて会社の手元にあります。分与を受ける側は会社の決算書を持っていないことが多く、資料を出すかどうか自体が争いになります。
2024年の民法等改正では手続面の手当ても行われ、家事事件手続法152条の2第2項は、家庭裁判所が、財産の分与に関する処分の審判事件において必要があると認めるときは、申立てにより又は職権で、当事者に対しその財産の状況に関する情報の開示を命ずることができると定めました。正当な理由なく開示しない場合や虚偽の情報を開示した場合は、10万円以下の過料の対象となります(同条3項)。
経営者本人がこの命令を受けた場合、自社株の保有数だけでなく、評価に必要な限りで会社の財務情報も開示を求められる可能性があります。会社としては、開示する資料の範囲、事業計画や取引先情報などの営業秘密の扱い、開示資料の目的外利用の制限について、経営者本人の代理人と早めに方針を決めておくことが、取引先との関係を守ることにつながります。自社株の評価で争いになりそうだと分かった段階で、直近数期分の決算書、不動産の評価資料、役員借入金・貸付金の明細を揃えておくと、評価方法の議論に早く入ることができます。