LBOローンの担保・保証|対象会社の資産を提供する時期と取締役の責任
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
買収資金の一部を金融機関から借り入れて会社を買うとき、金融機関から届くタームシートには、対象会社の全資産への担保設定や対象会社による連帯保証が融資条件として入っていることが多くあります。借入れをするのは買主側の会社です。一方で、担保と保証を差し出すのは買収される側の対象会社です。事業承継で後継者が設立した会社が株式を買い取る案件でも、投資ファンドによる買収でも、この構図は変わりません。
買主の担当者は、この条件を融資を受けるための前提として受け止めがちです。しかし対象会社の取締役から見ると、自社に直接の見返りがない担保と保証を、株主の借入れのために提供する取引になります。提供の時期や決議の手続を誤ると、取締役個人の責任が問われる余地が生じます。
買主の借入れを対象会社が支える仕組み
LBOローンを使う買収では、買主が買収のための会社(SPC)を設立し、SPCが金融機関から借り入れた資金と自己資金を合わせて対象会社の株式を取得する形が典型です。SPCは対象会社の株式を保有するだけの会社で、自ら稼ぐ事業を持ちません。借入金の返済原資は、買収後に対象会社が生み出すキャッシュ・フローです。
金融機関は、買主やスポンサーの信用力に頼らずに資金を貸すことになります。そのため金融機関は、対象会社とそのグループ会社が保有する資産の全てに担保を設定し、グループ各社から保証を受けることを原則として求めます。M&Aの実務書では、前者を全資産担保の原則、後者を対象会社グループ保証の原則と呼んで説明しています。
日本法には、会社の全資産を一括して対象とする使い勝手のよい担保権がありません。金融機関は、資産の種類ごとに担保権を積み上げていきます。株式と預金には質権、売掛債権と動産には譲渡担保権、不動産には抵当権を設定するのが一般的です。
非上場会社の株式を売主から一度に買い取る案件では、株式取得の直前にSPCが借入れを行ってその資金で売主に代金を支払い、株式取得の直後に対象会社が保証と担保設定を行う流れが一般的です。その後、SPCと対象会社を合併させ、借入れと事業を同じ会社に集める例も多く見られます。
論点の見取り図
この取引で結論を左右するのは、対象会社の取締役が、買主の借入れのために会社の資産と信用を差し出してよいのかという点です。会社法上は、取締役の善管注意義務と忠実義務の問題として現れます。この点の整理によって、担保と保証を提供できる時期が決まります。
その周辺に、提供の手続と範囲を定める論点が三つあります。買主側の役員が対象会社の取締役を兼ねる場合の利益相反取引の承認、保証と担保設定に必要な取締役会決議、そして契約上の制約から担保に入れにくい資産の切り分けです。
対象会社の取締役の善管注意義務と忠実義務
会社法330条は「株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。」と定め、民法644条は、受任者は「委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。」と定めます。さらに会社法355条は、取締役は「法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。」としています。取締役がこれらの任務を怠って会社に損害を与えれば、会社法423条1項により賠償責任を負います。
条文が求めているのは「株式会社のため」の職務執行です。対象会社がSPCの借入れを保証しても、対象会社に保証料が入るわけでも、借入金が対象会社に入るわけでもありません。SPCが返済できなくなれば、対象会社は自社の資産を失います。利益を受けるのは、借入れによって株式を取得できる買主です。
このため、買主以外の株主が対象会社に残っている段階で、買主の借入れのためだけに対象会社が担保と保証を提供することは、取締役の善管注意義務・忠実義務に違反する可能性があると指摘されています。残っている株主は、自分に何の利益もない取引によって、会社の財産が危険にさらされる立場に置かれるためです。
買主が対象会社の株式の全てを取得した後であれば、事情が変わります。当初から全株式を取得する非上場会社の買収では、融資の実行と同じタイミング、つまり株式取得の直後に担保と保証を提供することに法的な支障はないと説明されています。
これに対し、まず株式の多数を取得し、残りの株主を後からスクイーズ・アウトする二段階の買収では、買主以外の株主の同意を得られる場合を除き、スクイーズ・アウトの完了後に提供するのが実務の一般的な扱いです。その間、金融機関が取得できる担保は、スポンサーが持つSPCの株式、SPCが取得した対象会社の株式、SPCの預金といった買主側の資産に限られます。買主は、対象会社の資産への担保設定をスクイーズ・アウトの完了後とする前提で、金融機関と融資条件を協議することになります。
少数株主が残る場合の工夫として、SPCが借入金の一部を対象会社へ貸し付け、対象会社が提供する保証や担保の上限をその貸付額にとどめる方法であれば、善管注意義務に抵触しないと解する余地があるとの指摘もあります。対象会社が受ける利益の範囲で負担を引き受ける形にする考え方です。ただし「余地がある」という水準の議論であり、採用する場合は案件ごとの検討が必要になると考えています。
兼任役員がいる場合の承認と取締役会決議
会社法356条1項3号は、「株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき」に、取締役が重要な事実を開示して承認を受けることを求めています。承認機関は株主総会ですが、取締役会設置会社では同法365条1項により取締役会に読み替えられます。
買収の直後は、SPCの代表取締役や買主から派遣された役員が、対象会社の取締役を兼ねるのが通常です。取締役が代表者を務める別の会社の債務を会社が保証する取引は、この3号の利益相反取引に当たると解されています。対象会社によるSPC債務の保証と担保提供は、兼任役員がいる限り、利益相反取引の承認を経ておくべき取引です。
承認を得ていても、取引によって会社に損害が生じたときは、同法423条3項により、利益が相反する取締役、取引を決定した取締役及び取締役会の承認決議に賛成した取締役は、任務を怠ったものと推定されます。「誰の利益のための担保提供か」という問いは、承認の手続を踏んだ後も残ります。
決議の面では、同法362条4項が、「重要な財産の処分及び譲受け」(1号)と「多額の借財」(2号)の決定を取締役に委任できないと定めています。LBOローンの保証は多額の借財に、主要な資産への担保設定は重要な財産の処分に当たり得るため、取締役会設置会社では取締役会の決議が必要です。決議に特別の利害関係を有する取締役は議決に加われません(同法369条2項)。SPCの代表取締役を兼ねる取締役は、この特別の利害関係を有する取締役に当たると考えられます。買主は、兼任役員を除いた人数で定足数と過半数を満たせるかを、新しい役員構成を決める段階で数えておく必要があります。議事録の作成では、株主総会・取締役会議事録の作り方|法定記載事項と登記・DDで見られる点で取り上げた法定記載事項も確かめてください。
契約上の制約がある資産の切り分け
全資産担保が原則であっても、対象会社が第三者と結んでいる契約との関係で、担保に入れにくい資産があります。
代表例は、取引基本契約で譲渡が禁止されている売掛債権です。民法466条2項は、譲渡制限の意思表示がされていても「債権の譲渡は、その効力を妨げられない。」と定めており、譲渡担保の設定自体は有効です。しかし同条3項により、債務者である取引先は、譲渡制限を知っていた譲受人、又は重大な過失によって知らなかった譲受人に対して、支払を拒むことができます。法務DDの結果を共有されている金融機関は、譲渡制限を知ったうえで担保に取ることになります。取引先との契約に違反したと主張されるおそれも残るため、取引先の承諾を得るか、その債権を担保の対象から外すかを選ぶことになります。
対象会社の子会社に外部の株主がいる場合は、株主間契約で、その子会社の株式への担保設定や子会社による保証に少数株主の同意が必要とされていることがあります。外部株主が残る子会社の取締役にも、対象会社の取締役と同じ善管注意義務の問題が生じます。こうした子会社は保証人の範囲から外す交渉をすることになりますが、範囲から外れた子会社への資金移動は、ローン契約上、第三者への支出に準じて制限されることが多い点に注意してください。
重要性の低い海外子会社の資産のように、設定の費用が担保としての価値に見合わないものもあります。どの資産をどの会社が提供するかという一覧は、法務DDの結果を踏まえて買主側から提案し、金融機関と交渉して決めていく性質のものです。融資条件全体の交渉については、LBOローンのタームシートで取り上げています。
事業承継型の株式取得での担保設定の進め方
後継者や経営陣が設立した会社が、オーナーから全株式を一度に買い取る案件を前提にします。この類型では、株式の取得によって対象会社がSPCの100%子会社になるため、全株式を取得した直後に対象会社の担保と保証を提供する設計を採ることができます。
最初に作るのは、どの会社がどの資産を担保に出すかの一覧です。対象会社とグループ会社が保有する不動産、預金、売掛債権、子会社株式などを漏れなく洗い出します。そのうえで法務DDの結果から、譲渡制限特約が付いた債権や外部株主がいる子会社のように、除外を交渉すべき資産を特定します。
次に、提供の時期を決めます。全株式を一度に取得する案件では、株式の取得直後に提供できると説明されています。創業家の一部や従業員持株会が株主として残る設計では、その前提を置けません。残る株主全員から同意を得るか、提供の時期を全株式の取得後に遅らせるかを、タームシートの段階で金融機関と協議してください。ここを詰めずに融資条件へ合意すると、取締役が決議できない担保提供を、貸付実行の条件として抱えることになります。
あわせて、利益相反取引の承認と取締役会決議を見越して、取得後の役員構成を確認します。兼任役員を除いた取締役で定足数と過半数を満たせる人数をそろえておく必要があります。
既存の借入先が不動産や預金に担保を持っている場合は、その返済と担保の抹消を先に済ませなければ、新しい金融機関が求める第一順位の担保を設定できません。既存借入の返済額の確定、抹消書類の受領、新しい担保の設定という順序を、借入先ごとに確定させておいてください。
売主であるオーナーの個人保証の解除も、同じ計画に含めます。2024年8月に改訂された中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)は、譲り渡し側の経営者保証の解除又は移行を確実に実施する手段として、クロージング時に対象債務を譲り受け側の資力により返済し、別途譲り受け側が借り換える方法を挙げています。LBOローンで既存借入を返済し、新しい借入れに置き換える設計は、この手段と重なります。同ガイドラインは、解除又は移行の実施が最終的には金融機関等の判断によること、正式な解除又は移行はクロージングを経て代表者が登記簿上変更された後に行う必要があることも述べています。そのうえで、M&Aの検討が金融機関に伝わる点を踏まえて秘密保持を徹底し、譲り受け側とともに事前相談を行うことも考えられるとしています。
借換えをせずクロージング後に解除を図る場合について、同ガイドラインは、解除又は移行を譲り受け側の義務として最終契約に位置付け、クロージング条件とすることや、なされなかった場合の契約解除条項・補償条項を盛り込むことを挙げています。
タームシートを受け取った時点で手元に集めておきたい資料は、次のとおりです。
- 対象会社の株主名簿と、株式取得後に残る株主の有無
- 株式取得後の役員構成と、SPC・買主との兼任関係
- 主要な取引基本契約のうち、債権譲渡や担保提供を制限する条項
- 子会社の株主構成と株主間契約
- 既存借入の一覧と、各借入れに付された担保・保証
この五点がそろえば、担保と保証を提供できる会社、時期及び資産の範囲について、金融機関に具体的な対案を出せます。