執行認諾文言付き公正証書の活用と債権管理での使い分け
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
分割払いの合意書を当事者だけで作成した私署証書で交わした場合、相手からの支払いが途絶えても、直ちに相手の財産を差し押さえることはできません。財産の差押えを行うには、裁判を起こして判決を得るか、裁判所から仮執行宣言付きの支払督促を得るなど、債務名義と呼ばれる公的な文書を取得する手続きを踏まなければなりません。一方、最初から「執行認諾文言」を付けた公正証書を作成しておけば、そうした裁判手続きを経ずに強制執行の申立てに進むことが可能です。どちらの形式で書面を作成するかは、支払いが滞った際に自社が回収手続きをどこまで短縮できるかという視点で判断することになります。
執行証書による裁判手続きの省略
公正証書は、法務大臣から任命された公務員である公証人が公証役場で作成する公文書です。当事者同士で作成した私文書にはそれ自体で強制執行を可能にする効力はないため、支払いが滞った際は訴訟を起こして判決を得るなど、別途債務名義を取得しなければなりません。
この裁判手続きを省略できる例外を定めているのが民事執行法22条5号です。同号が定める執行証書とは、「金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載され、又は記録されているもの」を指します。ここにいう「直ちに強制執行に服する旨の陳述」が、実務で執行認諾文言と呼ばれる文言です。この文言が入った金銭債務の公正証書は、裁判を起こさなくても公正証書そのものが債務名義として機能するため、判決を待たずに強制執行の申立てへ進むことができます。
なお、実際に裁判所へ強制執行を申し立てる際は、公正証書の原本を保存する公証人から「執行文」の付与を受ける必要があります(民事執行法26条1項)。あわせて、公正証書の謄本が債務者に送達されていることも強制執行開始の要件であり(同法29条)、申立ての際は執行文の付された正本と送達証明書を提出します。執行認諾文言によって省略できるのはあくまで事前の裁判手続きであり、執行文の取得や送達の手続き自体が不要になるわけではない点には留意しておきたいところです。
公正証書で強制執行ができる対象範囲
公正証書に執行認諾文言を付けて強制執行の効力を持たせられるのは、法律の条文にある通り「金銭の一定の額の支払」または「代替物や有価証券の一定数量の給付」を目的とする請求に限定されます。未払代金の分割弁済合意や金銭消費貸借契約、損害賠償金の支払合意などはこの範囲に含まれるため、執行証書として有効に機能します。
これに対して、不動産や特定の動産の引渡し、特定の作為・不作為を求める請求は対象外となります。「特定の製品を引き渡す」「オフィスの原状回復工事を行う」「競業となる営業行為をやめる」といった義務は、金銭等の一定額・一定数量の給付を目的とするものではないため、公正証書に執行認諾文言を盛り込んだとしても、それだけで強制執行を行うことはできません。合意内容に金銭の支払いと非金銭的な義務が混在している場合は、金銭の支払い部分だけが執行証書として扱われ、その他の義務については別途裁判等で争う形になる点を前提に書面を設計します。
公証役場での作成手続きと必要書類
公正証書の作成は各地の公証役場で行います。原則として契約当事者本人が公証役場へ出頭しますが、代理人による手続きも認められています(公証人法32条1項)。代理人が出頭する場合は、具体的な委任事項を明記した委任状(白紙委任は認められません)に加えて、本人の実印による押印と印鑑登録証明書が必要となります。法人が当事者となるケースでは、代表者の資格証明書と代表者印の印鑑証明書、あるいは法人の登記事項証明書と代表者印の印鑑証明書を用意します。印鑑証明書や登記事項証明書は、発行から3か月以内のものが必要とされています。また、2025年10月からは、公証役場へ出向かずにウェブ会議の方法で公正証書を作成することもできるようになりました。ただし、嘱託人の申出があり、公証人が相当と認めるときに限られます(公証人法37条2項、40条3項)。
金銭の貸し借り(金銭消費貸借契約)に基づく公正証書を作成する際は、実際に金銭が交付された事実を明確にしておくことが欠かせません。実務上は、資金の交付が完了した後に、返済が滞ったときは直ちに強制執行に服する旨の陳述を盛り込んだ公正証書を作成する手順が一般的です。本文には、一括または分割の返済期日、分割の場合の各回の支払日、利息の利率や支払期日、一定回数の滞納があった場合に期限の利益を失う事由などを具体的に定めます。利息を定める場合は、利息制限法の上限利率の範囲に収まっているかを確認しておくことも欠かせません。
債務承認弁済契約と公正証書の連携実務
分割払いの合意を取り付ける実務では、まず債務承認弁済契約書(または金銭消費貸借契約書)によって未払債務の存在や残額、返済スケジュール、期限の利益喪失事由を文書化し、その内容をそのまま公証役場へ持ち込んで執行認諾文言付き公正証書として作成する流れがよく用いられます。すでに発生している売掛金や未回収の貸付金を分割弁済へ切り替える際にも、この組み合わせが活用されます。債務承認弁済契約書に盛り込む条項については、債務承認弁済契約書の作り方|分割払いを口約束で終わらせないための書面化で解説しています。
私署証書だけで済ませた場合との違いは、相手の支払いが止まった後の初動に現れます。私署証書の場合は、支払遅延が続いた際に督促を行い、それでも応じなければ訴訟を提起して判決を取得した上で強制執行を申し立てることになります。相手方への督促や提訴までの初動対応については、契約不履行とは?債務不履行との違いと企業法務の初動対応でも詳しく解説しています。
これに対して執行認諾文言付き公正証書が存在していれば、期限の利益喪失事由に該当した段階で、裁判を経ることなく執行文の付与と公正証書謄本の送達を経て差押えの手続きへ移行できます。継続的な取引関係にある取引先との基本契約に分割弁済の条項を組み込む際の契約検討は、取引基本契約書とは?継続取引でレビューすべき条項と個別契約との関係の視点とも密接に関わってきます。
差押え財産の特定と財産開示手続
執行認諾文言付き公正証書を準備していても、強制執行の申立てを行う際には、差し押さえるべき相手方の財産を債権者自身で特定しなければなりません。裁判所が債務者の資産を探し出してくれるわけではなく、預金口座であれば金融機関名と支店名、給料であれば勤務先、不動産であれば不動産の所在地と登記情報を、申立ての段階で債権者側が指定することになります。
相手の資産状況が把握できない場合の法的手続きとして、民事執行法196条以下に「財産開示手続」が設けられています。ただし、これは債務者を裁判所に呼び出して所有財産を陳述させる別の申し立て手続きであり、公正証書を作成したからといって自動的に財産が判明するわけではありません。財産開示手続や、金融機関から預貯金口座の情報を取得する第三者からの情報取得手続(同法204条以下)は、執行証書を有する債権者も申し立てることができます。もっとも、いずれの手続きも、強制執行を実施しても完全な弁済を得られなかったことや、知れている財産への強制執行では完全な弁済を得られないことの疎明など、同法197条1項の要件を満たす必要があります。公正証書はあくまで強制執行の扉を迅速に開くための手段であり、回収対象となる財産そのものを確保してくれる制度ではないという前提を理解しておくことが大切です。
手数料負担と回収リスクに応じた使い分け
公正証書を作成する際には、公証人へ支払う手数料が発生します。手数料は対象となる目的価額(金銭消費貸借であれば貸付金額、債務弁済契約であれば支払額)に応じて公証人手数料令で定められています。日本公証人連合会が公表している手数料表によると、目的価額が100万円超200万円以下で7,000円、500万円超1,000万円以下で20,000円、1,000万円超3,000万円以下で26,000円といった水準になっています。これに加えて、代理人を立てる場合の費用や、専門家に案文作成を依頼する場合の報酬が別途発生します。
この手数料の負担を、万一支払われなかった際に裁判を起こす費用(裁判所への印紙代や弁護士費用、判決までの時間)と比較考量して使い分けを判断します。少額の債権であれば公正証書の作成コストが相対的に重く感じられる一方、金額が大きい債権や弁済期間が長期にわたる取引では、裁判手続きを省略できる利点が手数料の負担を大きく上回る場面が多くなります。また、相手方が公正証書の作成に応じてくれるかも前提条件です。支払いが滞って関係が悪化した後では公正証書の作成に協力してもらうことは難しくなることが多いため、分割払いの申し出を承諾するタイミングで公正証書化を条件として提示できるかどうかが重要になると考えています。
私署証書にとどめるか執行認諾文言付き公正証書まで作成するかは、債権額の規模、分割期間、相手方の支払能力に対する懸念の度合いを踏まえて判断します。公正証書の文案作成や手続きの段取りに不安がある場合は、社内だけで判断せず、事前に弁護士の助言を得る進め方が安全です。