英文NDAの読み方|和文契約との構造比較で見る必須条項
こんにちは。LegalAgent 代表弁護士の朝戸です。
海外企業との協業や調達の検討を始める際、最初に受け取る契約書の多くはNDA(秘密保持契約)です。共同開発の可能性を探る段階、サプライヤー候補としての情報開示、資本業務提携の初期検討など、本格的な交渉に入る入口として英文のNon-Disclosure Agreementが提示されます。日本企業同士のNDAに慣れていても、英文の条項構成や独特の言い回しには戸惑うことがあります。利用目的と開示先の制限、契約終了後も続く義務を把握できているかが、締結前の確認事項です。
英文NDAは、和文NDAと目的や基本的な骨格に共通点の多い契約です。秘密情報を定義し、目的外利用を禁じ、除外事由を定め、契約終了後の扱いを決める構造は共通しています。英文NDAでは、口頭開示の指定方法や保存を認める複製などを詳しく書き込む書式が見られます。条項の詳しさや法的効果を把握するには、言語の違いに加え、個々の文言と準拠法を確認する必要があります。
和文契約との構造比較と条項の具体性
和文NDAレビューの基本チェックリストで扱った項目は、秘密情報の定義、例外情報、利用目的、第三者開示の範囲、返還・廃棄、存続期間、損害賠償といった並びが一般的です。英文NDAも、Confidential Information、Exclusions、Purpose、Term、Return or Destruction of Information、Remedies、Governing Lawという形でほぼ同じ論点を条項化しており、和文NDAの点検経験がそのまま生かせます。
違いが出やすいのは条項の書き込みの具体性です。秘密情報の管理水準を定める条項に加え、秘密指定の方法や返還・廃棄の手続が独立した条項として置かれることがあります。条項を丁寧に読めば、運用上の疑問に対する答えが契約書自体に書かれている場合が多いといえます。
Confidential Information条項では、主に2つの指定方式が用いられます。ひとつは、開示情報に「Confidential」の表示を付し、口頭開示なら一定期間内に書面で通知するマーキング要求型です。表示や通知がない情報は秘密情報として扱われない可能性があります。もうひとつは、情報の性質から秘密であることが客観的に推認できれば表示の有無を問わず秘密情報とする方式です。後者は開示側の管理負担が軽い反面、受領側からは対象範囲が曖昧になりやすい特徴があります。自社が受領側であればマーキング要求の有無を確かめ、表示がない場合も対象となる書式では、会議やメールで受け取った情報の共有先と保存先を決めておく必要があります。開示側では、資料への表示と口頭開示後の通知を担当者が実行できるかを確認してください。
英国知的財産庁のNDAの解説も、保護する情報の範囲、利用目的、従業員や専門家への開示、守秘期間を契約で決める事項として挙げています。これは英国の公的案内であり、他国法が適用される契約の効力まで保証するものではありません。
義務範囲を画する除外事由・目的・期間
Exclusions条項は、秘密情報の定義から除外される事由を定めます。公知の情報、受領側の責めによらず公知となった情報、開示前から保有していた情報、正当な第三者から取得した情報、独自開発の情報が典型例で、発想は秘密保持条項の例外情報と共通しています。英文NDAでは独自開発の立証責任が受領側にあると明記される場合があり、共同開発や技術検討を伴う取引では、契約締結時から開発経緯の記録を残しておくことが将来の立証を支えます。
Purpose条項は開示情報の利用範囲を定めます。「本取引の検討のため」に限定されるのか、取引実施後の利用も認めるのかを区別してください。検討用に受領した技術資料を製品開発へ使う場合、当初の目的を超える可能性があります。
共有できる相手は、Purposeとは別にPermitted RecipientsやRepresentativesの条項で確かめる必要があります。利用目的に合っていても、関連会社や外部の専門家への開示が自動的に許されるわけではありません。情報を必要とする者に限る条件、共有先への守秘義務の付与、その者の違反に対する自社の責任まで確認してください。
裁判所の命令や法令によって開示が必要となる場合は、Compelled Disclosure等の条項も確認します。法令上許される範囲での事前通知、必要最小限の開示、保護命令を求める協力の要否が確認事項です。これは通常の第三者開示の許可とは別の例外になります。
Term条項では、契約自体の有効期間と守秘義務の存続期間を分けて確認します。存続期間の起算点が情報の開示日か契約終了日かによって、同じ年数でも義務が終わる日は変わります。技術情報など保護価値の高い情報に、通常より長い存続期間や無期限の定めが置かれていないかも確認点になります。
Return or Destruction条項は終了時や請求時の返還・廃棄義務を定めます。バックアップデータやメール添付まで対象に含まれる場合、技術的に対応可能かを検討しておく必要があります。廃棄が難しい場合は、自動バックアップや法令上保存する記録の例外、廃棄証明の要否を確認します。保存を認める場合も、通常業務での利用禁止と守秘義務の継続を併せて定める必要があります。No License条項は、開示によって特許権や著作権などの利用許諾が与えられるわけではない旨を明記するもので、開示自体がライセンスを意味すると誤解されないよう確認しておきたい規定です。
Residuals条項と差止救済の注意点
英文NDAで特に注意したい条項の一つがResiduals(残留記憶)条項です。受領側の従業員の記憶に残った知識やノウハウについて、一定の利用を認める例外です。対象や条件は書式によって異なり、開示側では守秘義務や目的外利用禁止がどこまで制限されるかを確認する必要があります。打ち合わせで説明した技術的な考え方や設計思想が相手方の記憶に残った場合、この条項があると相手方が記憶を理由に類似技術を自社製品に反映しても違反を問いにくくなる可能性があります。開示側であれば削除を求めるか、技術情報や特許性のある情報には及ばないよう限定する交渉を行います。受領側で同種領域の開発を進める予定がある場合は、開発担当者が接する情報と例外の範囲を具体的に照合してください。意図的な暗記や資料を参照した再利用まで許されるか、営業秘密や個人情報を除外するかが交渉事項になります。特許権・著作権の利用許諾まで与える条項かどうかも、No License条項と併せて読む必要があります。
Injunctive Relief条項は、金銭賠償だけでは十分な救済にならないことを前提に、差止めや仮処分を求める権利を明記する条項です。情報漏えいは一度外部に出ると原状回復が難しいため開示側にとって実質的な意味を持ちますが、受領側としては差止めの対象や範囲が過度に広くないかを確認しておきます。ただし、契約に記載すれば当然に差止めが認められるわけではありません。実際の救済は、適用法と裁判所等の要件審査によります。担保や損害立証に関する文言も、定型文として読み飛ばさないことが必要です。
Governing Law(準拠法)とDispute Resolution(紛争解決)の組み合わせも要確認です。準拠法がどの国の法律か、裁判か仲裁か、管轄地がどこかによって紛争時の対応コストは大きく変わります。相手方の本国法や現地裁判所が指定されている場合、現地で対応できる体制があるかを判断しておく必要があります。
和訳の落とし穴と締結前の確認手順
英文NDAを社内共有のために和訳する際、最も誤解が生じやすいのがshallの扱いです。shallは法的な義務を課す語として使われますが、和訳の過程で「〜するものとする」と柔らかく訳され、努力義務のように受け取られてしまうことがあります。may(権利・裁量)とshallの違い、reasonable effortsとbest effortsの義務水準、includingの後の列挙が限定か例示かも確認事項です。努力義務の程度は準拠法と条項全体の文脈によるため、日本語の訳語だけで常に一定の上下関係があると判断しないでください。法的な効力を確定させる箇所は、英文の原文で直接確認する運用が安全です。
締結前の確認は、まずConfidential Informationの定義とマーキング要求の有無を特定し、Purpose条項の利用範囲と、別条項で定める共有先を確かめます。次にTerm条項で契約期間と守秘期間を区別して読みます。その上でResiduals条項の有無と準拠法・紛争解決地を確認してください。署名する法人が実際の開示者・受領者と一致するか、署名者に権限があるかも締結前に確かめます。
日本語訳を添付する場合は、英文だけが契約正文となるのか、両言語を正文とし不一致の場合の優先言語を定めるのかを確認します。社内説明用の和訳に原文にない限定を補っても、相手方との合意内容は変わりません。修正が必要な条件は英文自体に反映し、双方が合意した版を保存する必要があります。